519 かけがえのない宝物
温かいお茶を一口啜ると、心地よい疲労感が身体の芯から解けていくのがわかった。
隣に座るリッカの肩の温もり、子供たちの寝息、そしてキッチンから聞こえるチャリオットとエリクスの静かな話し声。
これらすべてが、俺の守るべき世界の断片だ。
「リッカ、明日の朝は少し冷え込むみたいだ。テラスのプランター、家の中に入れておいた方がいいかな」
俺がそう問いかけると、リッカはカップを両手で包み込んだまま、ふわりと微笑んだ。
「そうですね。あの子たちも、麗人さんに大切にされて幸せでしょう。……ふふ、まるで私たちみたいに」
彼女の言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
全知全能に近い力を持っていても、明日の天気を心配し、植物の体調を気遣うこの瞬間ほど、自分が「生きている」と実感できる時はない。
ふと、エリクスが大きなあくびをしながらリビングに顔を出した。
「兄貴、洗い物も完璧だぜ。明日の朝飯は、今日残ったスープでリゾットにするんだろ? 今から楽しみで眠れねえよ」
「食いしん坊ですね、エリクスさんは。さあ、もう寝る支度をしてください。チャリオットさんも、あまり夜更かしはいけませんよ」
リッカに促され、家中が少しずつ眠りの準備を始めていく。
チャリオットは一礼して影に溶け込むように去り、エリクスも足音を忍ばせて自分の部屋へと戻っていった。
俺は最後に一度だけ、窓の外の庭を見つめた。
闇に包まれた畑は、次の収穫に向けて静かに呼吸している。
特別な奇跡も、派手な演出もいらない。
ただ、明日も同じように目が覚めて、「おはよう」と言い合える。
土に触れ、風を感じ、愛する者たちと食卓を囲む。
「……おやすみ、リッカ」
「おやすみなさい、麗人さん。良い夢を」
消灯したリビングに、月明かりが細く差し込む。
日常という名の、最高に贅沢な宝物。
それを明日も、その次の日も、俺はこの手で丁寧に紡いでいくのだと改めて誓い、深い眠りへと身を委ねた。




