浄化の炎
僕はとりあえず、どうすればいいんだろうと途方にくれた。
神様はただ僕をこの見知らぬ森に移動させただけで、何かしなさいとは言わなかった。
お腹も空かない、疲れも知らない、そんな状態だから僕は枯れた冬の森の木の間から見える空が3回暗くなって、明るくなる間ぼーっとしていた。
すると不思議なもので、お父さんやお母さんの顔が脳裏に浮かんだ。
そして思った。
人に会いたいって。
だから僕はセンサーホーンを最大範囲で稼動させる。
すると、北東4kmほどの所に人が居るようだった。
何だか、ご慈悲をとか、神様とか、お祈りするような声が聞こえたけれど。
僕はその方向に向かっていった。
背中のフライトユニットで一気に森を飛び越えて辿りついたそこは、どこか暗い雰囲気の漂う。
木製の……なんていうかしらないけど、なんだかぼろっちい家のようなものが立ち並んでいる村だった。
僕はとにかく人と話したくて、人を探す。
そして一番近い家?の壁を軽く叩いて、中の人に声を掛けた。
「すいません。ちょっとお話したいんですがいいですか?」
僕の声に、中から茶色い髪と白髪が半分くらいの、髪をお団子にした、ちょっと日本では見ない茶色いワンピースを着た、鼻が高くて細い目じりや口の周りに皺がよったお婆さんが出てくる。
だけどお婆さんは僕を見ると身を竦ませた。
「ひぃ!あ、あんたなにもんだい!?」
「僕は旅をしている者で……メタルと言います」
「メタル、メタルね。あんたどうやってこの村に?」
おばあさんが不思議な事を聞いてくる。
旅をしているって言ったのに、その方法を聞くなんて。
空から見た限り、この村は森から近いだけで、特別険しい山の中にあるなんてこともない。
「なんでここに来た方法なんて聞くんですか?」
「そりゃあ、ね。この村は悪魔の呪いにやられちまったんだ。もう駄目だよ」
「呪い……?」
「知らないのかい。悪魔の呪いはね、人が掛かるとまず物を吐き出すようになる。食べていなくても黄色い液を吐き出し続ける。同時に酷い下痢を起こす。これの呪いに打ち勝てる者は殆ど居ないし、この呪いは炎で浄化しないと消えないんだ」
「そんな呪いがあるの?」
「あるんだよ。もうこの村のほとんどは呪いで死んだ。あんたも、呪われないうちにどこかへお行き」
僕はそれがインフルエンザの酷い病気かなって思った。
でも思ったところで、僕には治し方が解らない。
僕が熱を出したときはお母さんが風邪薬を買って来てくれたけど、僕にはこの病気を治す薬の見当も付かなんだ。
「あの、お婆さん達はどうするんですか?」
「私は良いんだ。でもねぇ、この三週間大人も子供も死んだけど、まだ生きてる子が不憫でねぇ。多分御領主様は村の皆が死に絶えるまで、この村から人を出さないおつもりさ」
「あの、お医者さんはこないんですか?」
僕は昔テレビで見た、ボランティアのお医者さんを思い浮かべながら言ったんだけど、帰ってきた言葉はそっけなかった。
「医者なんか来るもんかね。そんな聖人様みたいな医者はほとんど居ないし、元々村ごとの病は薬草作りのもんの領分だ」
「そんな……」
「当然、御領主様は外から人も入れないようにして、森とこの村を囲むように5.21kmほどの距離を取って柵を張っているはずさ」
「助からないんですか?」
「助からない。どんな高潔な神官様も、高名なお医者様も治す事はできないから、悪魔の公爵が掛けた呪いだなんて話もあるくらいさ……魂まで穢される前に助かるには、燃えるしか無いんだよ。呪いなんかと無縁の、天国へ行ける火の中でね」
「天国に行ける火の中……?」
「そうさ。人は死ぬと火の中に置かれて、煙と一緒に骨だけ残して魂は天国に上る。今のこの村は、呪いで死んだ連中も燃やしてもらいたいだろうに。そんな人手ももうありゃしない」
そういうと、お婆さんは大きくため息をついた。
「私も、息子も嫁も、孫も死んじまった。早く楽になりたいよ」
心底、疲れたという様子のお婆さんの言葉に、僕は何も言えなくなった。
でも、燃やす事が救いになるなら、僕にも出来ることがある、そう思った。
「お婆さん、領主様は助けてくれないの?」
「ああ、そうだよ。御領主様は呪いが広がらないように正しい事をしていなさる……私も早く死んだ皆の後に続きたいよ」
「それじゃ、お婆さんと……ええと、まだ呪われていない子はどうするの?」
僕の言葉に、お婆さんは顔を伏せて、手でその顔を隠した。
「ああ、コルム。出来れば助けてやりたいんだけどねぇ……あの子はまだ四歳だよ。悪魔なんかに命を奪われるのは早すぎる」
「お婆さん。僕がこの村を焼くから、そのコルムっていう子の面倒を見てあげるために、生きてくれない?」
「あんた何を……」
「僕には全てを燃やす力がある。だから、この辺りの呪いを全部焼くから。そうしたらそのコルムっていう子と、僕と一緒に、他の街で生活をしていく方法を教えて欲しいんだ」
「あんたに、本当にそんな力が?」
僕の言葉を信じないお婆さん。
自分でも当然だと思う、普通信じられないだろう。
だから証拠を見せる事にした。
「お婆さん、今燃やしていいものある?」
「ふぅ、本当にお前さんに燃やす力があるなら、今薪を一本持ってくるから燃やしてごらん」
そう言ってお婆さんが引っ込むのを見送ってから、僕はセンサーホーンで生きている子供の反応を探った。
その子はどうやらお婆さんと一緒に居たようで、屋内に二人分の命を感じる。
少し待つだけでお婆さんは棒切れを手に戻ってきた。
さぁ燃やしてみろと言わんばかりに突き出されたそれを受け取ると、僕は意識を集中した。
次の瞬間、薪は一瞬で燃え上がる。
そして最後には僕の金属の手の中から、完全に燃え尽きた灰が零れ落ちた。
「お、おぉぉぉぉぉ……メタル、お前さん炎の神の使いか何かか!?」
「僕はそんな偉い人じゃないよ。ただ燃やしたり凍らせたりできるだけ」
「その力で、この村の呪いを燃やしてくれるんじゃな!?」
「うん。約束する。だからお婆さんも……コルム?の面倒を見てあげて」
「解った!約束するよ。だから村の皆に安らぎを……頼むよメタル」
「うん、じゃあ早速燃やしていいかな?」
村がどうなっているか、全部解っていたので僕は燃やして良いかだけを聞いた。
するとお婆さんは僕を止めるように手を出して言った。
「ああ!その前に、村を出るなら準備を……」
「お婆さん。僕が上手く焼くから、何か持って行きたい物を持ってきて」
「この村に残っていそうなものは替えの服くらいかね……目端が利く奴は疫病が出始めると同時に、御領主様に報せが行く前に物を持ち出していっちまったから」
「解った。じゃあ探してきて」
「そうかい。じゃあちょっと待っておくれ他の家から残っている服を持ってくるから」
そういうと、お婆さんは他の家の中に服を探しに行ったようだった。
今度は少し時間が掛かるかなと思っていたら、家の中から小さな女の子が出てきて、僕の姿にびっくりしたのか転んでしまった。
「大丈夫?」
僕の差し伸べる手を、女の子は眼をまん丸にして見つめてきた。
女の子は淡い栗色の髪で、少し鼻の丸い、どんぐり眼っていうんだったかな、とにかくつぶらな瞳で僕を見つめてきた。
身長は多分僕の腰の辺りまでしかない。
たしか、コルムちゃんというその子は茶色のワンピースの下に灰色のシャツと短いズボンを着ていて、お婆さんより少し厚着をしているようだった。
「あなたなあに?」
コルムちゃんにそう言われると僕は悩んでしまう。
こんな身体では人間とは言えないだろうし、かといって変な事は言えない。
僕がどうするべきかな……って考えていたら、お婆さんが戻ってきた。
「おやコルム。外に出たら駄目じゃないかい。呪いに掛かったらどうするんだい?」
「う?」
お婆さんの言っている事の意味が、コルムにはあんまり解っていないみたいだ。
多分、全部解っていない。
もう両親と会えないことも、自分がとても危ない場所にいることも。
「アリスばーば、これなあに?」
コルムが僕を指して言う。
このお婆さんアリスっていうんだ、と思っていると、お婆さんが上手く答えてくれた。
「これはメタル。多分、炎の神様の使いじゃよ」
「ほのーのかみさまの、つかい?」
「そう。この村を炎で清めに来てくれたんじゃ」
「んー。わかんない」
「大丈夫じゃ。お前のおっとうとおっかあも、みーんなメタルが炎で苦しくない所に送ってくれるよ」
「……とーちゃんとかーちゃん、会いたい」
「もう会えないんじゃよ……メタル。頼んだよ」
僕に縋るような眼を向けてくるアリスお婆さん。
コルムがお父さんとお母さんに会えなくなるのは嫌だと泣いているが、僕にはどうする事もできない。
ただ黙って、村一帯を白い炎が出る温度で包んで、同時にアリスお婆さんとコルムの身に着けている物を、表面だけ炎すら出さずに蒸発させる。
アリスお婆さんは、目の前で家が燃えているのにまったく熱さを感じない事に驚いているようだ。
コルムちゃんは光が怖いのか、アリスお婆さんに抱きついて震えている。
「おぉ……太陽のような火じゃ……ありがたい。ありがとう、本当にありがとうよメタル」
「やー!アリスばーば!こわい!こわい!」
僕を拝むアリスお婆さんと、お婆さんに縋りつくコルムちゃんの後ろで、全ての家が崩れ去る。
完全にそこに在るものは灼き尽くした。
後はアリスお婆さんとコルムちゃんの表皮の皮膚の一番小さい大きさと、衣類の表面だけ蒸発させておいた。
「それでメタル。お前さん御領主様の囲いをどうやって抜けるつもりだい?」
お婆さんの当然の質問に、僕は答えた。
「飛ぶよ。僕は空を飛べるんだ。アリスお婆さんとコルムを抱えて行く」
「そりゃ目立たないかね?」
「目立つけど……僕なら地面から見たら誰かなんてわからないくらい高く飛べるよ」
「そうかい。それならここから北西の方に街があるよ。とりあえずはそっちに行こうかね」
「僕にもお金を稼げる仕事、あるかな?」
僕の質問に、アリスお婆さんは少し考えて答えてくれた。
「メタルの力なら鍛冶屋で炉を燃やす仕事なんかがあるさ、後はそうだねぇ……精獣を狩って金に替えるっていう手もあるね」
「せいじゅう?」
「数が少なくて、凶暴で力も強く危険な獣の事さ。森の主の群れだったりするから狩り過ぎるのも問題だが、狩らな過ぎても森から出てきて面倒を起こす生き物さ」
「生き物を、殺すの?」
「そうだよ。この村でも精獣ではないけど、動物を狩って暮らしていた人は居たね」
「……他に無いかな」
僕は、正直な所嫌だった。
動物を殺すなんて、きっと気持ち悪いし、何より弱いものいじめになると思う。
それが嫌だった。
「私も仕事を探すけど、こんな老いぼれだ。期待しないでおくれよ。それでもコルムの面倒をお前さんが見るというなら、殺さねばならぬこともあるだろうよ」
アリスお婆さんに黙り込む僕を、コルムちゃんが不思議そうに見つめていた。
僕は、この子のために生き物を殺してすのかなと思うと、少し胸が重くなった。
「めたる、どしたの?」
「ううん。何でもないよ。それよりコルムちゃん、僕の右腕に捕まって。お空を飛ぶよ」
「とぶって?とりさんみたいにおそらをぴゅーっていくの?」
「そうだよ。とっても高い所に行くからね」
「ふわぁー…めたるすごい!」
先ほどと一転して嬉しそうな声を上げるコルムちゃんを抱えながら、僕はアリスお婆さんに近寄ってその腰を抱えた。
「じゃあ、飛んでも大丈夫かな。アリスお婆さん」
「いいよ。やっとくれ」
「それじゃあ。行くよ!」
なるべく腕に抱えた二人に優しく、ふわりとフライトユニットを起動させて宙に浮き、どんどん空の上へ飛んでいく。
たしか、高度が高くなると寒くなるらしいから、二人を適度に暖めてあげないと。
そんな事を考えながら村のこげあとが点に見えるくらいに上昇してから聞いた。
「そういえばさ。あの村はなんていう村だったの。アリスお婆さん」
「テトの村じゃよ……もう、無いけどね」
「そっか。ほらコルムちゃん。村の皆にバイバイって」
「うん。ばいばいみんな。ばいばい、とーちゃん、かーちゃん」
力いっぱい腕を振るコルムちゃんを取り落とさないように、ちょっとコルムの身体に腕の形がフィットするように腕の表面を軟化させながら確り抱え込む。
アリスお婆さんは静かに親指と人差し指を立てた右手を、親指の先を鼻の頭に当てて眼を瞑っているた。
村を燃やした時には気づかなかったけれど、この世界でのお祈りの仕方だろうか。
とにもかくにも、僕達は空からテトの村を後にしたのだった。