市長さんとの取引
夜、コルムが寝た後アリスお婆ちゃんと少し話してから、僕は宿を出た。
そして役所の前で静かに待つことにした。
朝一番の鐘は日の出と共に鳴らされる。
だから僕は、まだ朝一番の鐘も鳴らない、薄暗い時間に、鎧兜を身に着けた人達とひょろ長く背の高いお兄さんを連れた、厚着の太っちょおじさんと出会ったんだ。
厚着のおじさんが連れたひょろ長のおじさんが役所の扉の鍵を開いていって、TVでみた校長室にあるような立派な机と、一回り小さい机。
それからお客さんと離す為なのか、木造の背の低い机にそれを挟む二つのソファがある部屋に通されて。
どうすればいいのかなと思っていたら、厚着のおじさん……どうも感じ的に市長さんっぽい……に座りなさいとソファをすすめられた。
僕が座ると、テーブルを挟んで町長さんも向かい側のソファに座って、その後ろにひょろ長いお兄さんが立った。
「良くきてくれたねメタル君。この私にどんなお願いがあるかな?」
僕のお願い。
そんなのは決まっているからすんなり言えた。
「僕と、アリスお婆ちゃんとコルムっていう子をこの町の住人にして欲しいんです」
僕の言葉に、町長さんはちょっと戸惑ったような感じで言った。
「町人になりたいなら保証人を立てればいいじゃないか。何か不都合でもあるのかね」
不思議がる町長さんに、僕達はこの町に来てから一ヶ月しか過ごして居ない事。
まだまだ保証人になってくれるような人が知り合いに居ない事。
狩猟買い取り所のお兄さんから、僕なら町長さんのお願いを聞けば、保証人になってもらえると聞いた事。
全部正直に話した。
「なるほど。君はこの町に住みたいので保証人が欲しい、それ以上は望まないと」
「はい、家を買えるだけのお金は用意してあるんです。あとは町の人の信頼だけなんです」
思わず身を乗り出した僕を、市長さんは笑顔で言った。
「メタル君。信用を得るために必要な事はなんだと思う?」
僕は市長さんの問いにすぐ答えることができなかった。
だからしばらく考えてから答えた。
「えっと、真面目に、人に優しくする、ですか?」
「うむ。それは確かに一つの方法だ。だがそれは長い年月を必要とする。今の君向きの方法ではない」
じゃあどうすれば良いんだろう、と思ったところで町長さんはでっぷりと太ったお腹の乗っかった太ももの上で両手を組んでいった。
「当然、他にも方法はある。君にできることで町に貢献する、とかね。これは君にしか出来ない事があり、それが町にとって有益であるなら劇的な効果を生む。町の人々すぐに君を受け入れるだろう」
町長さんはそういって僕に、何ができるか言ってみなさい、と優しい声で言った。
でも僕のセンサーホーンは、その言葉の裏で町長さんが僕にガレオスを狩る以外に何ができるのか、強烈に知りたがっているのを教えてくれる。
だから僕は教えてあげた。
飛べること。
何でも握りつぶせる事。
熱くしたり冷たくしたりできる事。
体は硬くも柔らかくもできる事。
センサーホーンでなんでも見通せること。
無限の力がある事。
嘘偽り無しの本当を全て教えてあげた。
すると、さっきまで優しかった町長さんの眼はギラギラと輝き、太い指でふさふさのヒゲを生やしたあごを撫で始めた。
僕はそれ以上町長さんを見通すのを止めた。
人が考えている事を見通すのは少し疲れるから。
どんな事を考えてるとか、どんな事を求めてるとか、見通すまでも無く察せられる事以上を知るのは僕にとって負担になるんだ。
それは重い荷物を持ちきれないのと似たような物だと思う。
人の感情や思考は、それを知るだけで精神の重荷になったりする。
この一ヶ月で学んだ事だ。
きっかけはコルムがうなされた時、どんな夢を見ているのか、センサーホーンで解らないか試した時だ。
その時僕はコルムの理由も解らず両親から離された寂しさ、怖さ、そして二度と両親に会ってはいけないと言われた悲しみを全て感じ取った。
あんな事はそう何度も繰り返したくない。
「そうだね。君達の定住を認めるのは問題ない。なんなら家の購入資金も免除していい」
僕が考えていると、町長さんの眼からはぎらついた光が消えて、あごに当てていた手を膝上に戻して僕に言った。
「君のできることが大きすぎる。町で警邏をやらせても良いし、森で精獣の狩りの管理をさせるのにも良い。当然町の墓場で全てを天に還す仕事もできるだろう」
そういって町長さんは言葉を切る。
そして僕をじっと見つめながら言った。
「それでも私は君を一つの仕事に専念させようと思う。それはきっと君と、君の連れの二人を引き離す事になるだろう」
僕は市長さんの、アリスお婆ちゃんとコルムから離れる事になるという言葉に思わず声を上げてしまった。
「それは嫌です。僕は、僕がアリスお婆ちゃんとコルムの面倒を見てあげないと……」
でも、そんな言葉は町長さんには通じなかった。
町長さんは言葉を重ねる。
「君が私の出す条件を飲むなら君が常にそのアリスという老婆と、コルムという……ふむ、少女についている理由は無くなる」
町長さんがひょろ長いお兄さんに耳打ちされてからコルムを少女といった。
きっとあの人は町長さんの秘書さんとか、そういう人なんだろう。
それよりも、僕がアリスお婆さんやコルムにとって必要なくなるってどういう意味だろう。
僕がその真意を見通そうとする前に、町長さんは口を開く。
「君が仕事をする、その報酬として私があの二人の面倒を見る人間を用意する。君は仕事に専念できる。違うかね?」
町長さんの言葉に、僕はつい言葉に詰まる。
でも僕は町長さんに言ったんだ。
「僕はアリスお婆ちゃんとコルムを家族だと思ってます。なのにそれを放って置くなんて……」
でも町長さんは僕の言葉をさらりと受け流してしまった。
「この町にも他の町と商品をやり取りして稼ぐ商人が居るがね。彼らは常に家族全員で行動しているわけではない。君は家族を養う為に離れている人間を、ただそれだけで家族をないがしろにしているという気かね」
僕の頭を出張の多かったお父さんが過ぎる。
「当然、時には君があの二人と会う時間も作る。だがそれ以上に君にして欲しい仕事があるのだよ」
それなら、普通の事なのかな。
僕はアリスお婆ちゃん達と会う時間を作ってくれるという部分だけ見通す。
それで本当だと解ったから、僕にしてもらいたい事を聞く事にした。
「市長さん、僕が何をすればアリスお婆ちゃん達を町民にしてくれるんですか?」
僕の言葉に、町長さんは笑顔で頷いた。
それから、ひょろ長いお兄さんを手を振って自分の口の近くに耳を寄せてもらうと、何か囁いた。
すると、お兄さんは小さな机に座って中から紙を一枚取り出して、机の上に置いてあった小さな壷と羽根のペンを手元に寄せた。
「準備できました町長。いつでもどうぞ」
ちょっと冷たい印象を受ける声を発したお兄さんの声にもう一回頷くと、市長さんは話を切り出した。
「メタル君。君にはこの先できうる限り、森の中で精獣の子供を狩る狩猟者を止める部隊に入ってもらいたい」
「精獣の子供を狩るのを止める、ですか?」
「うむ。不思議に思うだろうが、精獣は限られた資源でもある。故に年間での捕獲許可数も定められている。その貴重な捕獲数を未熟な個体で埋められては敵わんということだよ」
「確かに僕も子供が狩られるのは可哀想だと思いますけど……いいんですか?」
「実を言うとここ数年のガレオスなどの幼体狩りは問題だと思っていてね……若い固体ばかり狩られては森の中の世代交代が上手く行かない、結果的に森の恵みが消える」
「だから、僕がその邪魔をするんですか?」
「そうだ。素材として成熟していないガレオス等を狩る事を止めさせるのが君の仕事だ」
町長さんの言葉は僕にも都合がいいように思えた。
お父さんとお母さんの下で住んでいる子供が殺されるのを止める。
それは正しい事に思えた。
でも同時に疑問もあった。
「でも、そんな事をしてこの町で狩猟者として生活してる人に嫌だなって思われませんか?」
町長さんは僕の言葉に、そうだよ」と答えた。
「多少嫌だと思われたとしても、先の事を考えて嫌われる仕事もしなければいけない。古い家に愛着を持っている人が居る、でもその家は今にも崩れそうだ、そんな時君ならどうする?」
「その人を家から出します」
「嫌われるかもしれないな」
「それでも死んじゃうよりいいから……連れ出します」
「そう、つまりそういう仕事を君にしてもらいたい」
町長さんが、真面目な顔で僕を見つめてくる。
僕は、この条件なら喜んで引き受けたいくらいだと思った。
「町長さん。そういう事なら僕喜んでやります」
「おお、そういってくれるかね。おいトロネ。誓約書を」
「はい町長。すぐにお作りします」
トロネと呼ばれたお兄さんが、紙に何かをさらさら書いていく。
「今トロネに君の仕事の内容と、それに対する対価、その期間を記した契約書を作らせている」
「ええと、どんな内容の契約書ですか?」
「君の仕事は先ほど言った狩猟者の管理と精獣の数の調整、対価は家族二人の生活を困らせない金と家の権利を町から渡す、期間は私かまず五年」
「まず、ですか?」
「五年も経てば君への一部の狩猟者からの怒りも相当溜まるだろうからね」
「……そうですか」
「それと、何かの理由によりこの契約関係が打ち切られることになったならば、君の家族に対する定住権の扱いはその事情を考えて決定する事にする。いいね?」
「はい。解りました」
「トロネ、できたか?」
「はい町長。我が国における契約書の定型を完璧に守っています」
「よろしい。メタル君。読んで確認したまえ」
ひらりとは行かない、しっかりとした厚みのある紙が僕の前に置かれる。
でも僕はその紙に書かれた文字を読めない。
だけど僕はその文字列に篭められた意思を見通す。
そこには町長さんが言った以上の意思は篭められていなかった。
だから僕はちょっと恥ずかしかったけど、町長さんに言った。
「あの、僕は字がかけないのでサインを代筆してもらえないでしょうか」
僕の言葉に町長さんは笑わなかった。
ただ静かに、トロネさんに僕の名前を別の紙に書くように言って、それを見せてくれた。
「ここに書いてあるのが君の名前、メタルだ。これをまねてこちらの契約書にサインを。それで君達はこの町の住人だ。歓迎するよメタル君。改めて私の名はオーブル。よろしく頼む」
僕は一生懸命自分の名前の文字を見て真似をして書いてから、オーブルさんと握手した。
「よろしくお願いします。オーブルさん」
こうして、僕達は町にきちんとした家を持つ事に成功したのだった。




