506 銀嶺の種と、夕闇の語らい
掘り出されたばかりの小箱を囲み、俺たちはしばらくの間、その不思議な輝きに見入っていた。小さなガラス瓶の中で、銀色の種はまるで自ら光を放っているかのように、土の汚れを撥ね除けて煌々と輝いている。
「女神様、その羊皮紙の筆跡……どこか見覚えがあるような気がいたします」
チャリオットが、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせながら呟いた。彼は羊皮紙の端に記された小さな紋章を指先でなぞる。
「見覚えがあるのか、チャリオット?」
「断定はできかねますが、この紋章はこの地に古くから伝わる『大地の守り人』の末裔が用いたもの。かつてわたくしが森で過ごしていた頃、森の調和を重んじる一族がいたと記憶しております」
チャリオットの言葉に、メセタが深く頷いた。
「左様でございますな。私も遥か昔、先代の王から聞いたことがございます。森の奥深くに、月の光を糧とする植物を育てる、心優しき神官たちがいたと。彼らが姿を消して久しいですが、その遺産が今、我が主の手に渡ったのは……決して偶然ではないでしょう」
「神官たちが残した種か……」
俺は掌の上にある瓶をそっと握りしめた。
願えば本が出てくる万能スキルだが、こうして偶然が導いてくれた「縁」こそが、この世界で生きていく醍醐味のように感じる。
「ねえパパ、その種、いつ植えるの?」
ライトが待ちきれないといった様子で俺のズボンを引っ張る。
「そうだな。羊皮紙には『月の光を浴びて育つ』とあった。日が沈み、月が昇る頃を見計らって植えるのが一番いいかもしれない」
俺の提案に、みんなが賛成してくれた。
それまでの間、俺たちは本来の予定通り、スイカやイチゴの畝作りを完成させることにした。
石灰を撒き、堆肥を混ぜ込み、ふっくらとした土のベッドを整えていく。
夕暮れ時、西の空が燃えるような朱色に染まる頃には、裏庭には見事な幾何学模様の畝が出来上がっていた。
「麗人さん、お疲れ様です。お風呂の準備もできていますよ。種を植える前に、一度身体を温めて、夕食にしましょうか」
リッカがタオルを差し出しながら、優しく微笑む。
「ああ、そうしよう。……チャリオット、夕食の後に『銀嶺の果実』を植える場所の最終確認を頼めるか?」
「御意に、女神様。既に特等席の地温を測り、月の軌道を計算しております。万全の体制で臨みましょう」
お風呂で心地よい疲れを癒した後、食卓には温かな料理が並んだ。
今夜は、残っていたマル牛を細かく叩き、収穫したばかりの玉ねぎと合わせた特製のハンバーグだ。
チャリオットが添えてくれた香草のソースが、肉の旨みをさらに引き立てている。
テレビからは、転生前の世界の穏やかな紀行番組が流れており、俺たちはそれを眺めながら、これからの畑の計画を語り合った。
夜が深まり、窓の外に銀色の月が昇り始める。
「……そろそろだな」
俺は席を立ち、大事に保管していたガラス瓶を手に取った。
家族全員で連れ立って、夜の裏庭へと出る。
昼間の作業で整えられた土は、月明かりを浴びて静かに呼吸しているようだった。
チャリオットが指定したのは、畑のちょうど中央。
周囲の植物たちを見渡せる、最も開けた場所だ。
俺は膝をつき、指先で小さな穴を掘った。
「高速狼」であるメセタが、俺の隣で静かに伏せ、その銀色の瞳で周囲の気配を警戒してくれている。
「よし。健やかに育ってくれよ」
俺は瓶から銀色の種を取り出し、土の中へと落とした。
柔らかい土を被せ、俺は心の中で静かに雨を、いや、恵みのしずくを願った。
スキルを通じて、俺の手のひらから清らかな水が数滴、種の上に零れ落ちる。
その瞬間だった。
土の中から、微かにキィン……という鈴の音のような響きが聞こえた気がした。
月明かりが、その一点に向かって集束していく。
植えたばかりの場所から、細い、けれど確かな銀色の双葉が、音もなく姿を現したのだ。
「わあ……綺麗……」
ユミナが感嘆の声を漏らし、リッカも俺の手を強く握りしめた。
一晩で芽吹くとは、さすがに俺も予想していなかった。
「女神様、見事でございます。この瑞々しい魔力、間違いなく大地の祝福を受けておりますな」
チャリオットが深く頭を下げる。
俺たちのスローライフに、また一つ、不思議で温かな仲間が加わった。
この銀色の芽が、どんな実をつけ、俺たちにどんな笑顔を届けてくれるのか。
物語は、月明かりの下でまた静かに、深く色づき始めていた。




