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第五話:影の中の脅威と、最強の主婦スキル

※こちらの作品はコメディ版です。この辺りから「通常版」とストーリーが違ってきます。

1. 黒装束とルシアの主婦スキル


午後の柔らかな日差しが街角を照らす中、カフェの扉が突然勢いよく開かれた。黒いマントに身を包んだ人物が、店内を一瞥すると鋭い視線をルシアに向ける。(間違いなく、聖女マリアベルの差し金だ!)


「……!」


ルシアは反射的に身を引いた。

セリオもすぐに立ち上がったが、ルシアのふくよか胸にぶつかりそうになり、慌てて身を沈め黒豹のような勇ましい姿勢をとる。


(やっと俺の出番だ!ここでカッコよく決めて、ルシアのむねを射止める!)


「セリオさん、気をつけて!その腰の姿勢だと床の掃除がしにくいですよ!」


「そ、そこじゃない!」


敵は鋭利な短剣を手に間合いを詰める。

ルシアは咄嗟にカウンターの下に身を伏せ、セリオが黒豹のような俊敏な動きで駆け寄りながら、敵の短剣をしかと受け止める。


「避けろ!ルシア!」


短剣はテーブルをかすめ、かすかな火花が散った。ルシアは身を低くしつつ周囲を観察。そして、カウンター下に隠されていた「油でベタついたエプロンを洗うために用意していた、濃縮重曹水と古い雑巾」を瞬時に掴んだ。


ルシアは、手元にある重曹水と雑巾を、女豹のような躍動感で投げつける。重曹水は敵の足元に「油汚れを落とす完璧な分散」でぶちまけられた。


「ひゃぁ!」


濃縮された重曹水は石の床でも滑りやすく、敵は予想外の「主婦のトラップ」に体勢を崩し、バランスを失う。


「今よ!この汚れは一刻も早く落とさないとシミになるわ!」


セリオが飛び込む。敵の短剣を持つ腕を押さえ込む。ルシアも倒れた敵の足元を「重曹水と雑巾で、ついでに床掃除」しながら押さえこみ、逃げ出す隙を与えない。


「……ルシア、大丈夫か?」


セリオは息を切らしながら駆け寄る。今日いちカッコよく決まった!と思ったが、ルシアがセリオの胸元を指さした。


「セリオさん、大丈夫ですか!?重曹水が飛んで、上着にシミが!このままじゃダメ、すぐに酢水で中和しないと!」


セリオは「シミより命が大事だ!」と叫びたかったが、ルシアの迫力に押され、重曹水のシミを心配するふりに精を出した。


「わっはっは、シミちゃってるわ。ははは」


その隙に、敵は隙を見て逃げ出してしまう。


「「あっ」」


しかし、逃げる際に「濃縮重曹水を吸い込んだまま放置されていた、油汚れMAXの雑巾」を踏みつけた敵は、ど派手に転倒。それでも根性で立ち上がりながら、恨めしそうにルシアを睨みつけたまま──やっぱり逃走。


なにしてんだか……。


カフェの外から低い声が響いた。


「……次は、重曹水のない場所で」


最後に「卑怯者め」との捨て台詞まで吐いて、しっぽを巻いた。


2. 旅人とセリオのジェラシー


翌朝のカフェは穏やかな光に包まれていた。ルシアは笑顔で客に接していたが、セリオは片隅の席でシミを心配しながら静かに座っていた。


その時、店の入り口付近で小さな騒ぎが起こった。通りに飛び出した子犬が、荷物を抱えた老婦人の足元に飛びかかり、荷物が崩れ落ちてしまったのだ。


「うあぁ、大丈夫ですかー!?」


ルシアはすぐに駆け寄り、犬を落ち着かせ、崩れた荷物を手早く拾う。その中から出てきたのは、泥と土がついた、古い骨董品だった。


「最高の土付きですね!」


ルシアの満面の笑みで、老婦人は安心し、セリオは「また土か!」と心の中で絶叫した。


ルシアがテラス席のラベンダーに水やりを終えたころ、カフェの扉がもう一度開いた。背の高い青年が急ぎ気味に店内へ足を踏み入れる。黒髪を後ろで束ね、旅の装いをしていた。名をゼストという。


「すみません、少し休ませていただけるでしょうか」


ルシアは穏やかに笑みを向けて席を案内する。


「どうぞ。疲れていらっしゃるんですね。すぐに温かいお茶を持ってきます。その、靴底に付いた泥は、このバケツで落としてくださいね」


セリオは旅人の青年をさりげなく観察する。男は旅人にしては身のこなしがやや鋭く、目にうっすらと緊張が宿っている。


(この男……ただの旅人ではない。もしや、ルシアを狙う新たな刺客か!?)


セリオは警戒MAXでゼストを睨みつける。ゼストはティーカップを手に、ルシアを見つめる。


「……ありがとう。この店、穏やかですね。そして、店員さんの土への愛が深い」


ルシアは照れたように笑う。その瞬間、セリオは立ち上がり、ルシアとゼストの間にわざとらしく入った。


「失ッ礼!当店の主婦兼店員は、現在、私の監視下にあるので、馴れ馴れしく話しかけないでいただきたい」


ルシアは首を傾げる。


「セリオさん?私、セリオさんの主婦になった覚えは……」


ゼストは微笑み、セリオに軽く会釈した。


「ご心配なく。私は旅の骨董収集家です。彼女の”土の感触”を愛する純粋な瞳を見ていると、つい長居したくなりますね」


「あ、そ、ふーん、フリーダムなんだね」


セリオはわざと「君のことなんか興味ないから」とでも言いたげな口調で鼻を鳴らした。ジェラシーと警戒心は「土」というキーワードで空回りする。ルシアの周りには、これまで以上の「変な人」が群がり始めていた。


3. 影の約束と、終わらないシミ


その夜、閉店後。セリオはルシアと並んで歩きながら言った。


「しばらくの間、夜は一人で外を歩かないでくれ。特に、重曹水を持ってな」


「……はい」


ルシアは不安げにうつむくが、隣にいるセリオの存在に少しだけ安心する。


(大丈夫。この人がいれば、きっと、シミと泥の脅威から私を守ってくれる)


セリオはルシアの肩に手を添え、少し優しい声で囁いた。


「ルシア、俺は……君を、どんな汚れからも守りたい」


ルシアは感動のあまり、セリオの顔を見上げる。(涙が出そう…)


「セリオさん……」


「だから、君が昨日使ったシミ抜き用の重曹水のレシピを教えてくれないか。あのシミ、本当に落ちないんだ!」


ルシアはロマンチックな雰囲気を台無しにした彼の真剣な目を見て、一瞬固まった。


「あ、はい……濃縮重曹水は……」


夜空に星が瞬くなか、二人はシミ抜きの化学式について語りながら、静かに歩みを進める。


聖女の仕掛けた魔力の網は着々と広がりつつあったが、ルシアの主婦スキルと天然ぶりが、その網を「日々の生活の小さな汚れ」として処理してしまっていることを、彼らはまだ知らなかった。

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