表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/12

第十話:焦げ付き令嬢、王都を汚染す

1. 王都の汚染度とセリオの受難


ルシア、セリオ、そして密偵のゼストを乗せた馬車は、王都の城門をくぐった。


王都の空気は、地方の街とは比べ物にならないほど淀んでいた。貴族たちの放つ高貴な香水の混ざった排気ガス、そしてイグナス王子がこだわる、ミントの人工的な香りが充満している。


セリオの顔は、馬車を降りた瞬間から潔癖症の苦悶で歪んでいた。


「くっ……この人工的なミントの汚染は、耐えがたい!ルシア、君の焦げ付きの香りで中和してくれないか!」


ルシアは真剣な顔で頷き、持参した最高の焦げ付きパンのカチカチをセリオの鼻先にそっと突きつけた。


「これでいかがでしょう!セリオさん、魂を込めて焦げ付かせた、生命の香りです!」


セリオは「ぐっ…!」と呻きながら、その焦げ付きを吸い込むことで、なんとかミントの化学物質から意識を保とうとした。


「な…っ」


ゼストは二人の奇妙な光景を、ため息混じりに見つめた。


「潜入は静かに、目立たずが鉄則です。セリオ様、貴殿はまず、『王都のあらゆる汚れを無視する心のバリア』を構築してください」


セリオは深く呼吸した。


「わかっている。俺は今、『王都のあらゆる汚れに挑戦する冒険家』だと思え! だがルシア、君の焦げ付きパンの欠片は、物理的に肌に触れないように持っていてくれ」


2. イグナス王子の「潔癖の暴走」


ゼストはすぐに情報収集に取り掛かった。王宮内部の密偵から得た情報は、予想以上に深刻だった。


イグナス王子は、マリアベル聖女の魅了魔法にかかって以降、潔癖症が「物理的な不快感」を超えて「狂信的な信仰」に近いレベルにまで暴走していた。


彼は「ミントの香り」を常に求め、城の廊下全てをミントオイルで拭かせている。


食べ物は全て、「純粋すぎる水」で洗った果物しか口にしない。火を通したものは「焦げという不純物」があるため拒否。


さらに「汚染を広げる元凶」として、城の周囲の土壌を全てコンクリートで固めるという狂気の計画を進めていた。


「あのバカ王子……!本当に国を滅ぼす気か!」


セリオは情報を聞いて怒りに震える。


「イグナス殿下は、完全にマリアベルの魔法の支配下です。彼がルシア様を追放したのも、ルシア様の『焦げ付き錬成』の無自覚な力が、マリアベルの魔法を打ち消すことを、本能的に恐れたからでしょう」


ゼストは続けた。


「マリアベルは今、『清純の舞踏会』を主催し、王都の貴族たちを完全に魅了しようとしています。ルシア様が、そこで『焦げ付き錬成』を発動できれば、魔法を打ち破れるはずです」


3. 潜伏先での予期せぬトラブル


三人は、ゼストが用意した王都の片隅の安全な隠れ家に潜伏していた。

しかし、ルシアは慣れない王都の生活で、ホームシックと、焦げ付き不足に悩まされていた。


(王都のパンは、どうしてこんなに焦げ付きが甘いのかしら……)


ルシアは、隠れ家の古い暖炉を見つめて「最高の焦げ付き錬成」の触媒を探し始めた。彼女の視線が定まったのは、暖炉の隅に転がっていた、煤と埃で黒光りする「石炭の塊」だった。


「これよ!これこそが、焦げ付きの究極の純粋物質!」


ルシアは石炭を手に取り、焦げ付きへの愛を込めて「極限硬化」の魔法を発動しかけた。


その瞬間、隠れ家全体が揺れるほどの熱が発生し、石炭の塊は一瞬で高密度の黒曜石のような物質へと変貌した。その熱で、ルシアの周囲の壁の塗料が焦げ付き、焦げ臭い煙がモクモクと立ち上る。


「ルシア!何を!」


セリオは焦げ臭と熱波に飛び上がり、悲鳴を上げた。


「セリオさん!見てください!究極の焦げ付きが、ここに!」


「馬鹿!煙とすすが隠れ家全体を汚染するだろう! 潜伏先がバレる!」


セリオが窓を開けて換気しようとした瞬間、通りを歩いていたマリアベル聖女付きの騎士が、異常な焦げ臭と黒い煙に気づき、隠れ家の方を鋭く見つめた。


4. マリアベルの冷たい決意


城の奥、豪華絢爛あくしゅみな私室で、マリアベル聖女は優雅にティーカップを傾けていた。彼女の周囲は、「純粋」を体現したような、水とミントの香りに満ちている。


そこへ、騎士が血相を変えて飛び込んできた。


「聖女様!王都で異様な焦げ臭が検知されました!恐らく、あの追放された令嬢、ルシア・アルベールが王都に戻っています!」


マリアベルの瞳から、優雅な表情が消え失せる。


「……やはり、戻ってきましたか。あの下品で、汚い焦げ付きの魔力が」


彼女は冷ややかに微笑んだ。


「あの娘の『焦げ付き錬成』は、私の『純粋の魅了』を打ち消す、最も不快な魔力です。ですが、安心なさい」


マリアベルは、ティーカップに入った「純粋すぎる水」を床に流し、美しい刺繍の施されたマントを羽織った。


「次の『清純の舞踏会』で、私は国中の全ての貴族を魅了し、焦げ付きも土も、全てを嫌悪する心を植え付けます。焦げ付きを愛する彼女は、その場で『魔女』として糾弾され、二度と戻れない場所へ送られるでしょう」


王都の平和と、イグナス王子の心、そしてルシアの運命をかけた最終決戦の舞台は、「清純の舞踏会」へと定まった。


ルシアとセリオは、自分たちの潜伏先が、ルシアの「焦げ付きへの愛」によって既にバレていることを知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ