口に出せば簡単な事なのに、狂っていく予定
僕は日が出て、一階の食堂から料理の匂いがしてきた所で桶に水を汲んで、アリスお婆さんとコルムを起こして顔を洗ってもらって、口をすすいでもらった。
コルムはまだ眠そうだったけど、ご飯が出来てるよと教えてあげるとわっと明るく笑った。
アリスお婆さんはちょっと遠慮しているのか、僕にしきりに悪いねぇと言っていた。
でも僕が、気にしないでよ、一緒に暮らす中でしょお婆ちゃんって言ったら、ありがとうね、メタルと言って、それ以上変な遠慮はしなくなった。
朝ごはんは夕飯みたいに一杯じゃなくて、パンと黄色い粒が入った白いスープに、味付けソースの掛かったサラダが付いただけのシンプルな内容だった。
日本に居た頃、お父さんの朝ごはんにお母さんが似たようなのを作っていたと思う。
こちらの世界も朝はさっぱり派らしい。
そんな事を思いながら、アリスお婆ちゃんと話をする。
「お婆ちゃん。今日は街の人にコルムみたいな子供が勉強できる場所が無いか聞きにいってみるけど、着いて来る?」
「そうだねぇ。メタル一人じゃちょいと驚かれそうだから、私達もいくかね。のぅコルム」
「おでかけ?」
「うん。お出かけ」
「いく!」
元気なコルムの返事を受けて、お祖母ちゃんと顔を見合わせる。
僕の顔はもう笑顔になったりしないけど、なんとなく雰囲気は伝わったのか、笑顔で頷いてくれた。
二人にとって宿の食事は良い物みたいだ、コルムが野菜を食べる時以外は二人とも美味しそうにしている。
そして美味しく食事を食べ終わった後は早速出掛ける。
とりあえずは、昨日ちょっと知り合った買い取り所のお兄さんに話してみることにした。
少しでも知っている人の方が話しやすいから、まずはそうする事にした。
お祖母ちゃんも、買い取り所に大きな獲物を引き渡した僕の事をそんな悪いようにはしないだろうと言ってくれた。
でも買い取り所に行く前に道行く人に東西南北の通りにそれぞれ開かれる市通りの特色を聞いて、ちょっと裕福な人が行く北の朝市に行った。
そこで色んな人に今日はエルの実が売っているか聞かせてもらった。
どうやら今日は運よく入っていたらしく、地面にござを敷いたおじさんの店でエルの実を交わせて貰う。
値段は一個銀板一枚、おじさんの言葉だと千円って聞こえるから、果物は結構高級品なのかな、と思っておじさんにそのことを聞いたら。
エルの実は特別甘いから高いだけで、もっと薄味の果物なら五百円くらいから買えるっていってた。
とりあえず残った銀板三千円分の三個を買っておいて、買い取り所に向かう。
コルムは僕が買った果物がめずらしいのか、触りたいと言ってきたので、まだ食べちゃダメだよ、と言い聞かせてから持たせてあげた。
そうするとしたらコルムは大はしゃぎ。
「つるつる!すべすべ!いいにおい!」
エルの実の手触りと匂いに元気をだして、たったたったとスキップをする。
僕とお祖母ちゃんで腕を握っているので人にぶつかったりはしないけれど、その元気さには僕も優しい気持ちになる。
「いいのかい?銀板一枚もする果物なんて買って」
「もっと安いお菓子があればいいんだけどね。お婆ちゃんは子供の頃おやつって言えば木の実でしょ?」
「そうじゃな。イグの樹に付く木の実が地面に落ちたのを拾ってなぁ。ちょいと粉っぽいが、まぁ変わった味でつまみ食いには良かったね」
「そういう風な楽しみをさ、コルムにも味わって欲しいんだ」
「合間のつまみ食いなんぞ村では森で自分でするもんじゃったからなぁ、その感覚は解らん」
「町じゃ、そういう事は出来ないからね。親替わりの僕がしてあげないと」
「メタルや、お前さん親替わりちゅうてもまだ十一歳じゃろ。そんなに気を張るでないの。精一杯なのはいいよ。でもそれで糸が切れちまうようなのはいけないね。ほどほどにおしよ」
「……うん。解ったよお婆ちゃん」
「はいめたる、これかえすね」
エルの実を触るのにも満足したのか、コルムは僕に実を渡そうとしてくる。
僕はコルムの腕から手を離しそれを受け取る。
そこでようやく、こう言う時のために何か荷物を入れられるが物があれば、と気づく。
「ねえお婆ちゃん。この世界ってリュックサックとかないかな?」
「背嚢の事かい?」
「えっと、背中にしょって、身体の前で紐を結んで留めるって感じの入れ物だよ」
「それなら背嚢だね。雑貨屋にでも行けば手に入るよ。ああ、村を出る時にそういう物も持ち出せば良かったね。私ったら……」
「気にしないでお婆ちゃん。すぐ雑貨屋の場所を教えてもらって買いに行こう」
「そうだね……ああ、なんだか私はメタルに迷惑ばかりかけるね」
「そんな事無いよ。さ、そんな落ち込んだ顔してたらコルムが心配するよ」
「そうだね。ほれコルム、迷子にならないように確り手を繋ごうね」
「うん!えへへ、アリスばーばのて、しわしわ!」
「そうだねぇ、ばーばの手はしわしわだね。コルムの手は柔らかいよ」
「えへへ、ふふーんふー」
鼻歌を歌うコルムをアリスお婆ちゃんと一緒に連れながら、適当な人……なるべく優しそうな人に雑貨屋の場所を聞く。
なんだかどんどん予定がずれちゃってるけど、いいのかなと思いながら道を行く。
ただ、コルムはとにかくアリスお婆ちゃんと一緒に歩くのが楽しいみたいで、泣いたりしないのが助かる。
「ごめんください、背嚢が欲しいんですけど」
場所を教えてもらった雑貨屋さんに入ると、木造の棚が並び、その中に良く解らない壷や箱が置いてある。
中で店番をしていたのはお爺さんで、椅子に座っていたけれどゆっくりと立ち上がると、そのままの早さで棚をがさごそし始めた。
「こっちにきなさい、ええと……銀色君」
「銀色、僕のことですか?」
「他にいるかね?ほら、これが背嚢だ。数は一つ?」
「あ、もう一つ……後子供用のってありますか」
「子供用は無い。結び紐で身に付けられる大きさには幅があるから、中に入れるものの重さだけ調整するんだよ」
「そうなんですか、じゃあやっぱり三つください」
「はいはい」
お爺さんが棚に戻り、もう二つ背嚢を持ってきたところで僕は聞いた。
「あの、お爺さんは僕を見ても驚かないんですね」
「妙な騎士鎧だとは思うが、そんな驚く事かね?」
「騎士鎧ですか?」
「ああ、綺麗に継ぎ目が消してあるが鎧だろう?さ、これで二千四百五十円だ」
お爺さんが背嚢をカウンターの上に載せて言う。
僕はそういえば細かいお金なんか全然持っていないということに気づいた。
「すいません、今銀貨しかないんですけど、お釣りは大丈夫ですか?」
「……銀貨払いか、少し待ちなさい」
僕が出した銀貨を、お爺さんがちょっと顔をしかめて、カウンター内に据えつけられた鍵つきの鉄の箱を開けて、中のお金を数え始める。
コルムはアリスお婆ちゃんに棚に並んでいる商品は何なのか色々聞いているみたいだ。
聞こえてくる声からは、これは釘だとか、喉を痛めたときに聞くハーブの詰め合わせだとか、そんな説明をしているようだ。
そんな声に耳を傾けていると、お爺さんは一種類ずつお金を渡してくる。
「ほれ、釣りの七千五百五十円だ。計算はできてるか?」
「えっと、ちょっとまってください……ええと銀貨が一万円だから……」
筆記用具は無いので頑張って暗算する。
数字をトントン打ち込むだけで正確な代金とお釣りを出す、コンビニとかのレジって凄かったんだなと思う。
それでも何とか暗算を終わらせて、お爺さんに言う。
「えっと、合ってると思います。お釣り確かに受け取りました」
「そうかい。それじゃ毎度あり」
「アリスお婆ちゃん、コルム。買い物終わったよ」
「おわったー?なにかったの?」
「コルムが荷物を背負えるように入れ物、今つける?」
「うん!つける!」
「じゃあ、着けてあげるよ」
僕は肩の硬度を変化、変形させてそこに片手に包んでいたエルの実を入れた。
それからコルムの背中に背嚢を回して、留め紐をコルムの身体に合うように蝶結びしてあげる。
「はい。できたよコルム」
「わー!はいのー!はいのー!」
飛び上がり何も入っていない背嚢を揺らすコルム。
その喜び方に僕は一つ提案をした。
「コルム、エルの実を背嚢に入れてみる?」
「入れる!」
「解った。じゃあおやつの時間までエルの実をよろしくね」
「はい!」
良い返事をするコルムの背嚢の中にエルの実を入れてあげる。
するとその重さの何が楽しかったのか、コルムはくすくす笑い出す。
「えるのみ、えるのみ、んふふー」
「よかったねぇコルム。紐は確り掴んでおくんだよ」
「わかったよーアリスばーば」
そんな僕らを見ていたお爺さんが僕に言う。
「お前さん、これから後も買い物するなら両替商の所に行って銀貨をいくらか、細かい金に替えておくんだな。あまり大きな硬貨で支払いするのは嫌われるぞ」
お爺さんの忠告に、僕は質問を返した。
「両替商って、どこにあります?」
こうしてまた一つ僕の予定は狂ったのだった。