或る週末の光景
「おはようございます」
「おはようございます」
「・・・うにゅ」
祐一が一階に下りてくると、食卓で名雪は眠っていた。
「・・・まだこいつは寝てるのか」
「今日は部活は午後からみたいですから、ゆっくり寝かせてあげましょう」
笑顔であいさつをすると、秋子さんはキッチンへ戻っていく。
「うーん、あれ?」
名雪が目を覚ましたようだ。
「遅刻だぞ、名雪」
「ええーっ!今日はお休みじゃないの!?」
「ああ、休みだぞ。」
「・・・やっぱり祐一、いじわるだよ・・・」
「で、休みだってのになんで朝からいるんだ?」
「祐一に言っておくがあるんだよ~」
「名雪の一年間の合計睡眠時間がついにギネスブックに載ったのか?」
「ちがうよ~。わたしだけじゃなくて祐一も関係あるおはなしだよ」
「名雪が今度の土曜日から日曜日の夜まで、陸上部の大会で遠征に行ってしまうんですよ」
朝食を持った秋子さんが戻ってくる。
「土曜日と日曜日は私も仕事で帰れないもので、家には祐一さん一人になってしまうんです」
「祐一はご飯とか作れないし、どうするのかなって」
「どうするのかな、って言われてもな・・・」
祐一に作れる料理といえば焼きそばくらいで、それ以外の家事も危なっかしい。彼一人しかいないとなると、フォローする人間が必要だった。
「それで、わたしは栞ちゃんを呼べばいいんじゃないかって思うんだよ」
「栞をか・・・でも土曜の夜から日曜の昼くらいまでだぞ?」
確かに一番適任なのは、祐一の彼女である美坂栞である。しかし本人はともかく、年頃の娘を一泊させるのを栞の家族は了承するだろうか。
「きっと、香里に相談すればだいじょうぶだよ~」
「香里にか・・・」
「とにかく、明日相談してみようよ」
「・・・というわけなんだ」
月曜日の昼休み、風邪で休んだ北川を除くいつもの四人で昼食をとった後、祐一は栞と香里に相談を持ちかけた。
「そうなんですか」
「ふーん、栞をねえ」
「頼むっ!」
「わたしからもお願いするよ~」
頭を下げる祐一と名雪。
「栞、あなたはどう思ってるの?」
香里は、ちょうどアイスクリームを平らげた栞に問いかける。
「私は別に構わないけど・・・。お姉ちゃんは?」
「知らない男子の家ならともかく、相沢君なら大丈夫でしょう。お父さんたちも相沢君のことは気に入ってるし、許してくれると思うわ」
「じゃあ、今度の土曜日から一日、祐一さんの家にお邪魔します」
「ありがとな、栞」
「いいえ、私も祐一さんの家にもう一度行ってみたいんです。あの時とは違って、今度は本当の普通の女の子として・・・」
「栞・・・」
「祐一さん・・・」
「・・・あのね、唐突に二人の世界に入らないでくれるかしら。それに栞は何度も相沢君の家に行ってるでしょう」
メロドラマのように互いの手を取り合う祐一と栞の間に、香里が割って入る。
「それもそうだな」
「そうでしたね」
二人はケロリと答える。
「まったく・・・そもそも栞は二人っきりで新婚気分でも味わいたいんじゃないの?」
「お、お姉ちゃん!」
図星だったらしく、栞は色白の顔を真っ赤にしていた。
「ま、別にいいけどね。じゃあ相沢君、栞を頼んだわよ」
「ああ」
話が終わると、香里は食器の返却をするため立ち上がった。
土曜日の授業を終えた祐一が出てくると、校門の所に栞が立っていた。
「待ったか、栞?」
「いいえ、私も今来たところです」
「・・・ドラマみたいだな」
「あ、わかります?」
「まあ、ベタなセリフだしな」
などと会話をしながら歩きだす。
「とりあえず、私は今日と明日の家事を代行すればいいんですね?」
「ああ、よろしく頼む」
「そうですか。そうそう、今日松本さんから聞いたんですけど・・・」
などと栞のクラスメートの話を聞いているうちに、家へと着いていた。
「ただいま」
「お邪魔します」
とりあえず祐一は栞を客間に通し、自室で着替えて居間に戻る。少しして着替えた栞が客間から下りてくる。
「じゃあ俺は風呂を洗ってくるから、栞は夕食の支度をしてくれ」
「わかりました」
祐一は腕まくりをすると、浴室へと歩いていった。
「どうだ、栞?」
「今のところ、特に問題はありません・・・多分」
祐一が風呂洗いと洗濯物の整理を終えて戻ってくると、栞は鍋で野菜を炒めているところだった。
「なにか手伝うことはないか?」
「祐一さん、料理できるんですか?」
「全くだめだな」
「でしたら待っていてください」
栞は即答する祐一に苦笑すると、キッチンから彼を押し出してしまった。
しかたなく祐一はテレビを見て時間をつぶすことにする。
「待っていてくださいって言ったのに」
「そう言われても暇なんだ」
しばらくおとなしくテレビを見ていた祐一だったが、退屈さに耐え切れずに再びキッチンへと姿を現した。
「でしたら、味見をしてください」
鍋をかき回していた栞におたまを差し出され、祐一は中身をすする。
「・・・もうちょっと濃い方がいいかな」
「じゃあお醤油を足しましょうか」
祐一の言葉に、栞は鍋に醤油を足す。
「・・・夫婦みたいですね」
「え?」
「奥さんが料理をしているキッチンに、旦那さんも立って味見をする・・・。まるでドラマの新婚夫婦みたいです」
「・・・そうだな」
頬を赤らめてはにかむように笑う栞の笑顔に、祐一の表情も緩むのだった。
「うん、やっぱり栞の料理はうまいな」
「ありがとうございます」
栞が作ったのは肉じゃがと煮魚だった。
「ほんと、高校一年生の冬から料理を始めたとは思えない。もっとも今も高校一年だけどな」
「・・・そんなこと言う人、嫌いです」
祐一の言葉に栞はむくれる。事実とはいえ、出席日数不足で留年になっただけの栞に非があるわけではない。
「悪い悪い。アイスクリーム買ってあるから機嫌直してくれ」
「・・・アイスクリームで私を釣ろうと思ってませんか?」
「・・・ラクトアイスじゃないバニラだぞ」
「わー。ありがとうございますー」
すぐに機嫌が直った。そもそも栞の『嫌い』は拗ねたり甘えている時の言葉だから、優しくすればいいと祐一は分かっている。祐一は無邪気な栞の様子に苦笑しつつ、アイスクリームを取りに立ち上がった。
夕食を食べ終わったあと、栞が後片付けをしている間に祐一は沸かしておいた風呂に入る。普段より早い時間だが、どうせなら栞と一緒にいる時間を長くとりたいと思ったからである。
祐一が風呂から上がると、入れ替わりで栞が入る。その間に祐一は栞の寝床を準備するのに客間の押入れを探っていたが、そこでその目はいたずらっ子のような光を帯びだしていた。
「・・・・・・・・・」
栞は、客間に入ったところで固まっていた。
栞は風呂から上がった後、居間で祐一としばらく談笑していたが、夜も更けてきたのでそろそろ寝ようと祐一が布団を敷いたはずの客間に戻った。
そこに敷かれていたのは、布団は布団でも明らかに二人用の布団だった。
「どうかしたのか栞?」
と、そこに祐一がやって来る。
「・・・これはどういう事ですか、祐一さん」
「ああ、栞が新婚気分を味わいたいって言うから、俺も協力しようと思ってな」
「・・・まさか」
「よーし、今日は一緒に寝るぞ!」
「ええーっ!ゆ、祐一・・・・・・さん?」
軽く混乱するのも無理はない。栞も祐一とは何度もイチャついているとはいえ、同じ布団で眠るというのはまた別種の恥ずかしい行為であった。
「ほ、本気ですか!?」
「ああ、本気だ」
「下心があるんじゃないですか?」
「うーん、どうだろうな?」
「・・・なんで疑問形なんですか」
「えーと、なんて言うか、ここで手を出したら香里の信頼を裏切るような気がして・・・」
「・・・お姉ちゃんは構わないわ、って言ってましたけど」
「香里のヤツ、俺が手を出すこと前提かよ・・・。・・・じゃあ、遠慮はいらないんだな?」
「・・・はい」
しばらくした後、二人は一つの布団の中に向かい合って入っていた。
「ふう、やっぱり栞の体は最高だな」
「・・・祐一さん、デリカシーないです」
にやにやしている祐一を栞がジト目で睨む。
「一応褒めてるつもりなんだが。まあ最高って言っても、栞以外としたことないから比較のしようがないんだけどな・・・」
「当然です。比較対象なんて一生、祐一さんと私には必要ありません」
「まあ俺も一生、浮気する気も栞と別れる気もないけどな」
「・・・じゃあ、祐一さんは一生、私だけの祐一さんでいてくださいね」
「決まってるだろ。そういう栞こそ、もうどこにも行くなよ」
「当然です。祐一さんと離れ離れになるなんて、もう一生ごめんです」
「・・・ふ」
「くすくす・・・」
二人で笑い合う。
「・・・そう言えば、こっちに引っ越して栞と出会ってからまだ四ヶ月くらいなんだよな」
思い出したように祐一が呟く。
「そうですね・・・祐一さん、私たちが出会ったのが何日だったか覚えてます?」
「そうだな・・・。第一ヒン・・・いや、一月九日だろ」
「・・・第一ヒンってなんですか?」
「いや、栞との二回目のデートの約束を忘れた振りをしたときに本気で怒られたのを思い出してな。・・・あの時は、本当に悪かった」
「謝らなくてもいいですよ。私が今こうして生きていられるのも、祐一さんのおかげなんですから」
祐一は申し訳なさそうな顔をするが、栞は明るく微笑む。
「それに、本当に申し訳ないと思うのなら、さっき言ったこと、ちゃんと守ってくださいね」
「さっき言ったことって、何の事だ?」
「・・・祐一さん」
「悪い悪い。一生、栞だけの俺でいればいいんだろ?」
「そうですけど・・・」
祐一の台詞に顔を赤くしながらも、栞はジト目で睨むのをやめない。
「・・・もしかして、怒ってるのか?」
「当然です。ですから・・・」
栞が笑顔になる。
「一生かけて償ってくださいね?」
「言われなくても、そのつもりだ・・・」
顔を真っ赤にしながらの栞の言葉に、祐一の顔も赤くなる。
「そんなに恥ずかしいなら口にするな・・・」
祐一が非難するように言う。
「そう言われても、口にしないと伝えられないじゃないですか・・・」
「そうでもないと思うぞ。例えば・・・」
「!?」
半ば開き直った祐一は、栞を抱き締める。
「・・・どうだ?」
「とても恥ずかしいです。でも・・・なんとなく、祐一さんの思いが伝わってくる気がします・・・」
抱き締めあったまま、二人は眠りに就いた。
「ん・・・」
翌朝、先に目覚めたのは栞だった。
「すーすー」
「祐一さん、まだ眠ってますね。そういえば、祐一さんの寝顔を見るのは初めてですー」
なんとなくその事が嬉しくて、栞はそのまま起き出さずに、祐一の頬をつんつんと突いて遊んでいた。
「今日はお休みですし、このまま二度寝しちゃいましょうか・・・」
栞はそのまま眠ってしまった。
「う~ん、栞?」
しばらくして祐一も起きたが、栞は二度寝したままだった。
「やれやれ、お姫様は夢の中か・・・」
呟いてから、柄でもないことを言ったと思って祐一は苦笑する。
「ん・・・ゆういちさん・・・」
「俺が出てるのか・・・やれやれ。どんな夢を見てるのやら。」
『お腹もだいぶ大きくなってきたな』
『お医者さんの話では、母子ともに良好、だそうです』
『ねぇねぇおかあさん!このなかにぼくのおとうとかいもうとがいるんだよね?』
『ええそうよ。もうすぐお兄ちゃんになるのよ』
『強い子を産んでほしいもんだけど・・・栞、お前自身の体にも気を使えよ』
『当然です。昔言いましたよね、祐一さんと離れるのは一生ごめんです、って。ですから・・・』
「いつまでも私の隣にいてくださいね、祐一さん」
「・・・寝言か。でも・・・」
祐一は栞の耳元に口を寄せて、囁く。
「お前こそいつまでも俺の隣にいろよ、栞」
祐一は今だ夢の中の栞に、そっと口づけた。
Kanonとか古ッ!と思った方もいるかもしれませんが、筆者の一番好きな二次ヒロインはいまだにこの作品の美坂栞なんです…。書き溜めてるSSも栞のが中心なんです…。今でも栞が大好きという方がいましたらぜひ感想とかに書いてください!今後も栞ssを書く励みになります!




