蓮池の鯉
お釈迦様は蓮池のほとりを歩いておりました。
蓮池にはたくさんの色鮮やかな鯉が泳ぎ、水面から顔を出してお釈迦様に挨拶をしています。
桃色の蓮の花には水晶のような雨のしずくが止まり、朝のひざしを蓄えています。
極楽浄土はちょうど朝なのでございます。
やがてお釈迦様は池を過ぎようとしたところ、草木に隠れていたてんとう虫が言いました。
「だれか溺れている人がいます。」
お釈迦様はたいそう驚き、てんとう虫に導かれるまま、その人のもとへと行きました。
蓮池で溺れる人がいます。
鯉たちは怯えて、蓮の葉の下へ隠れてしまっています。
お釈迦様はその様子を見ると、溺れる彼のもとへ水面を歩いてゆくのです。
岸へ引き上げると、彼は僧侶だと分かります。
僧侶は水を吐きながら、お釈迦様に感謝を述べます。
てんとう虫が聞きました。
「あなたは誰なの?」
僧侶は名前を言うと、急いで師のもとへ戻らねばならない、と言いました。
お釈迦様は僧侶にそっと、ここがどこかを教えてあげました。
僧侶は感激し、お釈迦様に跪きました。
僧侶はお釈迦様の隣を歩きました。
僧侶は聞きました。
「ほかの方はいらっしゃらないのですか?」
お釈迦様は肩に止まっていた、てんとう虫を手のひらに乗せました。
そして、池の鯉を指さしました。
僧侶は言いました。
「皆が苦しみの中なのですか?」
お釈迦様は悲しそうに首を振りました。
僧侶は言いました。
「ならば、私も鯉にしてください。」
今日もお釈迦様は蓮池のほとりを歩いておりました。
対岸の咲いた満開の桜は風に香りを乗せて、お釈迦様の元へと運んでゆきます。
ここに苦しみはありません。
その時、一匹の立派な鯉が水面から飛び出ました。
陽の光に晒された鱗をキラキラと輝かせ、またも水面に消えてゆきました。




