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安息の日と、お別れ

 僕は空いた時間で約束を果たす事にした。

コルムとまた会いに行くって言う約束を。


 ジトラン様には城に居ろと言われたけど、王様は全部済んだらイブンの町まで知らせを出してくれるって言ってくれた。


 アリスお婆ちゃんとコルムが眠ったら僕が城に戻ればいいとも思う。

多分その方が正しい。

でも僕は、寝ている二人とも一緒に居たかった。

だから、王様の心遣いは凄く有難かった。


 大体四ヶ月ぶりのイブンの町。

話はこの町にも届いているのか、僕が昼を過ぎた時間にアリスお婆ちゃん達の家の近くに降りると、近所のおばさんに囲まれた。


「貴方もしかして銀の使徒様!?」

「はぁ、有難い綺麗な身体だわ……」

「あ、あぁぁ……使徒様?どうしようかしら。あの、使徒様、私達を燃やしたりは……」


 口々に純粋に驚いていたり、すっかりご神体みたいに拝む人が居たり、怯える人が居たり。

そんな中でもアリスお婆ちゃんは昔どおりに僕を迎えてくれた。


「ああ、良く帰ったねメタル!何ヶ月も帰ってこないから心配したよぉ!」


 僕に駆け寄りしっかりと抱きしめてくれるアリスお婆ちゃん。

懐かしい感触に、思わずもうない目頭が熱くなる。


「アリスお婆ちゃん。僕頑張ってきたよ」

「聞いてるよメタル。攻め込んできた悪い軍隊をやっつけたんだよね。やっぱりあんたは炎の神様の使いだよ。ちゃんと悪い奴を焼けたね!」


 嬉しそうに僕の頭を撫でるアリスお婆ちゃん。

これだね、僕が守りたかったもの。

僕が人を焼いてでも欲しかったもの、ここにちゃんとある。


「あのね、僕ちゃんと焼けたよ。この国を、アリスお婆ちゃんとコルムを酷い目に遭わせようとする人達。皆やっつけた」

「うん、うん……話はこの町まで届いてるよ。そうだ!久しぶりに蜂蜜菓子の匂いを嗅ぐかい?他の皆もどう?」


 アリスお婆ちゃんの問いに、他のおばさん達はちょっと迷っているみたいだ。


「いや、そうは言ってもねぇ……私らなんかが使徒様とアリスお婆さんの間に入っていいのか」

「私はそのお姿が拝めただけで有難くて……はぁ……」

「えっと、あの……どうしようかしら!?」


 ここは僕の方からおばさん達の緊張を解いてあげなきゃだめかな。

僕はできる限る柔らかい声で言う。


「気にしないでおばさん達。僕は無闇に焼いたりしないから。おばさん達も、僕の守るべき者だから」


 笑顔は作れないから、なるべく優しく、安心してもらえるように。

紡いだ言葉はおばさん達に届いたのか、それぞれの反応が返ってくる。


「使徒様がそういうなら……お邪魔させてもらおうかしら」

「はぁ、使徒様直々に……ありがたやぁ」

「えと、じゃあ、その、お邪魔します……使徒様」


 おばさん達の言葉に、アリスお婆ちゃんは顔をほころばせて家のドアを開いて皆を招き入れる。

僕はさっさと入っておばさん達が入りやすいように、玄関側から一番遠い席に座る。


「どうか入ってくださいおばさん達。それで、良ければ僕が居なかった間のアリスお婆ちゃんとコルムの様子を聞かせてください」


 僕の言葉に少し緊張しながら入ってくるおばさん達。

アリスお婆ちゃんは既にお菓子を作る為に台所に入ってる。


「どうか椅子に座ってください。どうでした?アリスお婆ちゃん達は」


 なんて事のない言葉でよかった。

毎日元気にしていたとか、そんな言葉が欲しかった。

そしておばさん達は席に着くと口を開き始めた。


「アリスお婆さんはねぇ、最近は洗濯物をするのが辛いとか言っていたけれど。それでも元気よ」

「そうね。毎日、朝昼晩の買い物をしてコルムちゃんを教会に送って。お年だから大変だと思うけどしっかりしてるわ」

「うちの母も元気ですけれど、アリスさんもかくしゃくとして……とてもお元気です」

「コルムの様子はどうですか?」

「コルムちゃん?あの子はいつも元気よ」

「毎日教会でお勉強頑張ってるみたいね」

「あ、あの、いつもアリスさんと仲が良くて……言う事もちゃんと聞いてるみたいで。うちの子にも見習って欲しいくらいで……」


 一度口火を切った話題は、そのまま紙に水が染み込むように広がっていく。

こうしてアリスお婆ちゃんがこの四ヶ月元気にご近所づきあいをしていた事。

コルムはアリスお婆ちゃんのおかげで寂しくないように暮らしていたらしい事が解った。


 僕はこれを聞けるだけで満足だ。

お婆ちゃんとコルム、僕の心が続く限り動き続ける僕とはいつかさよならするのが人間だけれど、今僕が居る時に元気なら、それでいい。


「皆さんアリスお婆ちゃんとコルムを良く見てくれてるんですね。ありがとうございます」


 僕が頭を下げると、おばさん達は慌てたように手を振った。


「何言ってるの使徒様!ご近所同士で助け合うなんて普通よ!」

「そうよ。私が風邪をひいた時だってここに居る皆とアリスお婆さんが旦那と子供の面倒見てくれたんだから」

「わ、私も夫が酔って帰ってきた時とか、助けてもらって……」


 その後はアリスお婆ちゃんが近所のおばさん達を助けた話を一杯聞いた。

それは、料理をしている時に用事ができて、その具合をアリスお婆ちゃんに見てもらったとか、そんな些細な事。

だけど僕はそういう些細な事こそが聞きたかった。

話の一つ一つを聞く事で僕の心を満足感が満たす。

これから先もこの国を守ろうという気力が沸いて来て、ハートドライブから力が溢れるのが解る。


 ああ、本当に帰ってきてよかった。

後はコルムに会うだけだよ。

王様には今度会ったらありがとうございましたって言わなきゃ。




「メタル!おかえり!」


 近所のおばさん達がお茶を飲んで帰ってから、しばらくアリスお婆ちゃんとお茶を飲んでいた所に帰ってきたコルムが僕の懐に飛び込んでくる。

慌てて身体を低反発な柔らかさにして受け止める。


「ただいまコルム。約束どおり、帰ってきたよ」

「メタル!メタル!」


 力を入れれば入れるほど程よくつぶれる僕の体に、コルムは思い切り顔を擦り付ける。

僕はそんなコルムの頭を優しく撫でる。

金属の体でも、ふわふわのコルムの髪の感触を感じられる体にしてくれたのは神様に感謝しても良い、許さないけど。


「あのね、メタル。ききたいことあるの」

「なんだいコルム」

「おしごとおわったから、またずっといっしょ?」


 核心を早速突いて来るなぁ、コルムは。

僕ができれば聞かないで欲しかった事を、本能的なものなのかな、自分が気にしてる事を真っ直ぐ聞いてくる。


「コルム。僕は君が好きだから正直に言うよ。どのくらい掛かるか解らないけど、王様達が僕の扱いを決めたらコルムとはお別れ。きっともう会えない」

「やっ!」


 ぎゅうぎゅうと僕を締め付けながら拒否の声を上げるコルムの反応に、泣きたくても泣けない僕は、唯一感情を表に出せる声を揺らしながら言った。


「ごめんねコルム。全部アリスお婆ちゃんとコルムの為なんだ」

「やっ!いっしょがいい!じゃないとやだ!」

「ごめん。ごめん……」

「やぁだぁ!ごめんじゃや!う、うえぇぇぇ!」


 泣き出してしまったコルムの頭や背中を撫でてあげてるんだけど、全然コルムは泣き止まない。


「アリスお婆ちゃん、助けて……」

「泣かせておやりメタル。泣いてすっきりしたらまた変わるさ」

「……うん。そうだね。コルム、ごめんね。お別れするまではなるべく一緒にいるから……」


 アリスお婆ちゃんも、泣きじゃくるコルムの肩を撫でさする。

しばらくそうしていると、くたりとコルムの力が抜けて、小さな寝息が聞こえてくる。


「アリスお婆ちゃん。僕コルムをベッドに寝かせて来るよ」

「そのままついていておやりよメタル。コルムは元気だったけどずっとお前さんと会いたがっていたから……夕飯ができたら呼ぶから」

「うん。解った。行って来るよ」


 僕はぐったりとしたコルムを抱えて寝室へ運び込んだ。

涙の後の残る頬を、柔らかくした指で拭ってあげる。

静かに息をする音だけが部屋に響いて、僕は本当に国を守らなきゃいけないのか、アリスお婆ちゃんとコルムだけを守るんじゃダメなのか。

しばらく考えた。

でももう約束しちゃったんだ。

僕は馬鹿な選択をしちゃったのかもしれないけど、王様の下で働くって決めたんだ。


 その後はアリスお婆ちゃんが僕達を呼びに来るまでコルムの手を握って、コルムの寝顔を見てた。

会えなくなるから、これから先会えなくても、その顔を忘れないように。




 それからの一月、僕はべったりとくっつくコルムと過ごして、アリスお婆ちゃんに頼まれた買い物なんかをしながら過ごした。


 町の人にはちょっと前とは違う意味で特別に見られたりもしたけど、至って平和に僕達は過ごした。

朝にアリスお婆ちゃんと市に行って朝の買い物。


 教会でコルムの勉強を見守って、その後アイム君、シャムちゃん、ジェムちゃんと遊ぶ約束して、お昼。


 お昼が終わったらついてきたり、近所のおばさん達とお喋りする事を選んだりするアリスお婆ちゃんとは、過ごせない時もあるけど、皆と遊ぶ。


 この町で家を手に入れてからしていた何気ない日常をまた味わって、僕はここにこのまま居たくなった。


 でも別れの日は訪れるんだ。

アリスお婆ちゃんが朝ご飯を作り始める日が昇るよりも早い、朝焼けの赤に染まり始めた時間に、家の扉が叩かれた。


 僕は寝ている二人を起こさないように、扉を開く。

外に居たのはジトラン様と警護の騎士の人達。

久しぶりに見る豪華な服は目に痛くて、同時に別れる時が来た事を僕に教えてくれた。


「イシュラーダ陛下は教会の教主にお前自らの口で我が国の守護者になる事を言質を見せるという事で、お前が王のしもべになる事を認めさせる最後の詰めになる。来い」


 このイブンの町に戻って三ヶ月、大人の人達の間でどんなやりとりがあったかを聞く気はない。

ただ、あの王様ならできるだけ僕にとって良い様な形にしてくれたんだろうなという予感。

だから僕は、少しの時間を貰うだけにする。


「ジトラン様。アリスお婆ちゃんとコルムにお別れを。いいですか?」


 僕の問いに、ジトラン様は黙って頷いた。

その好意に甘えて僕は寝室に戻る。

アリスお婆ちゃんの肩を軽く揺すると、お婆ちゃんはすぐに起きてくれた。


「なんだいメタル。ご飯ならもう少し後で……」

「アリスお婆ちゃん。お別れだよ」

「メタルお前さん……分かったよ。コルムも起こそうね。ちょっと眠いだろうけど仕方ないね」


 アリスお婆ちゃんがコルムの事を揺さぶって起こしに掛かる。

いつもならまだ寝ていられる時間に起こされたからか、コルムはとても眠そうだ。

でも、アリスお婆ちゃんが僕とのお別れの時間だよというと、コルムは飛び起きた。


「やだよ!メタル!ずっといっしょにいようよ!」


 また僕にしがみついてねだるコルムに、僕は声を掛ける。


「コルム。人はずっと一緒にはいられないんだよ。本当は解ってるんだよね?」

「やだ!やだ!おとーさんおかーさんみたいにメタルいなくなるのや!」

「アリスお婆ちゃんも、きっとコルムを置いて居なくなっちゃう。でもね、だからこそコルム。君は君でずっと一緒に居てくれる人を探さなきゃいけないんだ」

「メタル!ずっといっしょにいてよぅ!」

「僕は無理なんだ……だからコルム、お別れ」

「やだぁ!いいこにするから、もうおそらとんでくれなくていいから!いかないで!」

「……ごめんねコルム。アリスお婆ちゃん。後をお願い」


 しがみつくコルムの手をなるべく優しき離して、アリスお婆ちゃんにその体を渡した。

アリスお婆ちゃんは、皺だらけの顔の中で皺を何本か増やしながら言った。


「まだこの子には、メタルの大事な仕事が解らないんだろうねぇ。私がちゃあんと説明しておくから。言っておいで」

「うん。行ってきます。アリスお婆ちゃん。一緒に居られた時間は短かったけど、僕は二人を本当の家族だと思ってるから」

「うんうん。わかっとるよ。そうでなければこんな身寄りのない婆と子供の面倒なんて、見てくれないだろうからねぇ」

「お金、契約したから僕が来なくなっても届けに来る人が居ると思う。だから安心して暮らして、コルムを見守ってあげて」

「炎の神様の使いであるメタルの言う通りに」

「……じゃあ、人を待たせてるから行くよ、お婆ちゃん」

「いってらっしゃい。可愛いメタルや」


 僕は、コルムの泣き声を忘れないようにセンサーホーンの感度を最大にして、頭の中に刻み込む。

可愛いコルムを泣かせてまで行くんだと、この国の全てを守るっていうくらいの意気込みで頑張らなきゃいけないんだと思うために。


「待ってくれてありがとうございましたジトラン様」

「よい。今回の移動はお前が単体で王都まで飛べ。私も追って王都へ登るが、お前の守護者としての宣誓と活動は今日、陛下と顔を合わせた時から始まる。行け」

「はい。解りました。それでは先に行ってますね、ジトラン様」


 僕は朝焼けの中を飛び上がる。

あっという間に町は小さくなって、雲の上に出る。

王都の方角は良く憶えている。

僕は未練を断ち切るように速く、飛び始めたのだった。

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