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3話:ひじり真

――5月5日(火)

今日は瀬々羅木のほうが、僕より早く来ていた。

瀬々羅木は今日も"清楚"な格好だった。

薄黄色のギンガムチェックのワンピースに、白のサンダル姿だった。

「今日は私のほうが早かったわね」

「そう、だね」

瀬々羅木はそう言うと、少し微笑んでいた。

普段あまり笑わない彼女だったから、その表情はとても新鮮だった。


今日もまた通路は短かった。

これは无邪志さんが待っているという合図だった。

部屋には白狐も待っていた。

「リンさん!」

白狐は僕を見つけると、しがみ付いて来た。

どうして彼女はここまで僕に懐いてしまったんだろう。

「よぉ。今日、あんたの胃は返って来る」

「ホントですか?」

「ああ。但し、赤裸々に話してもらおうか」

无邪志さんがそう言うと、瀬々羅木は表情を険しくさせた。

やっぱり、彼女は何か隠している。

それを无邪志さんも感じていた。

すると无邪志さんはいつもはめている黒の手袋をすっと外した。

その右手には黒い刻印が刻まれていた。

「それとも、オレがあんたの心臓をえぐらなきゃいけねぇのか?」

それでも黙ったままの瀬々羅木だった。

でもあの手は痛すぎる。

体験した事がある僕は、咄嗟に彼女に忠告した。

「止めといたほうがいい。あの手は痛い」

「お前は経験済みだからな」

无邪志は何だか楽しそうに話していた。

僕の顔は思ってたよりも真剣だったのだろう。

瀬々羅木は重い口をようやく開けた。

「要らない、って言った」

「何をだ?」

无邪志さんは瀬々羅木との距離を縮めた。

そして彼女の耳元で囁いた。

彼女は相変わらず、冷静に話した。


「胃を」


彼女の口から告げられた真実に、僕はただ驚くばかりだった。

无邪志さんはわかっていたように頷くと、また質問をした。

「誰にだ?」

「あの、狛犬に」

すると无邪志さんは彼女から離れた。

そして右手を彼女の心臓に近づけた。

また无邪志さんは質問を始めた。

「何故だ?」

「…幸せになれると、思ったから…」

すると彼女の目からは涙が溢れてきた。

无邪志さんは真剣な眼差しで彼女を見つめた。

構えた右手を解こうとはしない。

瀬々羅木は涙しながら話し続けた。

「家が…お金が無くって、だから、食費でさえしんどくて…。ご飯、食べなかったら、少しはゆとりが出来ると思って…」

僕はようやく彼女の私生活が見えたと思った。

本当は彼女を私生活を知りたくて少しわくわくしていたが、僕が思っていたような生活ではなかった。

むしろ聞いてしまって申し訳ない気持ちになった。

无邪志さんは、それでも彼女に質問をする。

「だけど、あんたは返してほしいと願った。何故だ?」

「食事を、したくなった。…食べる幸せが、ほしくなった……」

彼女は本心から話していた。

すると无邪志さんはふっと微笑んだ。

「だとよ、狛犬さん」

无邪志さんは心臓に構えた右手を解いた。

そして狛犬に話しかけると、彼女の後ろから現れた。

狛犬はそのまま彼女の首を絞めた。

「うっ…!」

彼女は苦しそうな声を上げた。

无邪志さんは右手を狛犬に向けた。

「抵抗すれば消す」

その言葉に恐怖心を抱いた狛犬は彼女の首から手を離した。

瀬々羅木はその場で倒れこんだ。

僕はすぐさま彼女の元へ向かった。

「大丈夫か、瀬々羅木」

「だい、じょうぶ…」

彼女の目からは涙は止まらなかった。

きっとずっと1人で抱え込んでいた。

「だから、勉強も頑張って、推薦狙って…。家族が喜ぶと、思ったから…」

瀬々羅木が僕に話した真実。

それはあまりにも残酷で、そしてあまりにも純粋だった。

瀬々羅木はしばらく泣き続けていた。

僕はただ背中を摩る事しかできなかった。


无邪志さんが狛犬を捕らえた後、狛犬は普段の姿に戻った。

狛犬はかなり幼い姿だった。

白狐といいこの狛犬といい、妖は皆幼いのか。

黒狛こはくだ」

狛犬はぶっきら棒に話した。

「ころごま、って所か」

「その名前で呼ぶなっ!」

黒狛はムキになって、无邪志さんの髪の毛を引っ張っていた。

しかし无邪志さんは動じていなかった。

「で、黒狛。彼女は理解したみたいだが」

「…わかった、返してやるよ」

黒狛は生意気にそう言うと、瀬々羅木の前に立った。

瀬々羅木はただ目の前にいる妖をまじまじと見つめていた。

「おい、返してほしいんだろ?」

「…ええ」

彼女の反応が鈍っていた。

黒狛は少し不機嫌そうだった。

「じゃあ、約束をしろ。"もう、あんな事は願いません"って」

「はい、もうあんな事、願いません」

すると黒狛は瀬々羅木の胃があるはずの部分を触った。

そして目を閉じて、何やら呪文を言い始めた。

瀬々羅木は眠気に襲われ、そのまま眠ってしまった。

黒狛は呪文が終わると彼女から離れた。

「すぐに目を覚ます」


瀬々羅木が眠っている間、黒狛は彼女の事を話した。

どうやら4月23日に神社で黒狛に出会い、"食事をしなくても生きれる体にしてほしい"と願ったようだ。

その願いを叶えるため、彼は彼女の体から胃を盗んだそうだ。

家族を養う方法は他にもたくさんあるはずなのに。

彼女はこの方法しか思い浮かばなかったみたいだ。

かなりの家族思いな少女、というわけだ。

僕も瀬々羅木を見習わなければいけない。

そう言えば、僕は自分の家族を知らない。

いないわけではないが、思い出せない。

僕こそ親孝行をすべきだと思った。

「ん…」

そんな事を考えていると、瀬々羅木の声が耳に入った。

見ると目を覚ましたらしい。

「大丈夫か」

僕は彼女にそう声を掛けた。

彼女からは頷きが返って来た。

すると无邪志さんは僕たちに話した。

「ここに長くいるのはしんどいから、もうお前たちは帰ったほうがいい。オレも仕事がある」

「わかりました」

僕がそう言って立ち上がろうとするよりも先に彼女が立ち上がった。

「无邪志さん、本当にありがとうございました」

彼女が礼を言うと、无邪志さんは少し照れながらも笑顔で返した。

「それと、黒狛さん。貴方にも感謝します。ありがとうございます」

黒狛自身、意外だったみたいで、驚いた表情をしていた。

彼女は穏やかな表情を浮かべ、黒狛に一例をした。

「貴方には"食事をする大切さや楽しさ"を学びました」

彼女は律儀だった。

僕が无邪志さんに助けてもらった時は、ただ礼を言っただけだった。

これで彼とは関わらなくて済む、なんて事も思った。

なのに彼女は素直だった。

今回の事件は、瀬々羅木聖の生態をよく知れた瞬間だった。


僕たちはあの後、廃校を出た。

そしてそれぞれ家に帰った。

誰もいない家に帰った僕は、疲れを癒すためベッドに寝転んだ。

すると携帯電話のランプが光っているのが見えた。

画面を開くとメールが1件届いてきた。

『明日、東雲燐に礼も兼ねて付き合ってほしい所がある』

絵文字も可愛げも無いメールは瀬々羅木からだった。

僕も『了解』とだけ送った。

明日のためにも今日は早めに寝よう。

僕はそう思い立ち、すぐお風呂場へ向かった。

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