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僕は決定的な何かが変わってしまった

 僕がエヴァンデルという国を丸裸にするのに掛かった日数は五日も掛からなかった。

集めた情報は翌日の朝にジトラン様に報告してある。


 その結果は、あの国の偉い人の殆どが知らされている戦争の準備だった。

エリステル領で精獣狩り禁止という目立った異常を見せておいて、全ての領地で目立たないように税金を上げてお金を集める。

 それを五年。


 エリステル領以外の領地では、精獣狩り禁止によって暴走を始めるであろう精獣に備えるという名目で兵士のレベルアップをする。


 その一方表向きには何度も狩りの禁止の撤回を求める文は定期的に出す。

でもその動きは一本化せず、王様が直接動かない程度に収める。

こうして準備した軍勢で、少なくともジトラン領を取る。

それがエヴァンデルの計画だった。


「それで、決行の時期まで読み取れたか?」


 朝食を摂り終ったジトラン様に、町長さんの所でもみた応接室っていうのを、もっと豪華にしたような部屋で報告する。


「エヴァンデルの国王は機は熟したと見ているみたいです。今年中に兵隊を出動させます」

「ふむ、収穫期の前か、後か」

「狙いはジトラン領だけに絞っているみたいです。収穫期の一月前にエリステル領の兵隊だけでジトラン領を奪うつもりみたいですよ」

「はっ、舐められた物だな。我が領が一月で落とされるものか。それで、その後詰めはどうするのだ」

「エヴァンデルの各地の領主から兵を出し合ってエリステルの兵を収穫の為に戻して休ませるつもりみたいですよ」


 僕の言葉に、僕の向かい側に豪華な赤いふわふわのソファに身体を沈み込ませたジトラン様は思案顔になる。


「なるほど、国を挙げて一領を落とすか」

「それで、エヴァンデルは次の年の収穫期まで領主ごとに順番を割り振って兵隊をこの領に居させておいて、交渉に持ち込むつもりだそうです」

「交渉?徹底抗戦以外にあるのか?」

「あちらは一年もこの領の占拠を続ければ事前に戦争の準備をしていた自分達より先に、僕らの方が音を上げて国境線の移動で手を打つと思ってます」

「そうか。確かに戦に向けて財と食料を貯えた者とそうでない者の有利不利は明確だな」

「はい。それで精獣が獲れる森を含む範囲を自国の領土とした上で停戦するつもりらしいです」

「随分と侮られたものだな。我が家の統治の下、何代も変わらなかった国境線を変えられると思うなよ」


 かちり、とジトラン様は腰に下げた短剣の鞘を鳴らす。

それを観るまでも無く僕にはジトラン様の焦りが見える。

当たり前だ、何代も平和だったという事はそれだけ兵隊が戦い慣れていないということだし。

数年掛けて訓練をそうと狙って重ねてきた敵には不利になるのが当然だ。

カードゲームで敵にだけ、何ターンかエネルギーを出すカードを設置されて、ユニットを配置されている料理される直前の状態なんだから。


「ジトラン様。エリステルの領主が攻めて来たら即座に焼いていいですか?」

「ん……敵が一挙に攻めてこないならそれもやむなしだな。早々にアリオンを焼いて侵略の意気を挫く」

「敵の兵隊はそれで下がるでしょうか?」

「アリオンだけでは弱いな。その周囲を囲む近侍の部隊ごと焼け」

「解りました」


 僕が答えると、ジトラン様は僕の方をじっと見つめて言った。

その声の中には、僕を得体の知れないものの様に見ているような色が混じっていた。


「お前、やけにあっさりとアリオンの周囲の兵も焼けというのに同意するな。子を、親を奪う事になるぞ」


 ああ、その事かと僕は思った。

簡単な答えだから、簡単に答えた。


「僕は焼くべきものを焼くだけです」


 僕の答えに何を感じ取ったのか、ジトラン様は笑い始めた。


「ふふふ、ははは、ははははは!焼くべきものか!そうだな!まさにそうだ!我が王国に仇なす者は全て焼くがいい!」

「一つ言っておきます。僕は攻める戦いには参加しませんよ」

「……何?」

「僕は戦争を止める為に焼くんです。焼くために戦争をしたいわけじゃないですから」

「ふん。言いよる。数日前まで焼くと口にするだけで時間が掛かっていた小僧とは思えん」

「僕は僕の意思で力を使う事にしたんです」

「それは、我が国のイシュラーダ陛下の王命であっても己の意に沿わなければ従わぬという事か?」

「そうです」


 ジトラン様は僕をぼおっと見てから、汗をかきはじめた。


「お前、逆らえばあの老婆と子供がどうなるか……」

「どうにかできますか?僕の見通す力と、自在に焼く力を前にして」

「貴様っ……!」

「はっきり言っておきます。王様にも言っておいて下さい。僕を使うには納得が必要だって」

「……化けたな小僧」

「そうでしょうか。それで、僕の一応の仕事は終わりましたけど、あとはどうしましょう」


 僕の質問にジトラン様は一息ついたように大きく肩を上下させた。

どうしたのかなと思っていたら、ジトラン様はにっと笑って言った。


「そういうところはまだ小僧だな。これ以降は常にアリオンの屋敷を監視して兵を集めるのを確認したら即座に私に伝えろ」

「僕がジトラン様に伝えてからでこちらの兵隊を揃えるのは間に合いますか?」

「決行前に具体的な日取りを決定するはずだ、それを探れ」

「解りました」

「まぁお前が自らの理に従って動くというなら精々我らもそれを使わせてもらう」

「いいですよ。ただ、僕に嘘は通じないという事は良く覚えておいてください」

「ふん。行け」

「はい」


 僕はジトラン様の部屋からバルコニーに出る。

赤茶のレンガを積んで白いもので固められて作られたお城を後にして飛び立つ。




 僕はジトラン様の城から百五十kmくらい離れたエリステル領の領主さんのお城の上空に止まって、ゆっくりとセンサーホーンの見通す範囲を広げていく。

 感覚の網の中に徐々に城の中の人達の動きが、意思が伝わってくる。

皆真面目に働いている。

 まぁその真面目さって、人それぞれでどのくらいの真面目さが普通なのか違うから面白いんだけど。


 この五日間で広い範囲を視る事に慣れた僕は城下町まで視界を広げて細かい悪事に警告を与える。

人の財布をくすねようとする悪い人の手の表面に熱い鉄板を押し当てた程度の熱を与えたり、女の人を囲んで困らせている人達の一番痛そうな部分を軽く炙ったり。


 そんな事を片手間にしながら僕は監視を続ける。

細かく悪い事をしようとしている人達を見下ろしながら軽く焼いていると、ちょっと楽しくて複雑な気分にもなるんだ。


 例えば、街の裏路地で固まって暮らしてる子供が、生きる為に食べ物を盗むという行為。

本当はこんなこと無いように大人が保護してあげなきゃいけないんだと思う。

でもこの世界には、そういう手の届かない子達は居る。

一応孤児院という概念はあるみたいなんだけど、そういう施設は生前ある程度の寄付を行っていた家庭の子供が身寄りを無くした場合にだけ引き取るみたい。


 つまるところ、結局はお父さんお母さんがお金を持っていたという前提の上で、自分が不意に居なくなったらという事態に対処してた人だけが恩恵を受けられるって事。


 僕は、そんな恩恵を受けられない子供達をどうするべきか悩んでる。

焼くか、この世界の人に任せるべきか。

僕はそれからエリステルの領主さんが行動を起こすその日まで、その事を考え続けた。




 僕が悪い人を焼いているのが、そういう人達の間で仕事をする時に起こる怪現象として話が広まり、徐々に城下から別の土地に移り始めて……。


 最終的に領主さんが密かに狩った精獣を売り払うのに使ってた悪い人達だけが残った。

その不自然な残り方に多少のいざこざはあったみたいだけど、僕はそれを放って置いた。

視ているうちに、そういう事をしないと生きてられないっていうくらい、普通の世界からはぐれちゃってる人はいるんだなぁって解ったから。


 ただ、普通の人に迷惑が掛かるようなら容赦なく焼いた。

灯りを街の中につけたわけじゃない。

どの程度熱すれば行動できなくなるか見通して、丁寧に一人一人温度を上げてあげただけ。


 ともあれ、そういう風にして特定の集まりだけを残して街から悪い人が逃げ出した頃になって、ついにエリステルの領主が命令を出した。

 一週間以内に兵を国境線沿いに集めて侵攻の準備をしろっていう命令を。


 僕は即座にその事をジトラン様に報告した。

そうしたら領内の各方面への書状を持たされてあちこちいかされた。

戦いになる前に僕の力で全てを収めるとは言っても、残った軍隊を領内から追い出すのに兵隊は使うらしい。


 あんまり、死ぬ人が出ないといいなぁ。

僕は最低限の犠牲で戦争を戦争未満で終わらせたいんだから。


 本格的な戦いを起こさず、話をエリステル領の暴発という事にして敵が戦争を止め易くする下地を作る為に国境から少し離れた所に兵隊を置くらしい。

 国境近くには宿場町っていう、旅をする人が休む為の街があるらしいけど、そこにたどり着く寸前くらいで待ち受けるらしい。


 これから先、ジトラン領からエリステル領へ向かう旅人の規制を行うらしい。

不自然にならないようにこの国に籍を置く人にだけらしいけど。

きちんと軍隊の進行に巻き込まれる旅人を減らす努力をするのは良い事だと思う。


 それから一週間は国境沿いを密かに越えて工作を仕掛けようとする人が居ないか見張ったり、場合によってはそれを焼く仕事をして過ごした。

 ある程度焼いたら報告の為に場を離れたりもした。

報告は人数分の狙いまでジトラン様が聞きたがるから時間が掛かっちゃった。




 そうこうしている間に一週間は過ぎ、関所からこの国の人間が馬で逃げ出した後の事。

朝日もまだ上がりきらない時間からエリステル側から鎧を着て馬に乗った人達が駆ける。

その人数は千人くらい。

この世界というか、この国では大きめな町の警備隊が普通百人くらいっていうと一杯居るように思えるよね。


 ジトラン様に集まった兵隊の種類と数を伝えたら、騎馬兵で手近な町を片っ端から襲って戦力を削って、後から来る歩兵に占領させる気なんだろうって言ってた。


 僕は騎馬兵を視て、その中にアリオンって人が居ないか確認する。

居なかったから、僕はジトラン様の指示通り、騎馬兵が分かれる兆候を見せたところで焼いた。

千人、皆ぱっと一瞬光って蒸発させた。


 僕は少し優しい気持ちになった。

ほら、皆こんな感じに簡単に死んじゃう。

でもそんな簡単に与えられる死をばら撒こうとしてた人は溶けて消えて、今はとっても静かだから。

これが正しく焼くってことかな、アリスお婆ちゃん。


 あの後先発の騎馬兵の中に敵の領主さんは居なかった事を伝えると、ジトラン様は軍の厚みを少し増すように移動させてから宿場町から国境よりに陣地を動かした。

騎馬兵を両端において、中心の方を槍兵で固めて、その後ろに弓兵を固める。

戦争ではオーソドックスな陣形らしい、そんな形にしてゆっくりと歩いて進軍する。

馬の脚を人に合わせるのは難しいと言っていたけど、僕には綺麗に一緒に行進できているような気がした。


 そして、日が高く昇ったころに、エリステルから来た悪い人達とジトラン様の軍は出会った。

僕には敵の軍から何故ここに軍が居るのかとか、先発の騎馬兵はどうしたなんていう疑問の声を拾ったけど、全部無視。


 センサーホーンで捉えたエリステルの領主の近くに居る兵隊、それから広がる軍隊の中の命令を出している人を皆首を残して真っ白い炎で焼き上げる。

エステリル側の二千五百人の内、焼かれなかった人とエリステルの領主が悲鳴を上げた。


 僕はそっとジトラン様の所に降りて、注文どおりの焼き方をした事を教えてあげた。

そしたらジトラン様は更に軍を進めながら自分の近くに居させてた馬に乗った皮鎧を着た人達を先に行かせて叫ばせた。


「お前達の指揮者は神の炎で焼き尽くされた!」

「見ただろう!白い神々しい炎に焼かれる罪深い自分達の指揮者を!」

「まだ戦う気ならば我がエクセント王国の兵がお前らを追い立てる!」

「その最中にも白い炎はお前達を焼くだろう!それでもなお戦うか!」


 大声を張り上げて繰り返し叫ばれる言葉に、エリステルの軍は総崩れになったよ。

皆悲鳴を上げて逃げ出した。

持っていた武器も盾も、多分侵略する為に用意した食料まで全部投げ出して逃げ出した。

そして僕はちょっと飛んで自分も逃げようとしていたエリステルの領主をちょっときつめに握って捕まえておいた。


 僕は戦争が戦争にならずに終わった事に大体満足したけれど、ちょっと不満な所があった。

僕の炎は神様から貰った力だけど、これはもう神様のじゃない。

僕のだ。

僕のものを嫌いな神様のものだといわれて、少しいらっと来た。

不満はそれだけ。

後はジトラン様と、それより偉い国王様のイシュラーダ様という人がどうにかするだろう。


 僕の仕事はおしまい。

僕はイブンの町に戻れるかな。

アリスお婆ちゃんとコルムは元気にしてるかな。

もう何ヶ月も会ってない。

ああ、早く帰りたいな。

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