描くのは、君の色
侍女達に急かされ磨かれの早すぎる風呂の後、自分の部屋で部屋着に着替えて落ち着いたアデルは「無礼講である、皆楽にせよ」とだけ言って、カウチソファに横たわる。 その一言を待ち構えていた侍女達は、アデルがあらかじめ用意しておいたドレスのイメージ図に殺到して「シンプルすぎる」だの「もっと装飾を」だのと、着る本人より真剣だ。 アデルがイメージした手習い用のドレスは、裾こそ長いものの、装飾らしい装飾が見つからない。 剣舞用の刃のないレイピアは、金と銀で二本用意するのにと、侍女達は不満たらたらなようだった。金のレイピアには、インカローズを。銀のレイピアにはエンジェライトをそれぞれ柄頭に嵌めるのだから、女王様もブローチのひとつくらい御召しになってくださいとねだる侍女達に対して、アデルの返事は素っ気ない。
「女王様は、髪飾りだけで結構です」
「「えぇーーー!」」
「可愛く言っても、駄目。 それより誰か、風を送ってくれないか」
そう言うと、どこからか丁度いい間隔と強さの風が送られてくる。
風呂上がりの熱を冷ましつつ、心地よい微睡を邪魔しない風を受けながら、アデルは今にも眠りに落ちそうだった。
だから、ニーナからの質問に何も考えずに答えてしまったのだ。
この時のアデルの頭からは、茶菓子を持ってくると言っていたイザークのことなど、すこんと抜け落ちていた。
「アデル様は、どんな色がお好きですか?」
「好きな色、なぁ……」
盲目のアデルにとって、視力強化の間だけ見ることを許される色彩は、どれもこれも好ましい。 その中で一等好きなのは、どこまでも澄み渡る空の色。この空を守るためなら頑張れると誓った、青い空の色。 そして、それは……。
「イザークの、色……。 俺、あいつの髪の色が、一番好きだ……」
そう言った瞬間、今まで送られてきていた風がぴたりと止まった。
「……ん? どうした?」
「あの、アデル様? ……イザーク様です、風を送っていらしたの」
「!?!?!?!!!」
ニーナの言葉を聞いたアデルは、驚きのあまり言葉にならない声を発してしまった。
風を送ってくれていたのは、イザーク。
最初から最後まで、聞かれていた事になる。
「アデル様ったら、耳まで真っ赤」と揶揄う侍女達の声に「風呂のせいだ」と言い訳をひとつ。 「好きなのは、髪の色だけですか?」というイザークの問いにそっぽを向いて猫のように丸くなる。 「キアエルの血筋も、たまにはいい仕事をしますね」と笑うイザークから逃げたいのに、眠気はすっかり遠ざかってしまっていた。