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第二話:小さなカフェとの出会い

※こちらの作品はコメディ版です。(通常版もヨロシクです)

1. 焦げ付きと自由の道


夜明け前の薄明かりの中、ルシアは静かに荷物をまとめ、城門を後にした。貴族としての立場も、家柄も、すべて今日の朝の時点で失われてしまった。


それでも、胸は驚くほど軽く、前へ進む気持ちは消えていなかった。なぜなら、彼女の荷物の中心には、門番からもらった焼きたての黒パンの焦げた端っこが、大切に包まれていたからだ。


馬車に揺られながら、ルシアはこれから訪れる未来をぼんやり思い描く。追放されたとはいえ「食事の際のナイフとフォークの角度」や「ティーカップを持つ際の指の曲線」といった無意味な規則から完全に自由になったのだ。過去の悲しみや悔しさを抱えつつも、心のどこかに「思う存分、土いじりをしたい」という小さな期待が芽生えていた。


馬車が国境の街に差し掛かる頃、ルシアは外の景色に目を留める。城下町とは違い街の通りは穏やかで、屋根の色や家並みも控えめだ。しかしその分、人々の表情は生き生きとしている。


花屋の前には色とりどりの花が並び、パン屋の窓からは「完璧な焦げ付き」を湛えた焼きたての香りが漂う。ルシアの瞳が、ターゲットロックオン状態で輝いた。


ふと、足元の荷物を載せた木箱がずれ、中に隠していた黒パンの焦げ付きが転がり落ちそうになる。慌ててルシアが体を支えると、通りかかった子どもたちが駆け寄った。


「大丈夫? わぁ、すっごい焦げ!」


「うん、ありがとう!これはね、焦げの最高傑作なのよ!」


小さな手が木箱を抱え、ルシアに手渡してくれる。ルシアはパンの焦げを愛おしそうに見つめ、その純粋な笑顔に、子どもたちも自然と微笑んだ。生まれ持っての人を惹きつける魅力も手伝い、街の人々の視線が柔らかく彼女に向けられる。


(……この街なら、焦げ付きをでる自由が、許されるかもしれない)


2. オーブリエ・カフェとカミラの嘆息


馬車を降りたルシアは、街を歩きながら、ふと目に留まった木の看板を見上げる。

「オーブリエ・カフェ」と書かれた看板の下、丸い窓越しに焼きたての温かい焦げ付き(パイの端)と、温かなランプの光が見える。


好奇心に駆られ、彼女は扉を押した。


甘く温かい香りと「焦げ付きの匂い」を嗅ぎつけたルシアを、天使のような声が迎え入れてくれた。


「いらっしゃいませ!」


元気な声の主は、赤毛の看板娘マリーだった。その明るい表情だけで、この店が「パンの焦げ付きに理解がある」良い場所であることを直感する。


奥の方から、落ち着いた雰囲気の女性が顔を上げる。四十代ほどのオーナー、カミラだ。その目がルシアに留まった瞬間、微かに眉をひそめた。


(……貴族の令嬢だわね。なぜか目がキラキラしているけれど、どうにも放っておけない)


姿勢や所作、身に着けているものから察するに──確かに元貴族の令嬢であったであろう品格が漂っている。だが、落ち込んだ表情の奥には「焦げ付きを探すハンター」のような鋭い光が滲んでいた。


カミラは深く息をつき、静かに口を開く。


「本来なら、こんなことを言うべきじゃないんだけれど……あなた、妙に焦げ付きに執着してそうな目をしてるから、放っておけないのよね」


ルシアは少し驚きつつも、柔らかく微笑む。


「……ありがとうございます。焦げ付きは、魂の芸術ですから」


カミラはしばらくルシアの様子を「観察対象」のように見守った後、申し出た。


「よければ、ここでしばらく働いてみない?部屋も用意できる。無理にとは言わないけれど……あなたの微笑みが、この店にぴったりだと思ったの。ただし、焼き菓子の焦げは勝手に食べないで!」


ルシアは静かに頷いた。


「……はい!焦げを勝手に食べないこと、お約束します!ここで頑張ってみたいです!」


こうして、ルシアは小さなカフェでの新しい生活を始めた。


3. セリオと「焦げ付きの法則」


扉が再び開き、濃い茶色の髪に緑の瞳をした青年が入ってくる。

セリオ・ヴァレンティーノ。

彼は爵位のある家の出身だが、あえてそれを言わず「俺はただの常連客だ」という澄ました顔で毎日来店している。所謂カッコマンである。


彼は向かいの席を勧め、軽く礼を交わす。互いにまだ名を知らないが、ルシアの「焦げ付きへの執着」と、セリオの「彼女を見つめる視線」の端に漂う期待と興味が、小さく交錯する。


ルシアの笑顔は自然で、柔らかくカフェの空気に溶け込む。この笑顔が、店の評判を少しずつ高めていくことになるのだろう。(か?)


その日、ルシアはカフェの窓から街を眺め、未来の自分を想像した。人々の温かさ、新しい生活、そして「いつか完璧な焦げ付きパンを自作する」という小さな幸せ──。


心に芽生えた希望は、過去のミント色の悲しみを少しずつ溶かしていく。

セリオもまた、ルシアの「焦げ付きへの熱意」に目を奪われていた。


(なぜ、彼女はあんなにも焦げ付きをでるのだろうか……?貴族なら、純白のクリームをでるはずなのに。……ああ、でも、その純粋さが妙に眩しい)


運命は、静かに動き出す。

この小さなカフェで、ルシアの新しい物語が確かに始まったのだった。焦げ付きの芸術をめぐるロマンス(と勘違い)の物語が──。


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