22 ホバート・ハウゼンによる証言
フィルガルドから結婚式の招待状が届いた時は驚いたよ。僕はてっきり彼に嫌われていると思ったからね、まだ親しい友人の一人として思ってくれているようで安心した。それにしても、いきなり結婚だなんてね。外野にとやかく言う権利はないけれど、珍しい形の結ばれ方だとは思う。
新郎の顔にはどういうわけか真新しい引っ掻き傷が出来ているけれど、あれは何だろう。王子は猫を飼っていると言っていたから、もしかすると相当飼い慣らすのに手こずっているのかもしれない。
相手の令嬢ときたら誰だと思う?
ガルーア公爵家のアネットではないよ。彼女が長年幼馴染の王太子に片想いしていたことは、仲間内の間では有名な話だけどね。実らない恋っていうのはいつの時代だってあるものだろう。
べゴット伯爵家のキャサリン?
あれはフィルガルドの好きなタイプではないと思うなぁ。なんて言ったって彼女は押しが強すぎるから。僕はフィルガルドと特別仲が良いわけではないんだけど、人間観察が趣味でね。恋をしている男の顔ってのは一目見たら分かるんだ。
ララ・ディアモンテ。
ルーベ王国の王子が選んだ令嬢の名前さ。
僕は一度だけ彼女を見たことがある。
確かウェリントン公爵の息子が開いたパーティーでのことだったかな。控えめで大人しい女性、というのが第一印象。フィルガルドは宝石に触れるみたいに手袋をした手を彼女の腰に回していた。今まで女の話なんか興味がなさそうだった王子が、その静かな令嬢の言葉は一言も聞き漏らすまいと真剣に耳を傾けていたのには驚いたね。
そう、大人しくて物静かな令嬢。
それが僕がララに対して持っていたイメージだったんだけど、どうやらそれは今日この場をもってして変えざるを得ないかもしれない。
「ごきげんよう、皆様。本日はお越しいただき、本当にありがとうございます」
祝福や誓いの言葉を終えて、各々好きに飲んだり食べたりの食事会が始まったタイミングで、主役の二人が僕らのテーブルにやって来た。アネットの妹分みたいなリリス・ミックなんかは、見るからに嫌そうな顔で出迎える。
「ご結婚おめでとう、やはりフィルガルドを支えるのはララ様以外にいらっしゃらないわ。多忙な王子には影に徹したサポートが不可欠だもの」
賛辞の言葉を述べるアネットは、さすがガルーア公爵家の娘というか、今日もいつも通りの二枚舌。さっきまで取り巻きと一緒に新婦のドレスを値踏みしていたのにね。
内心呆れながら給仕が運ぶ銀の盆から小さなデザートの皿を取った時、それまでにこやかに微笑んでいたララ・ディアモンテが口を開いたんだ。
「他人の悪口で飲む紅茶は美味しいですか?」
僕は危うくケーキのプレートを落としそうになった。傾いた拍子に生クリームは親指に付いたし、我関せずといった顔でそっぽを向いていたキャサリン・べゴットも驚愕した顔で若い王太子妃を見ていた。
「何を……仰るのかしら……?」
目を白黒させたアネットが尋ねる。
それはたぶん皆が知りたいこと。
結婚式ということで普段より華やかな化粧をしたララ・ディアモンテは、こう言っちゃなんだけど今までフィルガルドを囲っていた令嬢たちのレベルを凌駕していた。プラチナブロンドの髪はどうやら地毛らしく、前回見た茶色い髪色よりも似合っているように感じた。安っぽい派手さでは出せない気品と、彼女らしいあたたかさが見受けられる。
「正直、辟易としていたのです。婚約者の勧めといえども、私ではどんなに頑張っても溶け込めないものがありましたから」
「だから私は良かれと思って貴女の面倒を!」
「はい。アネット様のおかげで大人数の茶会の準備には慣れました。たぶんどの使用人よりも早く準備を終えることが出来るでしょう」
「………!」
ザワザワと近くのテーブルが騒めき立つ。
そちらに一瞬目をやって、ララは再び口を開いた。
「夫はどんな方とでも良好な人付き合いをすることに長けていたようですが……」
そこでララはチラッとウェリントン公爵家の令息の方を見た。ポール・ウェリントンは青い顔をして救いを求めるみたいにフィルガルドの方を見る。式の最中は凛とした顔をしていた王太子も、今ではバツの悪い様子で目を閉じていた。
「今後は考える必要がありそうですね」
「何を、君はいったいどんな権限があって!」
慌てたポールが立ち上がって手を伸ばしたのを、ララ・ディアモンテはサッと避けた。
「夫の時間は無限ではありません。堕落した生活を送るなら、お一人でどうぞ。今後はご令嬢を交えた夜のパーティーには呼ばないでいただけると助かります」
だって、と言ってそこでララはそれまで彼女を睨み付けていたキャサリンの方を見て微笑んだ。
「礼儀知らずの泥棒が紛れ込んでいる可能性がありますから」
僕はキャサリンがあそこまで赤面しているのを初めて見た。後のことはすべて説明する必要はないだろう。いくつかのテーブルは祝いの席から葬式のような地獄へと変わって、アネットやリリス、キャサリンを始めとした何人かの令嬢は早々に会場を去った。
満足した顔で自分たちの席へと戻った若い王太子妃は、二人にしか聞こえない会話をしばらく繰り広げて、朗らかな顔で笑っていた。小さな手をしっかりと、新郎であるフィルガルドの膝に乗せて。
まったくしたたかな女だと思うよ。
よくある婚約破棄から一転して、彼女は王太子妃の椅子と自分にとって快適な環境を手に入れたんだから。惚れた女の尻に敷かれるっていうのは、或る種の男たちにとっては幸福なことかもしれないね。




