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チョコレートゾンビ ラプソディ

作者: 爆微風




 本日、二月十四日。

 つまりバレンタイン。

 男子高校生にとっては『クラスの中でのパワーバランス』……そう位置付け(カースト)が決まる日だ。


 学校内でチョコを得られた個数が直接、周りからの評価につながる。

 もちろん男子の間のみの話。


 そしてチョコレートを配ってくれる女神の恩恵を授かった勇士がカーストを駆け上がる。


 ……あくまでもイメージです。



 それはそれとして、人間、脳の中では『悪口』と『殴られた』の区別がつかないらしい。


 それはどうにも、肉体からの信号である『痛み』と、脳内で処理された『苦悩』は、カテゴリーとして『苦痛』の仲間と判断されるから、みたいなんだが、よくは解らない。


 なんにせよ他者から批判、侮辱されるのと、殴られ蹴られるというのは人間の脳にとっては同じことなんだと。


 だから見下す視線は暴力と同じ。


 みんな、たとえチョコスコアゼロでも、見下さないでくれよなっ(泣)。



 でも僕と同じようにチョコゾンビになりかけている男子は少なくない。


 クラスの中で、部活などのコミュニティーの中で、非モテ男子たちにはその兆候がある…… 主にソワソワしています。

 普段から目立たないモブだって、夢を見るのさ。


 だが、僕のクラスには本物の女神が居るから最終的には気にしない。

 そう、気にしなくていいんだ。


 彼女の名前は『笠森(かさもり)るい』。

 クラスメイト全員に『友チョコ』をくれる女神だ。

 彼女のお陰で、僕らはチョコスコアを気にしなくて済むのだから。


 ……と思いつつも、登校して下駄箱や机の中を三度見してしまうのは男の子だからだ。

 誰も突っ込むな。

 別に期待はしていない。


 ただの確認。

 当然、何もありはしない。


 そして見回せば、僕と同じような行動をしている男子たち。


 他にもすでにスコアを伸ばしている男子も居るには居るから、クラスの中は中々のカオス。

 チョコでこれだけ騒げるニッポンって平和ダナー。



 笠森さんの友チョコだけが生命線となった僕にはもう、関係のない世界だから……。

 この空気は、放課後まで続くことだろう。



「おはよう、河野塚(かわのつか)くん」


「おぉ、おはよー田辺(たなべ)


「ん、んん……」



 うしろの席の『田辺(たなべ)レイ』に挨拶をした。

 彼女はいわゆる陰キャ女子なのだが、家が近所ということもあり昔からの顔馴染み、幼馴染みとも言える仲なので話すコトは多い。

 しかし、いかんせん容姿が幼いので、女子としては見ていなかった。


 普段から長い黒髪で顔が隠れており、背も低く、しっかりと表情を見たのは相当に昔。

 そして口数が多い方ではない僕よりさらに少ないくらい。

 コミュニケーションとしての挨拶程度しか、毎日の関わりがなかった。



 そして、我がクラスの女神が降臨なさった。



 いつもふわふわの栗色の髪、同じ色味の少し太めの眉、キラキラした瞳はややタレ目で、今日はまとめてアンダーポニーテールになっていた。

 笑顔も女神、優しい声も女神な笠森さんの登校だった。


 僕を含めクラスメイトの男子たちは、バレンタインの女神に頭を下げる。



「「「おはようかさもりさんっっっ」」」


「はぁい、おはよお♡ 待たせてごめんね~…… みんな席について待っててね~」


「「「ありがとうございますッッッ」」」


「はーい、どぞ~」



 重そうな肩掛けエコバッグから、男子の机に一つずつチョコの配布である…… ありがてえ。

 そして女子の机には別の友チョコを忘れない。

 優しい、ふくよかな香りのする女神が…… ついに、教室の隅、僕の目の前にまで来た。



《ガタンッ》


「…………っ!!」



 瞬間、うしろの田辺が立ち上がった。

 なんだろうかと振り向くと、鼻から下しか顔が見えなかったけど、真っ赤だった。



「……っと、あ~、いっけなぁい、チョコが足りなくなっちゃった」


「っえ」



 それ以上声は出さないようにした。

 だが、右からトラックに突っ込まれ、左から電車に跳ねられたようなショックを受けた。

 自分がどんな顔をしていたのかは、解らない。


 紺の制服を揺らし、ポケットを探り、笠森さんはごめんねっと言って、田辺の席に友チョコを置いて。



「ガンバってね♡ レイちゃん♡」



 振り返って僕にちょっと悲しそうな笑顔を向けた。


 悲しいのは僕なんだけど……。

 これで、僕のチョコスコアは、ゼロ確定だ……。




 ☆




 昼休み。


 すっかりイベントムードに当てられて、僕は教室から逃げ出した。


 朝の一幕、笠森さんからのチョコをもらえなかった僕を見て、みんなが笑っているかのように感じられたからだ。

 もちろん笠森さんに悪気はないだろう。

 隅の席なのだから、こんなことも、なくはない。


 プリントが足りなかったり、テスト用紙が足りなかったり、家庭へのお知らせとか無かったり。

 でも、僕のうしろの田辺のがその被害にあってるワケだしな。


 はぁ…… 笠森さぁん……。


 クスクス笑っていた女子たちの視線が痛かった。

 僕はできるだけ思い返さないよう、軽く受け止めてますよという顔を練習した。

 つまり平常心。


 鏡に映った先生が、怪訝そうな顔をして通っていった。

 どうやら平常心な顔はできてない。

 僕は職員室横の手洗い場からも離脱した。



「はーい友チョコだよぉー」



 渡り廊下から窓の向こう、一コ上のセンパイ女子が男も女も関係なくバラまいているのを見て、思わずダッシュしかけたがとどまる。

 それはコンビニやスーパーにある個包装と言うにはねじってるだけのあのチョコだ…… それだって充分にありがたいんだが。

 貰えない男子(チョコゾンビ)の救世主はどこにでも現れるのだなぁ。


 今回、僕まで届きはしなかったけれど。



「笠森さん、ほかに持ってなかったみたいだもんなあ、仕方ないよなぁ……」


 (「あの……」)



 僕の制服を引っ張る感触。


 その仕草は何度かされていて、誰の声だかも知っていた。

 しかし、彼女はこんなところまで『僕を追いかけてくる女の子』じゃなかったから、不審な人物を見る顔をしてたかも知れない。



「……なんだ、やっぱり田辺か」


 (「あの、チョコを) (、るいちゃんが、) (配ってたの……」)


「えっ、なんて?」



 声が小さすぎてまっっったく聞こえなかった。



「っ、るいちゃんから、もらえ、なかったよ、ね」


「……いいだろ、別に。どうせギリなんだし」



 言い直してくれた言葉はやっぱりチョコの話で、僕の返答を聞いてまた声が小さくなった。



 (「ちがっ、るいち) (ゃんは、わたしに) (えんりょしちゃっ) (て……それで……」)



 また聞こえないボリュームの声……。


 でも、後ろ手に持っていた何かを僕に突き出してきた。

 田辺の表情は見えないけれど、今日、女の子から男へ渡すと言ったら……!?



「こ、コレってチョコ……!?」



 奪い取りそうになるのを堪えながら、田辺に聞いた。


 ……いや、今まで彼女がこんなイベントに参加したのを見たことがない。

 コレはクラスの女子にそそのかされてからかいにきたんだろう。

 絶対僕をバカにするための『仕込み』だ。


 僕は何が起きても驚かないように身構えながら、田辺の返事を待った。



「りゅーくん…… う、うけとって…… わたしの、きもち…… んくっ?」


《ビュワッ》



 渡り廊下の開かれた窓から、風が吹く。

 それが田辺の、閉ざされていた前髪を払って。


 晴れた空を写した湖みたいな、キラキラした大きな瞳があらわになって。



「かわいい」



 身構えていたハズの僕は自分の気持ちをそのまま口から吐き出して、伸ばされた田辺の両手を掴んでいた。



「んひえっ……!?」


「あっ、ごめん、でも、かわいいというのは、本当で、うん」



 視線を戻すと、前髪は元通り。

 それと同時に、昔からうしろをついてきていた彼女の顔を思い出していた。


 なんで忘れてたんだろう。



「これ、僕にくれるの?」



 田辺はコクコクとうなずいて、僕に掴まれた手をじたばたさせた。

 逃げようとしてるけど、バレンタインでそこらじゅうの教室が賑やかな中、この渡り廊下だけ静かなんだよ。



「待って、待って欲しい。僕にくれる理由を聞きたいんだ。田辺の小さい声は、ここでないと聞き取りにくいからさ」



 今まで意識してなかった幼馴染みの、かわいい顔を見てしまって、しっかりと意識し直しました。

 もう集中しますから、お願いだ。



「久しぶりに、話したい」



 今度はゆっくりと、うなずいてくれた。

 でもじたばたをやめないので、手を離しても逃げないと約束してもらってから握った手を自由にした。




 紙袋に入っていたのはチョコレートではなくカップケーキだった。

 お昼の弁当のあとだったけれど、はぐはぐと一つを平らげる。

 ああー、コレで僕は『貰えない男子(チョコゾンビ)』から脱出だ……!



「チョコチップ、んー、おいしかった」


「よかった……♡ チョコ使うお菓子って、慣れて、なくて。焦げないかって、しんぱいしてたんだ……」



 こんなふうに、授業時間以外で話すのはどれくらいぶりになるだろう。


 それを思いつつ、さっきの質問の答えをじっと待った。

 小さな肩、小柄な女の子。

 昔から、僕のうしろでちょこちょこしてたのに。


 そうか、そうだ、うしろに居るのはいつもだった。


 今もうしろの席の田辺だけど…… あの頃はレイちゃんって呼んでいて、彼女とあまり遊ばなくなっていった。



「レイちゃんこんなに可愛くなっていたんだなぁ……」



 僕の言葉にずっと照れている…… パッと見はもっさもさなんだけどな。



「この、まえ、同級生の男の子たちが、掃除当番で、一緒になったでしょ…… それでりゅーくんが言ってくれた言葉、るいちゃんと一緒に聞いて、うれしくって、その……」



 それは席替えした直後、教室清掃をしていた時の会話。


 掃き掃除を終わらせ、ゴミを女子に捨ててもらって、男子は机を運び並べるっていう作業に、僕たち男子のアホな言葉がきこえてしまったんだ。



「ゴミ捨てに行ってもらったけどさ、笠森さんと田辺さんなら、お前どっち?」


「笠森さん一択だろが。田辺さんはナイナイ」


「そりゃコドモすぎるもんな」


「ろりこんだよ、田辺さん相手すんのは」



 男子二人がそう言ってふざけていたので…… 僕は反論をした。



「運べよお前らあ」


竜士(りゅうじ)はどうなんだよ? となりの席とうしろの席の女の子は、どっちのほうが好みなんだ?」


「本気でもないのに好き嫌いなんて軽々しく言うな。僕の幼馴染みの田辺を悪く言ってるお前たちに、どんな気持ちでいるのかくらいは理解できるか?」


「わ、わるかったよ、運ぶよ」


「おこんなよ、こんなコトで」




 ……あったな、そんなコト。


 それはちょっと虫の居所が悪かったと言うか……。

 でも、笠森さんとレイちゃんの二人はそれを聞いていた?



「それから、わたしは、りゅーくんに、久しぶりに何かプレゼントしたくて、バレンタインだし、と、思って……」



 それがこのカップケーキか。



「ありがとう、メチャクチャうれしいよ」


「わたしも、男の子たちの言葉から守ってくれて、うれしかったから」



 そう、か。

 言葉もやっぱり暴力だから。

 女の子を守れたことが誇らしく思えた。

 目線の高さを合わせて、レイちゃんに笑うと、彼女もにへっと笑ってくれた。


 隠れてるきれいな目は、僕の目をちゃんと見ているのが解るから。



「このチョコは…… 本命ってコトでいいのかな?」


「ひぅえぁあっあっあっ、それはっ……!」



 とにかくチョコスコアはゼロじゃない。

 それどころか、女の子を守れたお礼だというならプライスレス。


 僕は今年、幼馴染みの可愛さを再発見できたので勝ちだと思った。






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