第八話
カッカッカッカッ。自分の足音がよく響く。前は迷ってきてしまったこの場所も2回目となるとそこまで怖くないな。というか普段の廊下はなんか……こう貴族っぽいのに……ここはほとんど紫と黒しかない。一つ言わせてほしい。色彩感覚バグるって!
「エリーゼ様お待ちしておりました」
「うわ?!……びっくりさせないでよマリア」
誰もいなかったはずの私の背後にいつの間にかマリアがいた。ほんとにこのメイドはなんなんだ。気配殺しすぎだろ怖いわ!ここにいるときのマリアは、いつも生き生きとしている目に光が宿っていない。
……正直こんなマリアと訓練するの怖すぎるんですけど?!
「……っていうか私この格好で動くの?やりにくくない?絶対転ぶよ?私の身体能力なめんな?」
私の今の格好は黄色べースのドレスにこの長い髪をおろしたThe・運動しにくい格好である。こんなので動けるわけがない。というか私は前世で運動ができなくて先生に言われたことがある。
〜回想シーン〜
あれは暑い真夏の日だった。体力測定で私は色々な競技をしている時だった。先生に呼び止められ、ぐっと肩を掴まれた。セクハラだと通報しようとしたその時、先生はいった。
「おい〇〇!いじめられてるのか?!いじめっ子にそうしろと頼まれたのか?!すまない……俺の監督不行届で……みんなの前で恥をかかせてしまった。許してくれ……」
と。先生は私がいじめっ子に引き立て役になれと命じられ、わざと運動ができないふりをしていると勘違いしたのだろう。
その出来事で私の運動能力が壊滅的だと理解するには十分すぎるヒントだ。ヒントというより答えだろう。だがな、先生。これはわざとじゃなく本気なんだぜ。
その後はもうすごかった。居もしないいじめっ子を先生が探し出したときはまじで終わったとおもった。……その後クラスにめんどくさいやつ認定され、ぼっち生活を送ったからある意味終わっていたのだけれど。
「服はこちらに用意してあります。仕事着じゃないのが残念すぎます……!エリーゼ様に似合う仕事着を提案したのに……なのに、あの人が……」
ぶつぶつとマリアはなにか言ってるが聞かないことにしておこう。……しかもここにいるときのマリアは口調まで荒くなってない?大丈夫?暗殺者になるとそんな副作用ついてきたりするの?え、絶対嫌なんだけど。
そんな事を考えながらマリアから渡されたこの服に着替えて……着替え……。
「……これ着るの?本当に言ってる?」
「本当です……覚悟を決めてください。でないと……ショック死しますよ」
そんなに?ていうかなんでショック死するのよ。どんな覚悟決めればいいの。怖くなってくるんですけど。
私がマリアから渡された服はなんというか……独特だった。色は所々紫だったり黒だったり茶色だったり。形も今まで見たことないようか変な形をしていた。
私の語彙力じゃ無理だ。この形を表すことは無理だ。例えるなら十角形三角形を頭の中で想像しろって言ってるのと同じくらい難しい。もう難しいとかそういうレベルじゃない。理解不能。未理解。不可解。不透明。難解。そんな言葉が似合う服だ。ていうか、この言葉が似合うとかのレベルじゃない。この服を言い表すためにこの言葉ができたんだろ。絶対。
そんな事を考えながらなんとか服を着替え終わった。この服を着ていると世界の真理を着ている感覚になってくる。……世界の真理を着るって何?
「では今から暗殺者訓練を始めます」
初めての訓練だ…!どんなのかな?きついくても頑張ればできる気が
「まずこの家の周りを20周、腹筋50回5セット、プランク30分5セット、そこから……」
しないな。脳内説明が終わる前に冗談をありがとう。まったく笑えないけどね。
「ちょいちょいちょい!!」
「?はい、何でしょうか」
「?はい、何でしょうか。じゃないよ?!この家の周りを20周?!絶対無理だって!他のメニューも無理だけど!ていうか一周何キロあるのよ」
この家、めっちゎ広いのを忘れちゃいけない。外に出たことはないが窓から見た時に曲がり角が見えなかった。つまりとてつもなくでかいということだ。
「もー……仕方ないですね。この家の庭の周り5周でいいですよ。一番近くて一番小さい庭なら一周1キロです。これなら行けるでしょう」
やれやれ、とでもいいたそうにするマリア。やれやれなのはこっちだよ。一番小さな庭だけで周りが1キロとかやばすぎだろ。小学校のグラウンドだけでも1周200メートルだよ?やっぱこの家狂ってんな。
「ハッ……もしかして20周の方が良いですか!?わかりました!20周にしま」
「5周でいいいです」
「"で"?」
「5周"が"良いです」
「うふふ。それで良いですよ。あと、人の話は遮らないでください」
いつも遮ってるのはどっちだよ!……でもまぁ、そんな悠長なこと言ってられないよな。1周1キロの庭を5周……つまり5キロ走るってことだもんな。……ゆっくり走ろう。
「よーいどん!」
ダッ!
さて5キロ走るためのスピード調整を……ん?なんか体軽くね?前世の私の2倍ぐらい軽いんだけど?あと5歳にしては足早くね?……え、どゆこと?
「あと4周です」
んんんんんんん!?!?!1周早くね?1キロ走ったってこと?50メートル走ってんじゃないの?これ。まったく息切れしてないんだけど?
「あと3周です」
だから早いって!前世の私の体じゃ、こんなに早く走れるわけがな……そうか、わかった。これは前世の私の体じゃない。今世の……暗殺者の家系に産まれたエリーゼの体だ。母親も父親もSSランク暗殺者なのだからその子供の私が運動音痴なわけがない。
「5周終わりました……余裕そうなの怖すぎるんですけど」
「マリアが提案したトレーニングなんだけど??」
「さすがにまったく息切れせずに5キロを5分で走り切る5歳児なんて普通怖いでしょ」
「……マリア、どうやら私は普通じゃないっぽい」
「つまり化け物ということですか?」
「違う……はず」
「……あ、でも旦那様は子供の頃、十キロを5分で走ったらしいです。」
「さっきまで自分はすごいと思ってた私の思考回路が恥ずかしくなってきた」
お父様やばすぎ。本物のバケモンっているんだな。その子供の私はバケモンの卵なのかもしれない。
「さぁ次のメニュー行きますよ」
だとしたら卵は孵化させないと。じゃないと雛は世界をみることができない。
「うん、わかった……ねぇマリア」
「はい?」
「次回からはもうちょっときついのやろっか」
そういえば私はまだ1回も家を出たことがないんだった。今世では前世できなかったことをたくさんししたいな。そしてたくさん色々な食べ物を食べたい。作りたい。この世界に生まれて、まだ5年。知らない事もいっぱいあるけどその知らない事知っていけたらなって思う。
「わかりました!じゃあ明日は家の周り一周走りましょうか!」
「すいません調子に乗りました」
死ぬって。死ぬ事は知らなくていいって。知らないことは知りたいって言ったけども。それは違うじゃん。
「さぁ、行きますよエリーゼ様」
「お、お手柔らかに……」
まじて死ぬかも。グッド・ラック明日の私。