第二章 迷子の人型兵器、商会お抱え傭兵登録をする(2)
生憎、私は兵器であって、妙案が浮かぶような知恵者でもありません。果たして、私にできることはあるものでしょうか。
分からないからと言って、話を聞いた以上、やっぱり知りませんとは言いたくないものです。なんとかお手伝いだけでもできれば良いのですが。
「何か私にできることがあれば喜んで力を貸させていただきますが、生憎、私自身では、これといった具体的な提案は浮かびません。話をせがんでおいて申し訳ございません」
「そういえば、レスティーヴァ様は、お急ぎの旅とかではないの?」
メリッサに問われ、私は、自分の事情は何一つ話していないことに気がつきます。これはいけません。
「むしろ時間は持てあましています。行く宛てがある訳でもございませんし、目的があるにはあるのですが、今すぐどうこうできる話ではないので、むしろ、その目的が果たせる時が来るまで、何とかして時間を潰さなければならないくらいなのです」
あまり混乱させたくはない為、『世界』を移動してしまったという話は伏せておきます。異空とか、超光速飛行とか、そういった込み入った話をしても、おそらくメリッサには理解できないでしょう。
「まあ。いつ頃、目的が果たせる時が来るかは、お分かりなの?」
やはりメリッサは、細かい話をほじくり返されたりはせず、私の身を慮った疑問を優先してくださいました。ですから、私も正直に答えを返しました。
「早ければ一二〇日程度でしょうか。もっとかかるかもしれません」
今回の事故のメカニズム解析は、たいへん複雑な計算です。私のヴォイスコンピューターは学術用に特化しておりませんので、事故の原因解析は簡単にはいきません。それが終わらねば身動きが取れないのですから、時間だけは有り余っているのは、間違いございません。
「だったら、お母様、お父様に言って、レスティーヴァ様にも傭兵として活動していただいたらどうかしら。お尋ね者の山賊達を拳だけで蹴散らすくらい、強いのよ」
と、メリッサはおっしゃいましたが。
――その件をエリーナにお話して、大丈夫なのでしょうか。
「山賊が……なんですって? メリッサ。どうしてあなたがこの方の戦っているところをそんなにはっきり見られたのですか? 何故相手が山賊だとはっきり分かったのですか?」
やはり。それは、お母上なら、心配になり、怒りますよね。少なくとも、そのような危険な場面に居合わせたとおっしゃっているようなものですから。
「お、お母様、それは、その」
答えに窮したのでしょう。助けを求めるように私をチラチラ見られても困ります。誤魔化しようがありません。
「メリッサが山賊に襲われそうになっていたところを、助けたものですから」
私は嘘はつけません。きっぱりと真実を打ち明けさせていただきました。
「レスティーヴァ様っ?」
裏返った声を出されても、駄目なものは駄目です。後の祭りという奴です。口を滑らせたのはメリッサなのですから、諦めていただくほかありません。
「何ですって! メリッサ、あなた何をしているのです! 怪我はないのですか? 酷いこともされていないのですよね?」
エリーナが目を見開き、悲鳴に近い叫び声を上げます。それは、心配になるでしょう。当然の反応です。――私に対して、皆動じないあたり、私が知る人間とは価値観が違うのかと正直不安に思っていたのですが、この辺りは私が知る『常識』が通用しそうでほっとします。
「大丈夫、大丈夫だから。何もなかったから。安心して、お母様。その前にレスティーヴァ様が助けてくださったから」
必死に弁解するメリッサに、
「ということは、たまたまこの方が通りかからなかったら、どうなっていたか分からなかったということではないですか! お願いだから、もうそのような危険なことだけはしないで頂戴。あなたに何かあったら、わたくしは生きては行けません!」
エリーナには到底安心できる言葉ではありませんでした。運が良かった、ただそれだけであったことは事実です。とはいえ、済んでしまったことですし、結果的にとはではあれ、無事だったのです。次は気を付けることは当然として、無事だったことを喜ぶべきでしょう。
「確かに危険に晒されていたことは確かです。ですが由緒あるレスティーヴァの名に誓って、そのような惨劇が私の目の前で起こることは、全力で防ぎます」
それは軍兵器としての存在意義を問われることです。私は破壊兵器です。だからこそ、破壊の力は、世界の、星の、宇宙の平和を守る為のものであり続ける必要があるのだとされています。例え建前だとしても、建前を建前として筋を通すことは、必要なことであると。
「不安であれば今後も、外出時はメリッサの護衛を私が致しましょう。それでご納得いただけませんか」
今日程度の危険であれば、正直私では過剰戦力ですが、言わなければ分からないでしょうし、そもそも最初から飛んでしまえば山賊に合うリスクは激減します。その方が速いですし。
「そうですか? ……この子は、家で大人しくしてくれている子でもないので、もしお引き受けいただけるなら、心強くはありますが……ですが、見たところ、立派な全身鎧をお持ちのようですし、そのような私事に付き合わせるのも、勿体ない申し出にも感じます」
エリーナも、どうやら私のボディーを鎧と勘違いしているようです。知らないことは、自分の知識内にある常識で変換されるということなのでしょうか。
「むしろその程度で良いのであれば喜んでやらせていただきますよ。あまり名が知れ渡るような大事に関わるのは、少々後始末が面倒になるので、ご遠慮させていただきたいところではありますが」
私は軍兵器として、可能だと分かれば帰還する義務があります。永久にここにいることはできない身です。いずれ姿を消すのであれば、あまり大っぴらに名前を売るのは得策とは言えないでしょう。行動には自粛が求められます。
それこそ、造り物であることが露呈し、分解される訳にも参りません。この世界の文明レベルでは、私を再度組み立て可能なように分解する技術は望むべくもないでしょう。分解とは名ばかりの、野蛮な破壊行為に行き着く筈です。もっとも、この世界の工具でばらばらに切断、粉砕される程柔ではありませんが、サイズダウンしているということは、構造体そのものがフルスペックから極端に低下していることも確かです。
通常センチメートル単位の装甲が、ミリメートル単位にまで薄くなっているのです。ナノマシンシステムが構造体を維持できない方向でのエラーを起こさなかったのは幸いですが、ある種のエラーは確実に起きているシステムの限界を、不用意に試すべきではないでしょう。
出力も抑えなければなりません。私は二〇メートル弱であることが、適正サイズとして、素材からシステムまで最適化されています。人間サイズでは、持てるパワーの半分でも出せば、自壊、過熱などののリスクが出てくるのです。もっとも、それでも十分このテラ・イクシオスの文明レベルでは、過剰なパワーであることは言うまでもないのでしょう。
「でも、本当に私の護衛だけじゃ勿体ないわ。だって、殴っただけで山賊が」
「おやめください」
メリッサがその時の光景を魂分気味にエリーナに説明しようとするのを、私は遮りました。確かにスプラッタ同然のゴアシーンを造り出したのは、私ではありますが、それは武勇伝として語られるような類の話でもありません。
「メリッサ。例え山賊のような悪漢のことだとしても、人の死を、そのように楽しげに話すものではないと存じます」
兵器というのは二つの側面を持っています。人を殺す為の機械であり、人を死なせない為の機械でもあります。それは天秤の両側の皿に乗った重りのようなもので、どちらに天秤が傾くかは、重りを乗せるもの、つまり人に依存するのです。だからこそ、人には――
「……いえ、申し訳ございません。何でもありません」
――やめましょう。私が語るべきことではない気も致します。それでもメリッサとエリーナは微笑んでくださいました。
「ごめんなさい。立派な考え方をお持ちなのね」
と、メリッサがおっしゃり、
「本当に。素敵な考え方だと、わたくしも思いますわ」
エリーナもそう頷かれました。私は安堵するとともに、出過ぎたことを申し上げてしまったという軽い後悔を覚えました。ですから、この家族の為に出来ることがあるのであれば、何でもしたいという気分になったのでした。
「もし、私の力で助けになるのであれば、傭兵のお仕事も、喜んでさせていただきますが」
本当は、良くないことなのかも、しれませんが。