20 昨日ぶり◆
ララの知る限り、元婚約者であるフィルガルド・デ・アルトンは配慮は無いものの、阿呆ではない筈だった。少なくとも、記憶を辿る限りは。
「どうしてまたいらっしゃったのですか?」
もう隠すのも馬鹿らしくなって、ララは大きく溜め息を吐く。例の如く二階に通された王子はこの店の中では広い部屋の中央でソファに腰掛けていた。
昨日あんなに言ったのに。
十分すぎるほどの拒絶を見せたのに。
昨夜泊めてくれたマドレーヌと二人で出勤したら、フィルガルドはすでに店の前に居た。若干気まずそうに視線を外して「待ち伏せのような真似をしてすまない」と言うのだ。話す気なんてまったく無くても、珍しくお節介を焼く店主の手でグイグイと階段へ押されれば、後はもうお察しの通り。
「貴方と話すことなどありません。べつに恋愛で婚約したわけでもないのですから、同じような貴族の令嬢を探すことに時間を割いた方が得策だと思います」
我ながらなんとも可愛げのない物言いだけれど、珍しく空気の読めない王子に対してはこの程度ハッキリ伝えた方が良いのだろう。
しかし、納得すると思ったフィルガルドはどういうわけか再び落ち込んだ表情を見せた。いつ何時も、よく言えばにこやか、悪く言えば表面的な笑顔で遣り過ごしていた彼らしくない。
「………無理に決まっている」
ララは最初、それが何の話だか分からなかった。
首を傾げて目の前で項垂れるフィルガルドを見ると、再び沈黙する王子の左手に、いつも彼が嵌めている白手袋がないことに気付いた。更にマジマジと注目すると、薬指には金の指輪が輝いている。
「あぁ、やはり。もう既にお相手がいらっしゃるのですね。安心しました」
何も言うつもりはなかったのに、驚いた拍子にポロッと口が滑った。強がりのような言葉まで続いて出たからもう引き返すことは出来ない。フィルガルドは勢い良く顔を上げてララを睨む。
「安心しただって?君にそんな風に言われたくない」
「どうしてですか。かつての恋人が自分を支えてくれる良きパートナーと出会ったのなら、それは喜ばしいことでしょう」
「違う、これは……!」
「変わり身の早さは健在ですね。やはり貴方の本質はそういう人なのです。傷付く前に別れて正解でした」
「どうしたって嫌味な言い方をしたいみたいだな。一緒に居たときにこんな風に言い争う機会がなかったことが残念だよ。ララ、君がここまで強情で聞く耳を持たないとは思わなかった」
「別れた恋人の惚気話なんて聞きたくありません!私のことはどうか放っておいてください。貴方が今までしてきたように、知らず関せずで済ませれば良いのです。それがフィルガルド・デ・アルトンなのですから……!」
「聞き捨てならない」
憤るララの前で、フィルガルドは立ち上がる。
見下ろしていたはずの顔を見上げる形となって少々腹立たしいけれど、ララも負けじと眉を寄せて怒った顔を作った。実際、怒っていた。
こうなったらもう全てぶつけてしまおう。
今まで我慢してきたアレもコレも。
そんな思いで拳を握り、憎き敵を見据える。彼自身の性格や、取り囲む面倒な交友関係、果ては逃げたララを追い掛けてくる意地の悪さなど。そう思っていたのに、ララが何かを言う前にフィルガルドが先に口を開いた。
「僕が君に関心がなかったことなど今まで一度もない。断じてあり得ない。君に似合う男になるために執務にだって精を出したし、一緒に居ない時間、寂しくないように友人たちを紹介したんだ」




