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忍び寄る足音

 少し休日が増えて、五日に一回はアリスお婆ちゃん達に会える様になった、その矢先の出来事だった。

 僕はオーブルさんに呼ばれて、オーブルさんの屋敷に向かっていた。

森で怪我をした狩猟者のお姉さんを森林資源保護部に運んだら、そういう連絡を受けたんだ。

役所じゃなくて屋敷というのがちょっと引っかかるけど、とにかく僕は行く事にした。


 僕が町長さんの屋敷に行くと、すぐに中に通されて壷に花が生けられたり、役所にある応接セットより豪華なソファやテーブルが置いてある部屋に通された。


 そしてそこで僕を待っていたのはオーブルさんでは無かった。

正確に言えばオーブルさんも居るんだけど、町長さんはソファに座る男の人の背後に、普段秘書のトロネさんがそうしているように控えていた。


「良く来た。お前がメタルか」


 第一印象は偉そうな人だなぁと思った。

良く視れば短く切られた金髪に金のわっかが付けられていたり、そろそろ暑くなり始めるこの時期に、真っ赤な布に金色の糸で刺繍がされたマントを羽織ってる。

 それに、青と白に分けられた童話の王子様みたいな格好だ。

それも丁寧なつくりで、町長であるオーブルさんよりも良い服を着ているんだなと解った。

僕は一礼してから多分偉い人に答えた。


「はい。僕がメタルです」

「そうか。歳はいくつだ?」

「ええと、来月には十二になります」

「そうか。まだ子供だな」


 そういうと偉い人は引き締まった顔のライオンみたいに鋭い目を細める。

なんなんだろう。

この人は僕を呼んでどうするつもりなんだろう。

それが気になった僕は、少し見通してみた。


 その人は僕をどう人殺しに使うか考えていた。

それもただの人殺しじゃない。

兵隊を沢山殺す兵器扱いだ。


「嫌だ!」


 僕は思わず叫んでいた。

突然の叫びに、一瞬細めた目を見開いたけれど、すぐに愉快そうに口を吊り上げて笑う偉い人。


「見通したか。確かにこいつは斥候には使えそうだが……兵力としてはどうだ?」

「それは……領主様、メタルはまだ成人も迎えていないのです。人を殺す訓練もしておりませんし、それにある事を嫌っておりまして」

「ほう。何を嫌う?」

「親から子を奪う事、子から親を奪う事です。それは人だけではなく精獣などの獣にまで及びます。恐れながらこの町で私の与えた仕事をこなすのがせいぜいかと」

「ふはは。そう軽く見てやるな。その様な者の使い所を見抜き使ってやるのが上に立つ者の務めだ。お前は気にするな」

「ですが……」

「それ以上は言うな。さてメタルとやら。お前の身柄は我がジトラン領の軍が預かる事になった。解ったか」


 それ以上有無を言わさないと言った感じの声を出すライオンの眼をした領主さん。

オーブルさんはそれ以上何も言えないのか、僕に悲しげな目を向けてくる。


「僕をどうするんですか。それよりもこの領がそんなに警戒する事ってあるんですか?」


 僕の言葉に領主さんは人を馬鹿にするような目をした後、ただでさえ釣り上がっていた口の端っこを更に吊り上げながら言った。


「子供とは言え、無知もここまで来ると罪だな。町長、説明してやれ」

「はっ!いいかいメタル君。この町のあるジトラン領はエクセント王国という国の国境になる領なんだ」

「国境……?それはここからどのくらいにあるの?」

「この町は領の南端の方にある。だからここから北へ五十km、そこから更に五kmほど東へ行った所に関所がある」


 五十km、領主様のお城がある街がモーブというのは知っているけど、この五十kmの中にあるのかな。

そんな事を考えた僕に領主さんが後を続けた。


「それで、だ。この領は他国、エヴァンデル王国と接しているわけだが。その国の、我が領と隣り合っているエリステル領の領主の動きがおかしい」

「隣の領の領主さんがおかしいのと、僕。どう関係するんですか?」


 僕の質問に、鼻をならした後に領主さんは続けた。


「ふん。常に見通すわけではないか。ともあれその領主、アリオン・エリステルというのだがな。最近になって急に精獣の保護を叫びだした」

「精獣の保護って、この町でもしてる事ですよね」

「オーブルがやらせている物とはレベルが違う。完全に精獣を狩る事を禁じている」

「えっ。それって危ないんじゃ……精獣は増えすぎると森を出て人を襲うんですよね?」

「そうだ。それだけでも正気の沙汰ではない。遠からずあちらの国王がアリオンを処断すると思うが……」

「もしかして、その精獣を狩っちゃいけないっていう決まり、もう何年も前から?」


 そういった僕の言葉に、領主さんは頷く。

その後に僕を指差しながら言った。


「その通りだ。そこでメタル、お前のクリオの森の全てを見通すかのようなその力が欲しい」

「見通す力、ですか?」

「そうだ。この町の近くにある森のほぼ全てを見通すといわれる力を使って、周辺を警戒するのがお前の仕事になる」

「えっと、それってつまり場所を変えて今みたいな仕事をすればいいって事ですか?」

「まぁそうだな。可能ならエリステル領内の精獣が本当に保護されているかの調査もしてもらいたい」


 何故?と思った。

僕はどうして領主さんがそんな事を気にするのか解らなかった。

だから黙っていると、領主さんは一息ついてから続けて説明してくれた。


「精獣は金になる。これを密かに狩る事で金を貯めていたとしたらどうだ?」

「ええと、お金が貯まる……」

「それ以上は子供には解らんか。もしその金を軍を拡大する事につぎ込んだらどうだ?」

「えっと、隣の領が軍を大きくすると何か問題が起こるんですか?」

「我が国の国王であるイシュラーダ陛下にも、エヴァンデルのギドミルド陛下へアリオンの動きの不穏さを耳に入れていただいているが……」

「まだ良く解らないです」

「もし、の話だが。それをギドミルド陛下がその動きを黙認し、アリオンが軍隊を我が領に送り込んできたらどうだ?」

「……戦争ですか!?」


 僕の焦った声に、領主さんは顔を怒っているようにしかめると頷いた。


「非常に可能性は低いがな。我が国とエヴァンデルの国力は現在拮抗している」

「あれ?でもそうすると、こっそりお金を貯める意味が……」

「落ち着け。先ほどの話は万が一の事だ。単にアリオンが贅沢をしているだけかもしれん」

「え、あの、それってどういう風に判断するんです?」

「少なくとも我が国の密偵は全て空振りだ。これをアリオンの配下が優秀と見るか、ギドミルド陛下が庇っていると見るか。その点はこちらの国の領主の意見を割っている」


 なんだかわけが解らなくなって僕は領主さんを見通してみた。

その結果解ったのは、領主さんも解らない事を知りたがっているということ。

色々難しい事を言っているけれど、領主さんは隣の国の人の心が知りたいんだ。

なんでこんな回りくどい言い方をするのか解らないけど、僕は言った。


「領主さんは、隣の国の偉い人が何をしようとしているか知りたいんですね?」

「……まぁ要約するとそうなるな」

「僕の調査の結果次第では、戦争になるんですね?」

「エヴァンデルが望むならそうなるだろうな。だが我が国の王は戦を望んでいない」


 僕はセンサーホーンでその言葉を見通す。

領主さんの言葉に、嘘は無かった。


「領主さん。お仕事お受けします。でもそれには僕の望む条件を付けてください」

「お前に拒否権は無いのだがな。まぁいい条件とやらをいってみろ」

「アリスお婆ちゃんとコルムの生活を保障してください」

「よかろう。それだけか」

「もし、隣の国の偉い人が戦争をする気だったとしたら、焼く権利を僕にください」

「ふむ、焼くのか。お前は焼けるのか?」


 僕はじっくりと考えた、考えて、考えて、答えを出した。


「戦争は、凄く悪いことだから。ヒーローは凄く悪い奴はやっつけるものだから。僕はやります」

「英雄志願か。だがもし焼けばエヴァンデルとの国交の兼ね合いもある。ただ焼けばお前を英雄どころか罪人として追わねばならん」

「悪い人をやっつけるからって、褒めてもらえるわけじゃないんですね……」

「そうだ。お前が思っている以上に人一人を殺すという事は平時では重い」

「悪い人をやっつけるのに悪い人扱いされるのか……」


 僕は自分がやりたくなくてもしなきゃいけない事をするのに、褒められないなんて。

そんな僕の心の動きが領主さんには解ったのか、領主さんは呆れたようにソファに両腕を寄りかからせながら言った。


「大人はだな、悪い奴をやっつける時、悪い事をしようとしていると皆に知らしめてからやっつける」

「それって、どういう事です?」

「簡単に言うぞ。戦争をしようとするならさせておけ。そして戦場で、多くの兵の目の前で焼け。そうすればお前は一転して英雄だ」

「……戦争、起こしちゃうんですか」

「正確に言うと戦争が起きる直前まで行かせる。例えそこまで場が出来上がっていても、指示を出す頭が一斉に焼け死ねば間違い無く兵は総崩れになる。後は我々の仕事だ」

「そんな事できるんですか?」

「出来ん」

「じゃあ駄目じゃないですか!」


 僕が大声を出すと、領主さんは再び口の端っこを吊り上げて笑顔を作ると、僕に言った。


「普通ならな。だが我が国には今お前が居る」

「え?」

「本来なら不可能な指示を出す人間を、それも我が国に敵対的な者だけを選んで焼ける。故にお前にだけそれができる」

「僕にだけ?」

「そうだ。お前は我が領土に土足で踏み込もうとした悪人を、本当にこの国から領土を切り取りたいと考える者だけを焼けばいい」

「悪い人だけを……」

「そやつらには家族も友も居るだろう。だが、確実に他国を攻めようとする悪人をやっつけられる。これは、英雄ではないかな?」

「それは……ヒーローなのかな」

「そうだとも。誰もがお前を讃え、認めるだろう。正しい英雄と」


 そこで領主さんはだが、と言葉を切ってから、僕を止めるように手を開いて突き出してくる。


「まずはお前の仕事は調査だ。お前の能力なら容易いだろう?やれ」

「僕がしなかったら、最悪なんの準備も無いまま精獣の暴走や、戦争ですか?」

「そうだ。解ったなら私の任せる仕事に対する返事は決まっているな」

「……はい。領主さんの言う事を聞きます」


 僕の答えに満足したのか、領主さんは満足そうに頷いてからソファから立ち上がる。

そして僕を見下ろしながら言った。


「それから、私の名前はクオストゥ・ジトラン。ジトラン様と呼べ。さんと呼んでいいのは精々そこのオーブルや市長レベルだ。それ以上に高い地位に居る人間には様を付けろ」

「解りました。ジトラン様」

「よろしい。では早速明日からでも頼むぞ」


 そう言うと、ジトラン様はマントを翻し応接間って言うのかな、ともかく部屋を出て行った。

僕は残されたオーブルさんと、少し話をする。


「オーブルさん。アリスお婆ちゃんとコルムの事、よろしくお願いします」

「ああ……しかし君の事は私には残念だよ」

「森の管理、負担かけちゃいますね」

「君は気にするな。領主様の直接のお召し上げだ。君にも私にも拒否権は無い」

「こういう時、僕はもっとわがまま言って、この町から離れたくないって暴れればよかったんでしょうか」

「いや。君が素直に言う事を聞いてくれて助かった。私は君にこの国の敵になって欲しくないからね」

「そうですか。ところでジトラン様の命令は明日からですよね。今日はアリスお婆ちゃん達と過ごしていいですか?」


 僕の言葉に背を向けながらオーブルさんは言った。


「好きにしなさい」


 僕はジトラン様が出て行った扉から出て行くオーブルさんに静かに礼をしてから、部屋を出た。

なんだか僕は、とても大きなものを背負い込まされてしまったような気がする。

いや、なんだかじゃなくて実際大きいんだろう。

下手をしたら戦争。

意地悪な神様に送られた世界は、やっぱり優しくなかった。

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