僕の5ヶ月
僕は町長オーブルさんとの契約から五ヶ月経って季節は春と夏の間の五月くらい。
森の中で時にガレオスやトルトル、そしてクリオの森で獲れる最後の精獣ハジンを守ったり、殺したりしながら過ごした。
アリスお婆ちゃんとコルムに会えるのは月に二、三度。
狩猟買い取り所パルジお兄さんに、とんでもない契約をしたなと言われながらも、アリスお婆ちゃんやコルム達には遠くでする仕事に就いたと言って、僕は仕事をして過ごした。
この仕事は僕にとって中々難しい。
力ずくで済ませようとすれば簡単なんだろうけど、オーブルさんにそれは最後の手段にしてくれと言われている。
だから僕は、森の中でセンサーホーンを働かせ、森の中全ての状態を把握する。
全て、とはいっても、幼い個体が人間に襲われかけている、追われているという条件に合致する反応を見るだけだから負担は少ない。
そして、今日もまた反応をセンサーホーンが捉える。
「おら!もっと追い込め!奴が来る前に仕留めるんだ!」
「解ってるよ!こいつが群れからはぐれるまで何日も待ってたんだからな」
「ここでこの仔ガレオスを逃がしたらまた稼ぎが……くそっ、なんなんだあいつは」
「銀の鎧で空から舞い降りて、正義の騎士様のつもりかよ」
「こちとら生活が掛かってんだよ。あんな奴のお遊びみたいな横槍で狩りを止められてたまるかよ」
木々の中を、僕を罵りながら走る軽い皮鎧を着込んだ男の人達が走るのを感じる。
僕が何もしなければ追われている小さなガレオスの子供はそう遠くないうちに罠に掛かってやられてしまうだろう。
でもそうはさせない。
僕は空から男の人達の前に飛び出す。
「そこまで!ガレオスの子供を追うのをやめるてください!」
体の硬度を下げて、鞭のように広がるように腕を広げて囲いを作る僕の腕を、男の人達は鉈で切りつける。
硬度を上げなおしたので薄く広がった腕はちょっとだけへこむだけ。
通さない。
「既に幼体の狩猟許可数を超えています!おじさん達は狩るならガレオスの成体やトルトルにしてください!」
僕の言葉を聞いても、おじさん達は余計頭にきてるみたいだ。
「うるせぇな!狩猟許可数なんざ狩猟買い取り所の勝手な言い分だろうが!」
「そうだ!欲しいって奴はいくらでもいるんだぞ!」
「通せよこの似非騎士野郎が!」
「この!この!なんでこんな薄い腕が切れねえ!」
「なぁ頼むよ。この狩りが上手く行かないとツケが払えなくて困った事になるんだよ、見逃してくれよ」
おじさん達はそれぞれ好き勝手な事を言うばかり。
でも僕にはそんな事は関係ない。
ツケが払えなくて困るって言ってるおじさんだって、似たような人を可哀想だからって見逃したら、オーブルさんに酷く怒られた。
例外を許すと皆がその例外になろうとする、その結果決まりというものを誰も守らなくなってどうしようもなくなるって。
だから、僕はその後前に見逃した人が同じような事をしようとしたのを見て、絶対に許しちゃいけないんだと思った。
「言い訳は町の詰め所でどうぞ。僕は狩りを止めるだけですから」
広げた手で男の人達がばらける前に捕まえる。
その後も色々言われたけど、僕はそれを気にしないようにして飛び上がる。
そして、有無を言わせぬ速度で、多分時速200kmくらいで町の森林資材保護部の詰め所に飛ぶ。
詰め所に着くころには頃には五人ともぐったりしていた。
まぁこの世界の人にあの速度は辛いかなと思いながら、詰め所の中に声を掛ける。
「すいません。ガレオスの幼体を狩ろうとしてた五人組を捕まえてきました」
僕が声を掛けて、少ししてから詰め所の中から人が出てくる。
そして口々に声を掛け合いながらおじさん達を運んでいく。
「ああ、こいつら三度目だな。追放だなこりゃ」
「食い詰めて町の中でろくでもないことされても困るしな」
「まったく。なんでトルトルやらハジンやらでこつこつ稼がないかね。あっちの狩猟許可数は余ってるって言うのに」
「それが解る頭がありゃこんな人数でガレオスなんか狙わんだろ」
色々おじさん達に厳しい事を言いながら運ぶ、詰め所の隊員の人達。
僕はそんな人達を後に、すぐに森に戻る為に飛ぶ。
本当は僕も詰め所の人達と話をしたい。
でもさっきのおじさん達みたいなはぐれ狩猟者が居なくなる事はない。
だから僕はすぐに森に帰らなきゃいけない。
この繰り返しが今の僕の仕事。
これじゃ本当に町に住んでいると言えないんじゃないかと思うときもあるけど。
でもその気持ちは町で暮らしてる、アリスお婆ちゃんとコルムの暮らしが良くなって居るのをセンサーホーンで感じて打ち消す。
アリスお婆ちゃんも、コルムも、突然僕が居なくなったから少し心配していたけど、すっかり町にも馴染んで楽しそうに暮らしてる。
コルムは最近暖かくなってきたかアイム君、シャムちゃん、ジェムちゃんと長く遊ぶようになった。
アリスお婆ちゃんは良い暮らしをしていても周りの人にやっかまれないようにと、細々としたおかずを沢山作ったからって周りの人に配っているらしい。
町で暮らすには町で暮らすなりの苦労を、あの二人もしているんだ。
だから僕も頑張らなくちゃいけない。
それに、憂鬱な仕事ばっかりでもないんだ。
再び森の上でセンサーホーンを発動させていると、精獣の群れに追われている人達を感じ取る。
トルトルは素早く仕留めないと仲間を呼ぶ。
多分ちょっと手間取って色んな群れのトルトルが集まってしまったのだろう。
僕は追われている人達の居る場所に向けて飛ぶ。
「これは狩りの仕掛けですか?救援がいりますか?」
そうしてたどり着いたら声掛けをする。
これは大切な事だ。
もし他にも仲間と罠が用意してあって、故意にトルトルを集めて狩る行為は、推奨されては居ないが認められている。
僕が勝手な判断でトルトルを散らしては駄目なんだ。
「ひっひっ……た、助けてくれ……俺達は小さい群れを狙ってたんだ、あんなの倒せねぇ!」
僕はその言葉を聞き、更に高度を落として追われている人達の後ろに付く。
「皆まっすぐそのまま逃げてください!後は僕がどうにかします!」
良く視れば、追いかけてきているトルトルの中には子持ちも居る。
そんなトルトルを獲ろうとした人には言いたい事もあるけど、今は置いておく。
まず追いかけてくるトルトル達の前に熱の壁を展開する。
最初はほんのり暖かい程度、最終的には火傷を負うくらいの熱の断層だ。
それを扇形にトルトルのおいかける進路上に置く。
すると、トルトルは火傷するほどの熱の気配を感じるのか、しばらく熱気の中でうろうろした後、元の縄張りへと帰っていく。
とりあえずの急場をどうにかできた狩猟者の人達を追ったりはしない。
また危ない目に遭っていれば、それはその時助ければいいだけだし、僕の本来の仕事はあくまで不正な狩りを行おうとする狩猟者をどうにかする事なのだから。
そんな仕事の合間の面会日。
次回の面会日はその都度立ち会うオーブルさんの秘書のトロネさんから伝えられる。
僕が森を空ける日を最低限の人間以外には知らせないための処置だ。
そして町の南側寄りの中流層に住んでいるアリスお婆ちゃん達の家を訪ねる。
北区ではないのは二人暮らしのアリスお婆ちゃんとコルムが、性質の悪い人達に目を付けられないように。
一応町長さんも数人の護衛を配置してくれているらしいけど、高級な家に住む老人と子供という、むやみに狙われる状況で暮らすよりは安心できる。
「ただいまアリスお婆ちゃん」
「おおっ、メタルや!久しぶりだよ!元気でやってたかい?」
僕が家に入ると、アリスお婆ちゃんはぎゅっと僕の身体を抱きしめてくれる。
普段の僕の身体は垂れたりしないようにそれなりの硬さを保っているんだけど、アリスお婆ちゃんに抱きしめられる時は柔らかくする。
「うん。僕は毎日元気だよ。アリスお婆ちゃんとコルムは?」
「コルムは毎日元気に勉強して、たっぷり友達と遊んどるよ。私も近所の娘っこ達とは上手くやっとるつもりさ」
皺の寄った顔を更に皺くちゃにして言うアリスお婆ちゃんだけど、お婆ちゃんのいう娘っこっていうのは三十をこしたおばさんの事だ。
アリスお婆ちゃんからすれば娘かな、っていう感じ。
「アリスお婆ちゃんとコルムが元気で暮らしてくれるのが僕にとってなによりのご褒美だよ」
僕の言葉に、アリスお婆ちゃんは僕を抱きしめる力を強めて、センサーホーンの後ろのつるりとした僕の後頭部を撫でる。
「ああ、メタルや。お前さんは良い子すぎるよ……お前さんの歳ならもっと遊びたいとか思ったりするだろうに。私が何もしてやれない女でごめんよ。本当にごめんよぉ……」
アリスお婆ちゃんは、出会った頃よりちょっと涙もろくなった。
少し悪い子かもしれないけど、それが僕は嬉しい。
「いいんだよアリスお婆ちゃん。お婆ちゃんとコルムがきちんと二人でやっていけるように、僕頑張るから」
「メタルや。炎の神様の使いとして仕事を頑張るのはいいけどね。きちんと休まなきゃ駄目だよ」
「うん。ここに来れないだけで休憩の時間はちゃんとあるから大丈夫」
ただ、僕はアリスお婆ちゃんが僕を炎の神様の使いっていうのはちょっと苦手だ。
神様に対する嫌なイメージもあるけど、僕はそんなものじゃないって自分で解ってるから。
なんだかアリスお婆ちゃんを騙してるみたいで嫌だから、時々僕は炎の神様の使いじゃないからねっていうんだけど、お婆ちゃんはそれについては譲る気はなさそうだ。
「今日は一晩過ごしていくのかいメタル」
「うん。コルムとも会いたいしそのつもりだよ」
「そうかいそうかい。ああ、そういえばメタルは匂いは解るんだよね?」
「そうだけど、何かあるのアリスお婆ちゃん」
「小麦粉を蜂蜜でこねて焼いた、良い匂いの食べ物ができるんだよ。匂いだけでも楽しんで行っておくれ」
そう言いながら僕から離れていくアリスお婆ちゃんに僕は声を掛ける。
「蜂蜜なんて高い物僕に使わなくていいよ」
でもそんな僕の言葉を、ちらりと振り返ったアリスお婆ちゃんは否定した。
優しい笑顔でアリスお婆ちゃんが出した声に、僕は心が穏やかになる。
「高い物を使うって言っても、それを買うお金はメタルの稼ぎだからね。ちょっとくらいメタルの贅沢の為に使ってもいいじゃろ」
そう明るい声で言ったアリスお婆ちゃんは台所の方へ引っ込んでしまい、ごとごとと作業を始める。
僕は、残されたリビングのテーブルに用意された椅子をトロネさんにも勧める。
「あの、僕も座りますから。トロネさんもどうぞ座ってください」
「失礼します。それでは座らせて頂きます」
トロネさんは柔らかな物腰に見合った丁寧な椅子への座り方をする。
僕も空いてる椅子に適当に腰掛ける。
そして僕はトロネさんに何度も言っている言葉を、また繰り返す。
「トロネさん。お休みもう少し増えませんか?」
僕の言葉を、トロネさんは軽く返す。
「お休みなら他の隊員と同じ程度取っていますよね」
「いえ、その、休憩とかならそうなんですけど。こういう風にアリスお婆ちゃん達と過ごす時間を作れないかなって」
「他の隊員達も同じように働いています」
「でも他の人達はもっと休みが多いですよね」
「それは貴方が無限の力を持っているから、どうしても他の人が休む穴を埋めてもらうことになるんですよ」
「どうしても駄目ですか……?」
「こればかりは。町の税収が上がって保護部の人員を増やせるような予算がなければ。私達としてもどうしようもありません」
いつものやりとりだ。
休みたい僕と、休ませる為には人員の増加と、それをするためのお金が必要だというトロネさん。
「お金、何時増えますか?」
僕の質問にトロネさんはすっと髪をなでつけながら言った。
「メタルさん。貴方の仕事が効果を表し始めるのはもっと先の話です。半年や一年で効果がでないからこそ、市長は貴方との契約の期間を五年としました」
トロネさんは僕を宥めようとしているのか、ことさら柔らかい口調で言った。
でも、僕だって色々我慢してるんだ。
もっと遊びたい。
色々悪口を言われる仕事なんて嫌だ。
僕はもう五ヶ月も頑張ったじゃないか。
なのになんでこの人はこんな事ばっかりいうんだろう。
本当に僕の話を聞いてくれてるのか、不安になってくる。
「お願いします。僕少し疲れてるんです。だから休みをください……」
僕のお願いをようやく聞いてくれたのか、トロネさんがいつもと違う答えを返してくれた。
「解りました。私が町長に掛け合って見ます。ですが確実な成果はお約束できませんよ。期待した分辛い事になることも……」
「……お願いします」
その後は普通の話が続いた。
僕が狩猟数を制限するお手伝いをしてるからか、精獣の素材の値段が安定してるとか、そんな話をしてくれる。
特に僕が見回って助けてる狩猟者の人が増えてるから、この町に来る狩猟者の人が増えてるって言う話とか。
そういう話を聞くと、僕の仕事が役に立ってるんだと実感する。
そうしていると、コルムが帰ってくる。
たっぷり遊んだのか、ちょっとワンピースの端に泥がついてたりする。
しょうがないなぁ。
「お帰りコルム。久しぶりだね」
「メタル!ひさしぶり!」
わーっと僕のほうに掛けよって来るコルムを抱きしめて、服についた泥を叩き落としてあげる。
必要なら熱を与えて溶かしたりもする。
「手を洗ってきなよコルム。今お婆ちゃんが蜂蜜菓子を作ってるよ」
「ほんとう!?すぐあらってくる!」
僕の言葉に元気良く駆け出したコルムの背中を見送る。
まだ僕よりは小さいけれど、それでも確実に大きくなった身長に、酷く心が和む。
「相変わらず元気な妹さんですね」
「本当は妹じゃないんですけど、妹みたいに大切にしてあげたい存在なんです。解ってもらえます?」
「ふう、これは町長へのお願いも少ししつこくしないと駄目かもしれませんね」
そういってくれたトロネさんだけど、その言葉が実る事は無かったんだ。
だって、この一月後には僕は領主様に召し上げられる事になったから。




