第四話:新たな風と忍び寄る影
※こちらの作品はコメディ版です。(通常版もヨロシクです)
カフェは朝から柔らかな光に包まれ、昨日の暴走騒動の余韻で、店内はどこかお祭り騒ぎの空気を漂わせていた。常連客たちはルシアに労いの言葉をかける。
「本当に勇気ある娘さんやねえ!ほら、これお礼のジャム!食べたら美しくなるわよ!」
「ルシアさんがいなかったら、うちの猫が危なかったのよぉ!この鰹節、ぜひ!」
ルシアは両手にジャム瓶と鰹節を抱え「あ、ありがとうございます……!」と恐縮しきりだ。一方「命がけで救助したお礼が、ジャムと鰹節!?」と心の中で絶叫するセリオ。彼はルシアに近づき、顔をしかめて小声で囁いた。
「おい、あのジャム、開封済みだぞ。鰹節は猫用だ。断れ!」
「え?でも、気持ちが……」
ルシアの笑顔に毒気を抜かれ、セリオは「もういい!」と舌打ちして厨房へ逃げ込んだ。
その頃、カフェの入り口には見慣れない青年が姿を現した。銀縁眼鏡をかけ、几帳面そうな商人風の装いをしたエリオットである。近隣の商会に最近赴任してきた、若き管理人だという。
「お初にお目にかかります。朝食と珈琲をひとつ。できれば……端の席で、静かに」
「かしこまりました!端の席ですね!一番見晴らしが良くて、常連さんの盛り上がりがよく見える特等席へどうぞ!」
ルシアが気を利かせた体で、満面の笑顔を作り、なんならウインクまでサービスして案内したのは、マルコとミレーナの”恋愛ウォッチャー席”の真横だった。
エリオットは思わず眼鏡を押し上げ、頬がひきつる。
(静かな席って言ったよね? なんで騒がしい席を勧めるかなァ、このひとは……!)
マルコとミレーナは、すでにヒソヒソ話に夢中だ。
「ほら、見てミレーナ、あのエプロンの結び方!あれは明らかにセリオ君を意識してるわ!」
「でもセリオ君、昨日のお礼に花束も買えない朴念仁だもん!ルシアさん、大変!」
エリオットは運ばれてきた珈琲に目を落とす。一口飲もうとするが、二人のヒソヒソ声のせいで手が震える。
(くっ……!)
エリオットをチラ見しながら、噂話仲間に入れてあげたいオーラを発する二人でだった。
午後の休憩時間。
ルシアは店の裏庭で、手入れ中のハーブティーを口にしていた。そこへふらりとセリオが現れる。
「ケガの具合、もう大丈夫なんですか?」
「ああ。君のおかげで軽く済んだからな。あぁ……えと。そのハーブティー、少し濃いぞ!」
セリオはそう言って、コップの縁についた茶葉を指で払った。ツンデレ全開である。
「え、本当ですか?ありがとうございます!」
ルシアは屈託のない笑顔でセリオの指先についた茶葉をペロッと舐めてみた。
セリオの顔が一瞬で沸騰したように真っ赤になる。彼は口を開こうとするが、何も言葉が出ない。
「セリオさん?どうしたんですか、顔がリンゴみたいに真っ赤ですよ?」
「な、なっ、何をする!そういうのは、その、ちゃんとした時に……いや、違う!」
パニックに陥るセリオを尻目に、ルシアはハーブティーを飲み干し「やっぱり濃いですね!」と優しく微笑んだ。
(……この子は、天然の魔力で俺の防御壁を突破してくる!)
その頃、街の片隅では黒装束の影が、ルシアの天然の噂に翻弄されていた。
「聞いたか?ルシア様は、猫の鰹節を食べて栄養補給しているらしいぞ」
「それはまだいい。指についた茶葉を舐める姿が魅惑的すぎて、セリオが腑抜けになっているという情報もある」
(……上から受けた指令と情報が、全く噛み合わない!)
夕方、閉店後。
ルシアは裏口から静かに街路へ出る。路地を抜けようとしたそのとき、不意に黒装束の影が揺れた。誰かがじっと彼女の歩みを見つめている。
「……誰?」
思わずルシアが振り返った瞬間、黒装束の影がルシアに覆いかぶさるように動いた。
「俺だ!怖がらなくていい!」
「は…ぃ?」
「……じ、じゃなくて。危なぁーーい!」
背後から力強い声が響き、影がルシアに覆いかぶさるように動いた。セリオだった。
黒装束はルシアを捕まえようと手を伸ばしたが、セリオが派手に飛びついてきたため、ルシアは丸っきり、全然、なんの問題もなく無事だったのだが…、セリオと黒装束の二人は仲良く路地裏のゴミ箱に、ど派手に突っ込んでいた。
ガンッ!
バサァッ!
「ぐあぁ!?」
「ひぃ…あぶねぇ!?」
黒装束はゴミ箱から飛び出し、頭に生ゴミのバナナの皮を乗せたままスタコラと逃げ去った。
セリオもゴミ箱から這い出てくる。
顔には泥と、どこからか付着した生クリームがべっとり。頭上に”なにかの皮”がのっかっていた。
ルシアは小さく震える手を胸に当て、セリオを見つめる。
「セリオさん……無茶をしないでください! でも、”なにかの皮”がすごい似合ってますよ……?」
セリオは剣を静かに下ろし、ゴミ箱の奥からなぜか出てきた白い花を掴み、彼女に差し出した。
「誰だ、お前は……」セリオは並行世界のセリフを吐き違え「じゃなくて!これ……君に。君には、俺がついている!」こちらの物語のセリフを呟いた。
ルシアは花を受け取り、涙混じりの笑顔を浮かべる。
星が瞬く夜空の下、二人の距離は自然に近づいていった。
ゴミ箱の奥には、すべてを目撃したエリオットが、珈琲カップを抱えて震えていた。
(……この街、恐ろしい。この店、恐ろしい!)