第二章 迷子の人型兵器、商会お抱え傭兵登録をする(1)
その後、夕食時にメリッサのお母上に一応の挨拶はできましたが、確かにメリッサの言う通り、だいぶお疲れの様子に見受けられました。
「この方はレスティーヴァ様。今日、街の外でわたくしを、助けてくださったのよ」
と、メリッサがお母上に私のことを告げると、
「まあ、それはそれは。娘が迷惑をおかけしました。わたくしは、メリッサの母で、エリーナと申します」
お母上は、そのように名乗られました。
夕食時にテーブルに着いたのは、メリッサとお母上だけで、お父上が同席されることはありませんでした。メリッサの弁では、
「お父様はいつも商館の方で寝泊まりされていて、屋敷に帰宅されることは、ほぼないの」
とのことのようでした。私は食事もしませんし、そもそも食堂の椅子が少々私には窮屈そうでしたので、メリッサの傍に立っていましたが、一〇人程が並んで座れる食事テーブルの一番隅に、メリッサとエリーナだけが、向かい合うのでなく、隣り合って座っているだけの食事は、戦闘用の兵器である私でも、寂しい光景のように見えました。
エリーナは、メリッサ自身によく似た、白百合色の髪と、赤茶の目をされた、線の細いご婦人です。見たところ、メリッサと同じ内容と量の食事をテーブルには並べられてはいますが、メリッサに比べ、食が進んでいないことが気に掛かりました。
口に入れた食事を飲み込むのにも苦労しているご様子は、まさに痛々しいと表現して良いものです。これではメリッサが心配されるのも無理はないでしょう。
「食事が喉を通らない時は、無理して飲み込むべきではないです」
私はそのように述べさせていただきましたが、
「いえ、わたくし達の健康を考えて、せっかく家の者が作ってくれた夕食です。無駄にする訳には参りません」
エリーナはそう言って食事を続けられました。とても上品な食事の光景ですが、あまり楽しそうには見えません。私も、私のメンテナンスデッキで、偶にメカニックやパイロットがこっそり隠れて、お酒や食べ物を囲んでいたのを見たことがございます。彼等は、行儀は酷いものでしたが、とても楽しそうにしていたのが印象として残っています。ですから、私は、食事は人間にとって楽しいものだと思っておりました。
「何かご懸念されていることでもあるのですか?」
身体の不調というより、心の不調のように見受けられ、私に何かできることがあればと思い聞いてみたのですが、
「他人の事情に、無遠慮で踏み込むのがお好きなのでしょうか」
エリーナに、少々きつめに言い返されてしまいました。確かに、不躾で、配慮不足だと言われても仕方がない聞き方をしてしまったかもしれません。
「たいへん申し訳ございません。少々詮索が過ぎてしまいました」
非礼を詫び、私は聞くのを諦めることにしました。そもそも戦闘機械に解決できるような問題など、人間が抱える悩みのうちのほんの僅かでありましょう。
「いえ……ごめんなさい。わたくしの方こそ、お客様に失礼な物言いでした。八つ当たりなんて、みっともないところをお見せしてしまいましたわ。本当に、申し訳ないばかりですわ」
分からないでもありません。本当に気分が鬱屈している人間の方にはありがちなことだと、私も存じておりますから。それだけ何かに追いつめられておいでなのだと確信致しました。
「いきなり私のような、明らかに珍妙なものが、客人としてお屋敷に上がり込んだだけでも十分おかしいことですし、そんなものに、唐突に、悩みを聞かせてほしいなどと言いだされても、素直に話すつもりにはなりませんよね。明らかに、厚かましいのは私の方ですから、どうかお気になさらないでください」
私は謝罪するには及ばないということを、何とかわかっていただこうとしました。しかし、言葉が良くなかったようです。
「あら、それはわたくしがおかしいっておっしゃっているのかしら? あなたが鎧の騎士様でも、珍しいゴーレムでも、全く未知のからくりでも、困っていたわたくしをお家まで送り届けてくださった恩人だってことには変わりないと思っているのだけれど。恩人を、お家に招いてもてなしたいと思うことは、おかしいこと?」
からかい半分の声で、メリッサにそんな風に言われてしまいました。人間の気持ちを害さないというのは、本当に難問です。
「いえ、そういう意味ではなく」
言葉に窮し、私には弁解する以外ありませんでした。少々黙っていた方が良いのかもしれません。
一瞬気後れしましたが、そんな私とメリッサのやり取りを見て、エリーナは僅かに笑い声をあげ、何度か頷かれました。
「良い方ですね。娘が家に連れてきた気持ちも分かります。少々重苦しい話ですが、聞いていただいても宜しいですか?」
「はい、勿論です」
私から切り出した話ですし、ただ頷くだけで良かったのかもしれませんが、私は声に出して答えました。コミュニケーションは声に出すことからだそうです。私の人工知能はそう学習しております。
「ありがとうございます。お恥ずかしい話なのですが、主人の新しい商売が、うまくいっていないのです」
エリーナはそんな言葉で話を切り出されました。深刻な状況らしく、声色が沈んでいます。心労察するに余りあると言ったところでしょうか。
「詳しく内容をお聞きしても宜しいでしょうか?」
当然、私が聞いたところで、商売が分かる訳ではないのですが。軍事兵器が経済的な話で得意なことなど、ひたすら金を食うことだけです。
「そもそも、このミーングノーブは、農業、牧畜といった産業で成り立っています。ですが、そういった産業は、天候、気温などに左右され、毎年同じような、安定した収入が見込める者ではありません。その為、農産業だけをあてにし続けていては、商売として発展に限界があるのです」
農業、林業、漁業などといった、自然を相手にする商売は、安定性が低いという話は、その通りのようです。私の知識としても、同様の情報が蓄積されています。私達の地球では技術革新が進み、自然環境に左右されない、環境コントロールされた農園や牧場が一般化したことで既に解決した問題ではありますが、テラフォーミング等の技術のフィードバックの結果であり、相当技術的には新しい部類に入る、とも、されています。中世的文明レベルの世界では、とても実現は難しいでしょう。電気はおろか、化石燃料さえ一般的ではないでしょうから。
「一方で、農作物や肉類、乳製品などは皆が必要としており、それは真っ当な生活を送っていない山賊達などでも同様です。しかもそういった商品はコンパクトな荷物ではありませんから、輸送中とても目立ちます。その為、度々積荷を強奪する為に輸送中の馬車が襲われる事件は発生し、それに対処する為に、護衛をしてくださるような方々との繋がりも、自然に形成されるのです」
護衛、というと、傭兵のようなもの、でしょうか。今日のように旅人が山賊に襲われるような世の中であれば、間違いなく護衛は必要でしょう。何度も頼めばお互い顔見知りのようになっても不思議はありません。とくに、そこまで話を聞いた限りでは何か深刻な問題がありそうには聞こえませんでした。
ということはここまでの話は前提ということなのでしょう。私は話を聞くことに専念し、言葉は挟みませんでした。
「彼等もまた安定とは程遠い生活を送っています。ですが、わたくしたちにとって、彼等は必要不可欠で、廃業されては困ります。そしてわたくしたちの所には彼等の力を必要としている方々の話も集まります。そこで、主人は彼等を登録制の傭兵エージェントとして、わたくしたちの方で護衛の依頼ができればそれを、なければ別の方の依頼との仲介をはじめることにしたらしいのですが……どうもうまくいっていないようなのです」
傭兵については私もある程度分かります。彼等の大半は、要するに、安定した職に興味を示さないアウトローの方々です。たいていは金の関係だけで、縛られるのを嫌われる方々です。当然、彼等にも彼等なりの、マナーやルールはあります。とはいえ、それは戦闘で生き残る為のものであり、一般社会のルールとは、だいぶ異なっているといいます。もし地球で言うところの傭兵と、レムラーラで言う傭兵が同じような人々であれば、しがらみができる登録制というのは、あまり歓迎されないかも知れません。
「傭兵の方々が、思ったほど、その話に興味を持たれない、とかでしょうか」
私が聞いてみると、
「はい、実は、その通りなのです」
エリーナは大きく頷かれました。納得です。それでは商売にならないというのは、私にでも想像はつきます。自由と恩恵を正しく理解できなければ、飛びつきは、しますまい。