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 “P” BOX  作者: Daniel
11/15

11・チップってくしゃくしゃになるよね

「やっぱ、世の中金だな」


 某ストリップバーの楽屋にて、インナーに挟まった札を数えながら溜め息をつく、茶髪の男。その上半身は裸で、両腕に翼を模ったトライバルタトゥーが彫られている。


「どうしたニコラ、テンション低いな」


 首筋に滲む汗をタオルで拭いながら、同じく上半身裸の弟はその男に声を掛けた。


「あぁ、ディアナ。お疲れ」

「おー、お疲れ。何か悩み事か?」

「悩みって程でもねぇんだけど…金ってどうしてこんなにすぐ無くなんのかなぁって…」


 チップを折り曲げ、自分のロッカーを開けて中のバッグに詰め込みながら、ニコラは再度溜め息をつく。弟は首を傾げながら、それを眺めた。ニコラは弟と唯一仲の良い同僚のダンサーだった。


「使うから、だろ?」

「そうだけど…お前はいいよな、リッチな兄貴がいて」

「んー…でも財布はお互い別々だぜ」


 必要な分はこうやって稼いでる、と首にタオルを掛けながら言う弟に、ニコラはsorryと小さく謝った。


「悪い、変な愚痴り方しちまった」

「かまわねぇよ。アンタの身体、維持すんのに金かかるんだもんなぁ」


 弟は自分より年上の彼の頭を撫でてやった。ニコラは大して嫌そうでもないが、やめろ、とその手を笑いながら振り払う。


「元女って、大変だな」

「いちいち高いんだよ、治療代。早く保険とか適応されりゃいいのに」


 元は女だというが、ニコラはしっかりと男らしい体格をしていた。女性にしてみれば身長も高く、弟より少し低いくらいだ。その身体を覆うしなやかな筋肉は、独自のトレーニングで手に入れたものらしい。


「下の工事はまだなんだろ?良い医者紹介してやろうか?」

「いい、どうせあの迫力美人だろ?お前ら兄弟は気に入られてるから良いけどな、その他の人間がどんだけ金取られてると思ってんだよ」


 やっぱ世の中金か、と再度落ち込みはじめるニコラに、じめじめすんなよ、と肩を叩く弟。


「金なんてのは、あればあるだけ欲しくなるもんだ。食い物なら、満腹になりゃいらねーってなるけどな、金にはそれが無い」

「…お前若いくせに悟ってるな」

「…兄貴のせいだろ。とにかく、世の中金だなー、なんて負け犬の遠吠えみたいだからやめとけよ」


 クールじゃないぜ、と背中を叩き、弟もロッカーを開けて荷物を弄りだす。どうやら、早々と着替え始めるようだ。


「あ、おい、もう帰るのか?」

「あぁ、今日は客の入りも少ねぇし、居ても売り上げになんねぇよ、人件費がもったいねぇ。ニコラ、一緒に酒でも呑みにいこうぜ?」


 弟はシャツに袖を通し、パーカーをはおりながらニコラを振り返る。そのマイペースさに一瞬ぽかんと口を開けたニコラだったが、弟とはこんな人物だったなと思い直すと、自然と頬が緩んだ。


「馬鹿、お前まだ未成年だろ。飯食いに行くなら付き合ってやる」


 弟はその言葉を聞くとにやりと笑い、ロッカーを閉めた。彼はいつも手ぶらで店に来る為、持ち物は服のみだった。


「OK、じゃあ飯は奢らせてもらうなー。あ、今日の給料貰ってくるついでにアンタのお持ち帰り許可も貰ってくるわ」


 じゃ、と楽屋を出て行く弟に、ニコラは苦笑しながら軽く手を振った。



****



「でさ、兄貴の奴、ガキが食うみてーなスイーツ頼みやがるんだぜ?マジないよなー」


 手元のフォークをくるくると回しながら弟が笑う。あの後2人は無事店を早退すると、近くのダイニングバーへと訪れていた。弟は日本の調味料を使って作られたあっさりとしたパスタを、ニコラはカルボナーラをオーダーしていた。


「…それは、初めて聞いたな」

「見たことあるだろ?前にミスってステージに上げちまった事もあったし…ほら、中途半端に脱ぎ損ねたやつだよ、あの時ニコラはウエイターしてたよな?」


 喋りながらも器用にパスタを口に運ぶ弟。ニコラも食べてはいるものの、そのペースは弟に比べるとやや遅い。


「あぁ…え、あれがお前の兄貴?!」

「あ、知らなかったっけ?」

「知らねぇよ!うわ、似てねぇ…」

「ああ見えて33だぜ」

「Wow!!マジかよ?!」


 横取りされそうになったステージでの出来事を思い出し、弟は苦い顔でパスタの具の茸を噛んだ。ニコラはというと、予想外の情報で混乱しているのか、フォークが止まってしまっている。


「随分ノリの良い客だなぁと思ってたんだよ、珍しくお前もおされ気味だったし…まさか兄貴だったとはな…」

「照明で顔良く見えなかったんだよ…兄貴だって知ってたらステージになんて上げなかった」


 フォークで皿を突きながら頬杖を付く弟。ニコラは情報をやっと消化しきれたのか、再度フォークが動き始める。


「…お前の兄貴にだったら俺、抱かれてもいいかなー…」

「待て待て、アンタもう女は捨てたんじゃねぇのかよ?」

「馬鹿だなぁ、それだけイケてたって事だよ」


 ニコラの発言に、げんなりとした様子でフォークを置く弟。女を捨てた彼にさえそう言わせた、兄という超えられない壁。それを目の前に、今の弟は溜め息を吐くばかりだ。


「そんなショック受けんなって、お前の事も好きだよ?」

「はいはい、どーせオレより兄貴のがイケてますよ」

「もー、拗ねんなって。キスのひとつでもしてやろーか?」

「No Thank You!!」


 唇を尖らせて迫ってくるニコラに、弟は本気で嫌そうな顔をして体を捻った。それを見て笑い転げる相手に眉を寄せつつ、相手の皿を覗き見る。


「おい、さっきから全然減ってねぇけど、もういらねぇの?食ってやろーか」


 なかなか減らない相手の皿の中身に、弟はそう尋ねた。完食してしまった自分の皿を持て余しての一言である。


「あぁ、実は腹いっぱいで…っていうかお前、見た目によらず食うよな」

「成長期なんじゃね?皿貰うぜー」


 空になった皿と相手の皿を交換し、嬉々としてパスタを口に運ぶ弟をしげしげと眺めるニコラ。確かに彼はまだ身体の出来上がっていない未成年、これからまだまだ成長する事だろう。


「…超えられるといいな、兄貴」

「絶っ対超えてやる」


 稀に見る必死さに、ニコラは水を飲みながら、頑張れよ、と笑った。



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