僕の稼ぎたい気持ち、それと枷となる思い
雑貨屋を出た後、両替商っていう人の所でお金を崩した。
でもそこでの事は、正直に言うと良く解らないんだ。
色々言われたと思うけど、僕に理解できたのは両替にも手間賃ということでお金を取られると言う事だけ。
硬貨の種類で価値が違うとか言われても、僕には良く解らなかった。
当然アリスお婆ちゃんもそんな事は良く解らなかったし、コルムはなおさらだ。
ただ、両替商さんが磨いてたのか、ピカピカに光る銀板をコルムが一つ欲しがったので、観賞用に一枚上げたら服の裾で熱心に磨き始めた。
外を歩く時には背嚢に入れて落とさないようにするんだよ、と僕が言うと、コルムは元気に返事をして銀板を背嚢に入れた。
こうして銀貨を何枚か崩して手持ちの小銭を増やしてから僕らは買い取り所へ……と思ったんだけど、両替商でお金を崩す時にお金の数を確認するのに時間をとられ、お昼になってしまった。
だから近くにある適当なご飯が食べられるお店に入って昼食も摂った。
そこでの感想は、思った以上に銅貨と銅版の出番が多そうだということ。
実を言うと、もう腰の鞄はかなりパンパンに近い。
でも、昨日の夜お祖母ちゃん達が寝ている間に計算したら、宿屋に五ヶ月ぐらい泊まれる金額なんだ。
それを考えると今の手持ちの金額は、お札が無い事を考えると仕方が無いような気がする。
まあそれはさておき、狩猟買い取り所に着いた。
僕達は再び狼印の看板を通り過ぎて扉を開き、中に入った。
お昼過ぎだからか、また人は居ない。
この建物って何時頃に人が集まるんだろう。
とりあえず、皆で正面奥のカウンターに行くと、昨日のお兄さんがうつらうつらしていた。
だから僕は昨日のように、呼び鈴をチリンと鳴らした。
「ん、あ……?ああ、昨日の。今日も狩りに行くのか?」
「あの、そうじゃなくて。僕達昨日この町に来たんですけど」
「そうだな。見ねえ顔だ」
「この子、コルムに勉強を教えてくれる場所は無いか聞きたくって」
「その子か。何歳だ?」
「四歳だよ。何か関係あるのかい?」
お祖母ちゃんの問いに、お兄さんは軽い調子で答える。
「ああ、婆さん。その外見なら歳はあんまり関係ないんだが、そのくらいの歳なら教会に通わせれば基本的な読み書き計算は教えてもらえるぞ」
「教会かい!そういえば町にはそんな場所があるって聞いた事があるよ。まさか習い事までしてるとはねぇ」
「教会の神官様は知識の伝達者でもあるからな。町で暮らすのに必要なちょっとした学は付けてくれるんだよ。ただ、毎日通うときにちょいとお布施をしなきゃならないけどな」
僕はお兄さんの説明に、コルムの行き場所があることに安心した。
教会と聞いて嬉しそうな声を上げたアリスお婆ちゃんも、コルムの送り迎えをしながら教会でお祈りしたりしていればきっと時間を潰せると思う。
だけど、お兄さん続けてちょっと大変な話を始めた。
「でも一つ問題があってな。神官様はこの町に住む子供の面倒しか見てくれない」
「えっと、どういう事ですか?」
「神官様が教えるのを拒むってことじゃないぞ。子供は未来の町の働き手だ。だから町で税を払う住人の子供なら何人増えても構わないんだが、旅人の子供の面倒まで見る義理はないってのが今の町長の考えなんだな」
「そんな!じゃあコルムは教えてもらえないんですか!?」
「そうなる。まぁお前さん達がこの町に住んで税を払う立場になるってんなら話は別だが」
お兄さんの言葉に、どうしたらいいのかわからなくて頭が一杯になる。
税って税金だよね、それってどうやって払えばいいんだろう。
僕は消費税くらいなら解るけど、他の税金の払い方を知らない。
どうすればいいんだろう。
「ふーむ。じゃあ聞くけどね。どうすればこの町の住人になれるんだい?」
「なんだ。この町の住人になりたいのか?それならこの町に住む誰かに保証人になってもらって、役所に書類を出して銀貨五枚も払って、家を買えばいいのさ」
「家ってのはどのくらい金が掛かるんだい?」
「んー。家の作りにもよるが……大体一千万って所かな」
「き、金貨なの!?」
「そりゃそうだろ。防壁の中の限られた土地の使い道なんだ。安くはならんさ」
「それにしても金貨五枚って、一千万円もするなんて」
僕は余りの金額の大きさに気が遠くなった。
昨日の百二十万円も凄いと思ったのに、その九倍だなんて。
「まーそんなだから、旅人ってのは居ても移住者ってのはあんまり無いんだ」
「そうなんだ……あの、どこか安い家を紹介してもらえる場所とかないですか?」
「んー。家の管理をしてる商人を名前だけなら知ってるが、紹介するほどの伝手はないな」
「そんなぁ……」
「ていうかだな、お前、別に安い家なんか探さなくてもいいだろ」
「え?」
「どういうことじゃ?良く解らんのじゃが、出て行く金は少なくした方がいいんじゃないかね?」
お婆ちゃんの言葉に、お兄さんは短い金髪を掻きながら答えた。
「あのな。婆さん。そこのメタルだったか。そいつは一日であっという間にガレオス二匹しとめられる奴なんだ。おい、お前いくら稼いだか言ってみろ」
僕は言われてから、はっと気づいた。
「えっと、百二十万円」
「だよな?家の値段は」
「えっと、一千万円くらい」
「なら答えは簡単だろ。お前さんがガレオスを後、八、九匹獲って来ればいい」
「……あれ?精獣の数に直すとたったそれだけなの?」
「そうだ。大体ガレオスって奴はよっぽど強い奴でもなきゃ、十何人って人数で狩って運ぶ精獣だぞ。それを一人で狩れるお前さんなら家くらい簡単に買えるだろうよ」
お兄さんの言葉で、さっきまで真っ暗だった目の前が明るくなってきた気がする。
そういえば僕はもうただの小学生じゃなかったんだった。
日本で一千万円稼げと言われたら途方にくれただろうけど、この世界なら大丈夫、やれる!
「えっと、じゃあ僕今日も狩りに出ます!今日の狩っていい精獣の数を教えてください!」
「お、その意気だその意気。あんたが頑張ればこの町も儲かる、そこの婆さんと嬢ちゃんも上手い飯が食える。皆幸せだ」
「早く教えてください!」
「ははは、まぁそう焦るなって、今日の所の狩猟許可数は……」
お兄さんから、昨日と同じような話を聞く。
その内容の違いは少し減った数字だけ。
僕は話を聞くと走り出しそうになったけど、お兄さんの声で足を止めた。
「ああ、そうそう。ガレオスが金になるからって狩りすぎるなよ」
何故か解らないその言葉に、僕は思わず足を止める。
「なんで?」
僕の質問に、お兄さんは答えた。
「在庫って解るか?とにかく、精獣の素材も無限に売れるわけじゃないんだ。だから一気に獲り過ぎると値段が下がる。ついでに他のガレオス狙いの奴らにも恨まれる」
「そうなんだ……」
「更に言うと、ガレオスは大体年の末になると、狩猟許可数に余りが出て、それを領主の軍が狩るのが定例になってる。狩り過ぎるとお上にも睨まれるぞ」
「えっと、領主様が狩りたい分も残さなきゃいけないってこと?」
「その通り。他の奴にはこんなこという必要ないんだろうが、お前さんは余りにもあっさりガレオスを狩り過ぎるから言わせて貰った。気をつけろよ」
「はい!色々教えてくれてありがとうお兄さん!」
「良いって事よ。いい狩りを、メタル」
お兄さんが話は終わりだという風に頬杖をつきはじめたの見て、僕は忘れていた事に気づいた。
それはとても大事な事だし、忘れていた僕は本当に大馬鹿だなと思う事だった。
「お婆ちゃん、コルム。僕また狩りに行って来るから待っててね!」
「メタル。無茶はするんじゃないよ」
「めたるどこいくの?」
「メタルは狩りに行くんじゃよ。私と一緒に昨日みたいに待ってようねぇコルム」
「わかった!アリスばーばとめたるをまってる!」
「よしよし。それじゃあ行っておいでメタル。ちゃんと元気で帰って来るんだよ」
「うん、行ってくるよ二人とも。そんなに時間は掛けないから、終わったら町を見て周ろう」
僕の心はなんだか凄くウキウキしていて、今なら本当になんでもできる様な気分。
そんな軽い気持ちのままに、狩猟買い取り所の外にでてからすぐに空に飛び上がった。
やる事は昨日と同じ。
ガレオスを二匹倒して、町に持っていってお金を貰って終わり。
後はコルムとお婆ちゃんにエルの実を食べてもらって、皆笑って、って僕はもう笑えないんだった。
顔というか、表情が無いからね。
まぁとにかくそんな感じでお気楽に飛んで、ガレオスの反応を見つけてその近くに降りたんだ。
適当に降りたけど、ちゃんとセンサーホーンを使ってれば降りる前にそれは解ることだった。
ガレオスは一匹じゃなかった。
最初はラッキー、すぐに仕事が片付く!
なんて思ってた。
でもよくよくセンサーホーンで見ると、周りに数匹のガレオスの子供が居たんだ。
僕はその群れの親を殺せなかった。
お父さんとお母さんを、子供から奪えなかった。
神様が僕から、僕のお父さんとお母さんを奪ったようなことはできなかったんだ。
凄く気分が悪くなって、息なんてしない身体なのに、胸の奥が苦しくなった。
お父さんとお母さんを殺しちゃうのはダメだ。
できない。
でもガレオスは狩らなきゃ、コルムが勉強できない。
僕はあの子に勉強をさせてあげたい、勉強する場所に、教会に行けばきっと友達もできる。
お婆ちゃんと僕以外にも、コルムを助けてくれる人が居てほしい。
だからガレオスを狩らなきゃ。
どうしよう、どうしよう。
しばらくどうしようが僕の頭の中でぐるぐる回った。
親を殺すのは駄目。
でもガレオスは狩る。
同時にこれをするにはどうすればいいのか、答えは不意に出た。
親じゃなければいい。
成体の、親になってないのを狩ればいいんだ。
そのことに気づいた僕は、その条件に合うガレオスを探し始めた。
センサーホーンは全てを見通す。
少しだけその能力に感謝した。