エピロ―グ 『そして今も時は流れる』
更にしばらく経った昼休み。
俺はいつもの場所で食パンをかじっている。
静かな場所、そして俺の友達がいま安らぎと共に過ごす場所。
だがそこへ出向く途中……、
「亮介……」
朧桜へいく途中、俺は白鷺と一緒になった。
結局、行くところは同じなので雑談程度の話をしながら向かうことにしたのだが、
「なんだって?」
「蝟集の怨がこの地に発生したのは、珠川涼子の祖父が造ったからじゃ」
一瞬では理解しがたい言葉だった。
「75年前、この地には帝大医学部に籍を置く珠川研究班という組織が研究施設を構えていたそうじゃ、あれがその建物じゃな」
そして白鷺は、まるで独り言を呟くかのように語り始めた。
初めは研究も順調じゃったそうな、病に立ち向かいそれを滅する。成果も上がっていたのじゃろうのぉ。珠川源三郎も研究員達も、己の職責に誇りを持っていたのじゃろうな。
それが……じゃ、大戦のあおりを受けた帝大医学部は、帝国陸軍の圧力をいなす為、珠川研究班を差し出した。当然、医療といえど、お国の為と鬼気迫る世の中に倫理観など通用せぬ。それは仁術を志す者も当然の如く侵食していったのじゃ。
「それじゃ……軍はいったい珠川のじいさんに何をさせたんだよ?」
「捕虜や思想犯を使った生体実験じゃ。生きながらにして人の臓腑を摘出し、それがどう人間に作用するのかを繰り返し試したのじゃ」
「それじゃ、あの化け物はその時の」
頷く代わりに答えが返ってきた。
「犠牲者の御魂じゃ」
気まずい雰囲気が辺りを包む。
「だからって涼子には関係ないじゃないか」
「そうじゃ、主ならそのように断ずると思った故な、打ち明けたのじゃ」
この話はこれでおしまいと言わんばかりに、数歩俺の後ろにさがる白鷺。
そして……朧桜の袂、幹にもたれ掛かりやすい芝生に座る。スカートの裾をほろい、いつもの姿勢を取ってホッと一息つけると、なにやら不満そうに言葉を漏らした。
「なにやら、先程から賑やかじゃの?」
辺りを見回し、白鷺は少しだけ不満げな表情を浮かべる。
「そうだな」
俺もそれに釣られて辺りを見回すと……、部長さんに近衛先輩は弁当を広げてあーでもないこーでもないと、ミス研存続の危ない計画を談笑混じりに企てている、いや、細く微笑んでるって評した方が良いのだろうか?
で、美菜はゆきが持ってきたシューズ系の雑誌? カタログ? をみて何が面白いのかしらんがこちらも笑ってる。
秀二は静かだ。その全体像を視界に入れて、悟った風に暖かな微笑みを浮かべている。
「……」俺をジッと見つめる非難がましい白鷺の視線。
「邪魔だったか?」
「邪魔もなにも……、霊場を娯楽の場にするのはチト罰当たりじゃと思うがのぉ?」
「しばらく我慢してくれ、みんなも気に入ってるみたいだし、何て言っても涼子はほら、賑やかなのが好きだっただろ。だから……さ」
「ほう……」めっぽう無表情なその瞳が感情の色を滲ませた。
「だめか?」
「益体ないのぉ……主は」
木漏れ日を身体に映し込みながら、白鷺は空を見上げた。
薄い雲に遮られていた日光が雲の流れによりその姿を現すと、斜光となった光が燦々と降り注ぐ。
「しばらくは我慢いたそう……」
「あっ! 舞ちゃんみっけたよっ!」ゆきの軽快な声。
「んっ……?」
ゆるりと白鷺はゆきを見る。
(舞って言うんだっけ?)
初めて知ったんじゃないだろうか、白鷺の名前。
「もったいないなぁ、この膝まくらっ!」
えいっ! とばかりに青空色のショートカットが白鷺の膝に乗っかる。
「ゆきちゃんダメだよぉ、白鷺さん驚いちゃうよっ」
おっとりした口調で、子供の不作法を窘める母のように美菜が言う。
それでもゆきは膝から白鷺を見上げ、
「だって、ダメなのは白鷺さんだよっ、せっかくたくさんお友達が居るんだから、お喋りしなきゃさっ!」
まじめな表情が膝から見上げ、無表情な顔が膝元を見下ろす、そんな様が……何とも評しがたい。
(あの近衛先輩でさへ弄らなかった白鷺を、いとも簡単に的にかけるなんざ、やるな……ゆきっ。お前は十分涼子の後を継げるぞ)
「――儂の膝は、心地よいか?」
「えっ? っと……あはははははっ! 男泣かせな夢枕だよ舞ちゃん!」
「なんとも不可思議な評じゃのぉ?」
春も終わろうかというこの時期。爽やかな微風がふいた。
朧桜の枝がカサカサと乾いた音を奏でるその様が、何となくだが笑い声に聞こえた。
(もちろん……涼子が笑ってくれたんだ)と、俺は思っている
お前の願いはさ、涼子。
今も続いてるからな、見えるだろ?
直ぐ近くにいるからさ――せめて一緒に笑ってくれよ。
残された俺達も……お前の願いがかなって良かったと思えるように……な。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
初ホラー作品です。皆さんいかがでしたか?