第一章 迷子の人型兵器、お嬢様との出会い(3)
メリッサは一言、
「まあ、それはお困りよね」
と言ってから、都市の傍に辿り着くまでに、多くのことを教えてくださいました。世界の名前を知りたいと言い出す私を、不審に思う気持ちは多分にあった筈ですが、それよりも何も分からない私の身を、親身に慮ってくださいました。
「わたくしたちは、テラ・イクシオスと、この世界を呼んでいるわ」
まずそう切り出し、私達が向かっている先の都市に心当たりがある様子で、続いて、
「この辺りはレムラーラという王国で、今向かっている方向の先には、その王都、グリデラファーンがあるわ」
それから、丁度よかった、と、メリッサは小さな笑い声をあげた。
「わたくしも、そこへ向かっている最中だったから、そちらに向かって貰えて、とても助かるわ」
「それは何よりです」
本当に。レスティーヴァの機体名を頂いた以上は、半端はしたくありません。喜んでいただけるのであれば、これ以上に僥倖なことはないと言えるでしょう。
「レムラーラは、女王セフィス様によって統治されている、魔法国家よ。もちろん、王都グリデラファーンでは、国立の魔法院を筆頭に、公的、私的問わず、とてもたくさんの魔法研究組織があるの。それだけに、沢山の魔法のアイテムも流通していて、わたくしはそのうちのひとつを買い求めに、行くところだったのよ」
メリッサは自分の目的もあわせて、とても簡潔に、分かりやすく目的地について教えてくださいました。どんなアイテムが必要で、何の為に必要なのかも。
「お母様がこのところ、お体の具合がすぐれないみたいで。霊癒の香木っていう、癒しのお香をお渡ししようと思っているの」
都市の外にいたということは、別の都市、或いは村落から来られたのでしょう。優しい気持ちは褒め称えられるべき美徳だとは思いますが、一人きりで人里を離れたのは、少々無用心すぎたと言っていいかもしれません。
「それであれば、大人の方と、出かけられるべきでしたね」
私はやんわりとだけ、注意の言葉を、掛けさせていただきます。メリッサはまた小さく頷いたようでした。
「そうね。思ったよりグリデラファーンが遠くて、自分でも失敗したなって思っていたわ。反省しているのよ、本当よ」
どうやら余計な心配だったようです。申し訳ないことをしてしまいました。
「差し出がましいことを申し上げました。たいへん、申し訳ございません」
私も、謝罪を述べます。お互いに謝り合った後、私は、メリッサのことを、もう少し知っておきたいと考えました。
「あなたのお家はどちらの方向ですか? 遠いのですか?」
「帰りも、あなたに送ってもらえたら、すぐに着けそうだけれど、わたくしの足では、朝に出ても、夜までに着けそうがない程度の距離よ。東の方の、ミーングノーブって街。グリデラファーン程ではないけれど、大きな街なのよ? ただ、どちらかというと、農産物とか、お肉とか、そういった物の方が豊富なの。魔法のアイテムは、ちゃんとしたのは、王都でないと買えないわ。田園都市って言ったら、分かってくださる?」
メリッサは丁寧に教えてくださりましたが、その内容は、私には若干の不安と疑問を感じさせられる内容でした。おそらくちゃんと聞いておいた方が良いのでしょう。私は、このままグリデラファーンを目指していいのかを判断する為に、さらに質問を続けました。
「となると、グリデラファーンにこのままいくと、本日中には帰れないでしょう。お家の方は、あなたがグリデラファーンに出かけられていることを、ご存じなのですか?」
とても大事なことです。お家の方を心配させるようなお出かけを、このまま助ける訳にはいきません。
「あ。どうしましょう。お出かけするとは告げて出てきましたけれど、日を跨ぐことになってしまうとは、わたくしも思っていなかったわ」
やはり、不安は的中しました。それであれば目指すべき目的地はグリデラファーンではありません。
「それなら今日の所は引き返すべきです。まずはお家の方とよく話して、グリデラファーンに出かけたい旨を、良くお伝えしたほうが良いでしょう。お家の方が、手段を用意くださるかもしれませんし」
お家の方が許可くださるようであれば、往来や宿泊先などの手配はしてくださるでしょう。私の出る幕もないでしょうが、それでも私が力を貸した方が良いのであれば、私もやぶさかではありません。
「はい、そうしなくちゃ。ミーングノーブに向かってくださる?」
素直に、このままで掛けてはならないことに、メリッサも同意してくださいました。正しい判断だと思います。私は、すぐさま東に進路を変える為に、大きく旋回しました。赤みが差し始めた空の下、翼の両端に細くヴェイパーが生じました。
それ程高空を飛んでいる訳でもありません。それに、速度も控えており、翼の上方と下方で、そこまで大きな気圧差が生じているとは思っていませんでした。空は晴れていますが、もしかしたら、雨が近いのかもしれません。夕刻も近く、私は少々急ぐべきかもしれないと判断しました。
「少々速度を上げます。しっかりと捕まっていてください」
メリッサにも伝え、急加速にならないよう、徐々に速度を上げて東へと向かいました。
「寒くはないですか? 大丈夫でしょうか」
それも心配になるところです。現在は揚力で飛んでいる訳でなく、浮力で飛んでいる為、体感風圧はそれ程でもない筈ですが、それでも歩くよりもずっと速い速度で移動しているので、体感風速はかなりのものになってしまっている筈です。風の流れというものは、予想以上に体温を奪うものと聞きます。ですから、無視して良いものではないでしょう。
「はい、ありがとう。大丈夫よ。心地よいくらい」
ほっとする答えが返ってきました。
「でも、お話を聞いていて思ったのだけれど、今晩、ひょっとして泊まる所もないのかしら」
逆に、そんな心配をされてしまいました。私には、当然ですが、宿泊先というものは、必要ではありません。
「私は眠らないので、夜を超す場所は必要ないのです」
私は、簡潔に答えました。それでも、メリッサには納得いただける回答ではなかったようです。
「これだけ良くしていただいて、そういう訳にはいかないわ。良ければ、うちにおいでになって」
そうは言われましたが。
見たこともない戦闘ロボットなんてものが、都市にずかずかと入り込んでは、皆を、混乱させるか、怖がらせるか、させてしまうのでしょう。それは流石に遠慮したい状況です。
「私が都市に入っては、住民の方々をびっくりさせてしまいます」
そもそも、生身の方であれば夜間は都市に留まる方が良いのでしょうが、私が都市に入って、夜を明かさなければならないという訳でもありませんし、都市で購入しなければならないものもなく、そもそもその為の金銭の持ち合わせもありません。
「そうかしら。全身金属鎧の方なんて皆さん見慣れているので気にしないと思いますよ?」
自分では、鎧とはずいぶん違うと思うのですが、そういうものでしょうか。そのあたりの意見については、メリッサの目を信用していいのか、少々不安が残ります。
「でしたらこうしましょう。都市に入れてもらえるのであれば私もお邪魔させていただきます。もし立ち入りを断られるようであれば、大人しく引きあげます」
中世的な都市というのは立ち入りが厳しく管理されていたといいます。ですから、ミーングノーブも同じと考えて良いのではないでしょうか。私の立ち入りが拒否されるようであれば、メリッサも大人しく引き下がってくれると信じたいところです。
「全身鎧の方々は珍しくなくとも、ライフルを持った方は流石にいないでしょうから、門番の方がびっくりされなければ良いのですが」
私が懸念を声にすると、メリッサはとても驚いたように、怪訝そうな声を上げられました。
「らいふる、とは何でしょうか。手にお持ちだった筒のことですか?」
「はい、まあ、はい。そうでしたね。ライフルというものが存在しない以上、見てライフルと分かることも、あり得ませんでしたね」
確かに、言われてみればその通りです。エネルギーブラスターが危険な武器だということは、ライフルというものが存在してこそ初めて分かる概念でした。とはいえ、不審がられはするでしょうが。
「そうかもしれませんね。とはいえ、用心の為に、危険な物ではないのかと問い詰められることは考えられます。見咎められた場合には、やはり引き下がりますのでご容赦を。危険はないと嘘をつく訳には参りません」
そこは、譲れませんでした。私は、メリッサと、住民を困らせる我儘は言わないと約束しあい、ミーングノーブへと急いだのでした。