14・急の来客
騒がしい訪問者が兄の知人であると分かった弟は、渋々その男をリビングまで上げてやった。
「へぇ、あんたがダーリンの弟かい、似てねぇなー!」
「人の兄貴をダーリン呼ばわりすんじゃねぇよ、あいつはノーマルだ」
店での営業スマイルは何処へやら、しかめっ面に眉間に皺まで作った顔で、インスタントコーヒーを淹れたマグカップを乱暴に客の前に置く。
「おいおい、ちょっとこぼれたぞ」
「あんた、チャドってんだろ。…それか?兄貴への荷物」
無駄な会話はしたくない、とばかりに話を進める。客人、チャドの座ったソファの傍らには、彼に興味津々といった様子でフンフンと鼻を鳴らすダンテと、ピンクの紙袋に入った大きな荷物が2つ。2つとも、真っ赤なリボンでラッピングが施されていたため、弟は少し言いよどんだのだ。
「お、そうそう!聞いてたのか?」
「あぁ、ウゼーのが来るってな。荷物置いたらすぐ帰れ」
「そんな冷たい事言いなさんなよ、せっかく来たのにー」
なぁー?と隣に座るダンテに話しかける賑やかな客人。冷たくあしらう弟などなんのその、コーヒーに口をつけながらすっかりくつろいでいる様子だ。ポジティブな男である。
「…兄貴とは仕事仲間か?」
「お?あぁそうだよ、ファーストコンタクトは、お互い敵同士だったんだがなぁ」
「へぇ、で、今は大統領閣下の犬か」
「何だよ、どこまで聞いてるんだ?一応極秘情報なんだけどなぁ」
「…オレがべらべら喋ると思うか?」
冷たい物言いだが、弟はこれでいて客人に全く興味が無いわけではなかった。初めて会う兄の関係者、古馴染だというのにこれまで仕事をした事も無ければ名を聞いた事もなかったのは、彼が合衆国政府の人間であったから。
詳しい素性までは聞いていないが、当の本人が「極秘」と漏らすという事は、それなりのポジションに付いているのか、それとも冗談なのか。
「わかってるよ、ダーリンからお前の事もちゃんと聞いてる。そう怖い顔しなさんな」
客人はダンテの頭を撫でてやりながら笑顔を見せる。弟は少しだけ警戒を緩めて、隣り合ったソファに腰をおろした。少しの沈黙の後、チャドがゆっくりと口を開く。
「…デニスに、変わった様子はないか?」
「無ぇよ。今回の仕事が終わったら年明けまで休業、いつも通りさ」
「そっかー、うん、ならいいんだ」
おどけた口調が一瞬変わり、部屋の空気が少しだけ重くなる。しかしそれも束の間で、元のように明るい口調に戻る客人。
兄は、12月が近付くと仕事の依頼を一切受けなくなり、年が明けるまでの1ヶ月近く休業する。その理由は本当に親しい友人しか知らない事で、弟ですらほんの3年ほど前に知ったほどだ。
「…アンタ、兄貴の事、どこまで知って…」
「それよりお前、リオっつったか」
素直な疑問を口にした弟の言葉を遮り、またもや真面目な口調で、男はじっと弟の目を見た。そして続ける。
「あいつ、ああ見えて寂しがりだからよ、傍にいてやってくれ」
な、とどこか悲しそうな笑を浮かべる彼に、弟は悟る。この男は兄の事をよく知っているのだと。少なくとも自分並か、それ以上には。
「…アンタ…」
「それよりお前、ストリップバーで働いてんだって?店どこだ、教えろ!」
弟の警戒心が解けかける寸前、しんみりとした空気をぶち壊したのは、その空気を作った本人であった。
「…はぁ?!クソ兄貴…喋りやがったな…」
「ばぁか、あいつが大事な弟のそんな情報を俺に漏らすわけないだろ、国家の犬の実力なめんな」
「威張んな!」
座っていたソファから立ち上がり、弟は店の場所など絶対に教えないと心に誓いながら、キッチンへいつものようにビールを取りに向かう。冷蔵庫を開閉する音、そしてビンのぶつかり合う音を目ざとく聞きつけたチャドが、おーい私のビールも欲しいぞー、と声を上げる。それに舌打ちをして、仕方なく2本のビールを手にソファへと戻る。
「…ほらよ。つうか、国家の犬の実力なら店の場所もどうせ分かってんだろ」
「おぉ、賢いなお前!んー、その通りっちゃそうなんだが…あの店、女が多いんだってなぁ…お前のダンスも見たいが、女も一緒だとなぁ…」
持って越させておいて、さも当然であるかのようにビールを受け取って口をつける男は、弟の働くバーの場所を知っていると言った。しかし、客層を気にしている。ゲイや男も見に来るが、客の半分以上は女性といってよかった。弟が根気よく働く理由はそこにもあったりする。
「あぁ、アンタ女が嫌いなんだってな。可哀想に、人生100%以上損してるぜ」
「うるせぇ、女の何処がいいんだか!自分勝手ですぐ泣く、都合が悪くなったら全部の男のせいだろ?あのベタベタにグロスだのルージュだの塗りたくった唇は嘘しか吐かないのをよーく知ってる」
「分かってねぇな、繊細だからこそ労わり甲斐があるんだろーが。女の嘘のひとつやふたつ、黙って許すのが男だろ」
女のここが気に入らない、とまくし立てる男に、弟はビールを片手に呆れたような声色で、そんなもの当たり前だろう、と告げる。初対面の2人だったが、そのやり取りは他人から見るともうすっかり打ち解けているように見えた。家に上げた数十分前のギスギスとした空気がまるで嘘のようだ。
弟のさきの言葉に、チャドの目がキラキラと光を帯びていく。
「お前…!若いくせに悟ったような言い方すんじゃないよ!惚れるだろ!!」
「うるせぇ!惚れんな!!お前もう早く帰れよ!!」
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