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第六話:最高の焦げ付きと、セリオのトラウマ

1. 危険な大量注文


ある晴れた日の午後。カフェ「オーブリエ・カフェ」に一通の奇妙な注文が届いた。


「極度に焦げ付いたアップルパイ、30個。ただし焦げの度合いは、ナイフが通らないほど硬いこと」


カミラは顔をしかめる。


「ナイフが通らないほどの焦げ付きなんて、商品じゃないわ!」


しかし、ルシアは違った。彼女の瞳は「焦げ付きの聖地」を見るかのように輝いていた。


「カミラさん!これは焦げ付きを芸術として理解してくれる、真の美食家からの依頼です!わたくしの最高傑作を生み出すチャンスですわ!」


ルシアはさっそく、最高に火力を上げ、パイを焼く作業に取り掛かった。店中に「うっかり跳ねすぎたポップコーン」のような黒々焦げ臭が充満する。


隅の席にいたセリオが、警戒心で顔を引きつらせながら立ち上がる。


「ルシア!待て、これは罠だ!昨日の刺客の残党が、君を誘い出そうとしているに違いない!焦げ付きを餌にして!」


「セリオさん!焦げ付きは餌などではありません!焦げ付きは、世界を平和に導く、魂の結晶です!」


セリオは、ルシアの焦げ付き愛に勝てず、頭を抱えた。


「くそっ……!君の天然は、いかなる敵よりも恐ろしい!」


パイは翌日、ものの見事に「黒い盾」のような焦げ付きっぷりで焼き上がった。

ルシアは丁寧にそれらを箱に詰め、配達用の馬車(もちろんルシアが運転)に積み込む。セリオは不安のあまり、ルシアの馬車にこっそり飛び乗った。


「もしもの時のために、俺も行く。だが、汚いものから君を守るためであって、焦げ付きに興味があるわけではない」


「ありがとうございます!セリオさんがいるなら心強いです!このパイの焦げの硬さ、ぜひ確かめてください!」


セリオは、焦げ付きパイが目に入らないよう、目を細めて馬車の屋根にへばりついた。


2. 決戦!焦げ付きと土のフュージョン


馬車は指定された配達場所──寂れた倉庫街へと到着した。そこには、前回とは別の、さらに精悍な体つきの刺客が待ち構えていた。彼らの顔は「油汚れに屈しない」という強い決意に満ちている。


「待っていたぞ、アルベール嬢。その焦げ付きと、貴様の命は、我々がいただく!」


それ見た事か…刺客たちはルシアを取り囲んだ。

セリオがへばりついた屋根から、颯爽と飛び降りようとしたその瞬間、ルシアは笑顔で刺客に向き直った。


「焦げ付きは渡しません!これは魂の集大成ですから!」


ルシアは配達用の木箱を盾にして抵抗する。刺客たちは剣を振るい、木箱を叩き割ろうとするが、ナイフが通らないほどの硬さで焼き上げられたアップルパイは、驚くべき防御力を発揮した。


”ガキィィン!”


「な、何だこのパイは!?まるで硬化した炭素繊維のようだ!」


「ふふふ、焦げ付きパイの防御力を侮ってはダメですわ!」


隙を見て、一人の刺客がルシアの背後に回り込み、ルシアを羽交い締めにしようと飛びかかる。


「これで終わりだ!」


その瞬間、ルシアは絶叫した。


「ああああ!最高の焦げ付きが、割れた!!どぉぉすんのよこれー」


刺客がルシアを拘束した衝撃で、手元のパイが地面に落ち、完璧な焦げ付きにひびが入ったのだ。ルシアは命の危険より焦げ付きのひびに激しく動揺した。


彼女の顔が怒りで紅潮する。その時、ルシアが馬車の荷台に積みっぱなしにしていた「店のテラスで使っていた、最高の粒子の土を詰めた鉢植え」が目に入る。


「許しません!焦げ付きを汚すなんて!!」


ルシアは絶叫と共に、刺客の顔面に、土が最高の飛沫を上げる角度で鉢植えを投げつけた!


”ズボッ!!”


3. セリオのトラウマ再発


刺客の顔面に「最高の土粒子」が飛び散り、一瞬動きが止まる。セリオはルシアの危機を救うべく、「これで勝てる!」と確信し、敵の隙を突いて飛びかかった。


「そこだ!逃がさない!」


セリオは刺客を地面に組み伏せたが、その時、ルシアが投げた鉢植えから飛び散った土の飛沫が、セリオの顔、手、そして大事な靴に、完璧な焦げ付き模様を描くように付着した。


「ぎゃあああああああああああああ!!!!」


セリオの悲鳴の方が、倉庫街に響き渡った。

表情は一瞬でミント色を通り越した純白に変わり、その瞳は「土に汚染された世界の終わり」を映していた。彼は潔癖症が持つ重度のパニックで動けなくなってしまう。


その隙に刺客は逃亡。しかし、刺客の足元は、バタバター揉み合ったことで泥と焦げ付きパイの破片でぐちゃぐちゃになっていた。


「また汚れに屈したか……!」


刺客は、そう悔しがりながら、泥の跡を残して去っていった。


ルシアが安堵の息をつく。


「セリオさん、助けてくれてありがとう!でも……顔に土がついてますよ!?」


ルシアは優しくセリオの顔の土を払おうとするが、セリオは「触るな!そこは汚れている!」と震える声で叫び、逃げるようにカフェへ帰って行った。


ルシアは、砕けた焦げ付きパイの破片を抱きしめ、静かに呟く。


「……焦げ付きの防御力は最強ね。でも、セリオさんの心の防御力は、土に弱すぎるわ」


倉庫の影から、静かにその様子を見つめる男がいた。旅の骨董収集家ゼストだ。

ゼストは微笑みながら、小さな声で呟いた。


「……恐ろしい。彼女の純粋な主婦の力は、王国のいかなる力よりも強い。そして、彼の潔癖症は、彼女の天然の前では無力だ」


ルシアの追放を巡る陰謀は、ルシアの主婦トラップによって、歪な方向へと変貌していく。そしてセリオの「土の汚染」という最大のトラウマが、ルシアとの関係に新たな波紋を投げかけていた。

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