第六章 迷子の人型兵器と少女は、魔法の国の空を飛んだ(4)
それから、私はグリデラファーンの郊外、街道の傍に降りました。人型形態に変形して大地を踏みしめると、女王セフィスの城が、何だか小さいもののように見えました。
グリデラファーンの中から、女の子が走ってやってきます。メリッサでした。彼女は私の足元まで辿り着くと、私を見上げて、
「本当だったのね。ごめんなさい」
と、開口一番、謝罪の言葉を発しました。私が本当は20メートル程の兵器だということを疑ったことに対する謝罪でした。
「謝罪される程の事ではありませんよ。本当だという事を分かってくださればよいのです」
私はそう言うと、少しだけ機体を浮かして、飛行機形態へ変形します。垂直離着陸もできますので、そのまま、静かに、メリッサとデューンの前に着陸しました。
「乗ってみますか? メリッサ」
と、胴体中央部分にあるコックピットハッチを開けます。機体の横には、搭乗用のタラップも折りたたまれて収容されており、それも展開しました。
「お誘いありがとう。乗ってみたいわ」
メリッサはタラップを上がり、私の機体の上を上品に歩くと、開いているコックピットハッチからコックピットの中に上手に身を滑りこませました。
「お上手です」
私が正直な感想を述べると、メリッサはただ短く、
「ありがとう」
と、もう一度お礼をおっしゃいました。
それから、コックピット内に並ぶ計器やスイッチ類、レバー類などを見回し、目を輝かれました。
「すごい。どれが何なのか全然分からないけれど、なんだかとってもすごい」
分かるようであればその方がびっくりです。メリッサが分からないのはむしろ普通の事です。機械に触れたことすらない世界のひとなのですから。
「でも何だろう。この全部があなたの声で話しかけてくるの。まずは私を見て、次に私をああして、その次は私ですよって。なんだろう。使い方、分かる気がするの」
魔法の力というものでしょうか。もしそれが本当であればすごいことです。それぞれが何なのかは知識で理解できなくとも、見ればどうすればいいのか分かるという事なのでしょう。勿論、それが分かるからといって、彼女を私のパイロットとして向こうへ連れ帰る訳にも参りませんが。それでも、本当にできるのか、試してみるのは、面白いのかもしれません。
「飛ばしてみますか?」
私は提案してみました。もし彼女がいう事が本当であれば、きっと彼女も自由に飛べる筈です。
「いいの?」
信じられないと言った面持ちで、興奮したように聞き返すメリッサに、
「勿論です。間違っているようであれば、操縦系統をロックします。事故は起きません」
私は肯定の言葉をかけ、試してみることに問題がないことを説明しました。
「分かった。やってみる」
メリッサは頷き、私が促すまでもなく、まずパイロットシートに備え付けられているシートベルトを体に回し、彼女自身の体をしっかりとシートに固定しました。それが彼女の命を守る為の大切な物だということさえ分からないでしょうに、彼女は、確かにそれを締めたのです。
それから彼女はまるで誰かに教わるように、ハッチを閉め、モニターをオンラインにし、そしてマイクのスイッチを入れました。その視線は出力ゲージに注がれており、一瞬だけそのパネルから視線を外すと、機体チェックモニターを横目で見るようにして、
「うん、全部緑」
と、誰かに答えるように呟きました。彼女が言う通り、それぞれの機械が、彼女に語り掛けているのかもしれません。魔法とは、私が理解しているよりも、ずっと不思議で素晴らしいものなのかもしれません。
メリッサはそれから、私の近くにいるデューンに向かって、マイク越しで話しかけました。
「飛ばすわ。危ないので、少し離れていてくださる?」
その声はしっかりと機外に届きました。最早機能を使いこなしていることに疑いの余地はありません。メリッサが理解している筈がないので、間違いなく、魔法という他ありません。デューンもメリッサの声がしたことに面食らった顔をしましたが、すぐに距離を取ってくれました。
それをモニターで見ながら、メリッサが出力パネル傍のレバーを握ります。それを上下させながら、
「70。30。50」
また呟き、その通りにジェネレーター出力を合わせます。それはまさしく、発進前のジェネレーター動作チェックの手順でした。それが済むと、ジェネレーター出力を80に合わせて、レバーから手を離しました。
姿勢制御の機能動作確認、ナノフィールドの安定確認、各武装の安全装置確認を経て、ブースターの動作確認、と、機体チェックを行い、メリッサは、パイロットシート前方の操縦桿を握り、垂直上昇用の浮遊システムを操作して、機体をゆっくりと上昇させます。間違いなく、私の機体は、正しい姿勢で、垂直に舞い上がりました。
メリッサは前方と左右視界を映し出す三方モニターの映像と、高度を示す計器の間を何度か視線を往復させると、後方ブースターの出力を100%にあげ、同時に浮遊システムをオフにしします。そして、操縦桿を操作して機首を水平に戻すと、ブースター出力を抑えて機体を安定させました。メリッサは、確かに、レスティーヴァと呼ばれる、私の機体を操って空を飛んだのでした。メリッサは魔法の力という不思議な力を用いて、私は私の世界でも最先端の技術と呼べる機械の力を使って、魔法の国の空を。相反するような私達は共に飛んだのです。
ある程度機体の飛行姿勢が安定したのを確認してから、メリッサは緊張を解くように笑い、ただ、少しだけ寂しそうな顔をされました。
「帰るんでしょう?」
不意に、そう聞かれました。勿論、私は帰らねばなりません。もうメリッサ達のお屋敷には入れませんし、家の方々が用意くださったあの衣装も入りません。何より私は軍兵器として、帰還が可能であるならば、そうしなければならない義務があります。
「はい。これが最後のお別れになります。商会の建物で手続きもできないので、代わりに傭兵登録の解除もお願いできますか」
私はメリッサにお願いしました。
「私に出来たら」
メリッサは、そんな不思議なことを言って、まるではぐらかすように笑いました。それから急に話を変えるように、
「どうしてレスティーヴァ様は縮んでいたのかしら」
そんな疑問を口にされました。それは私ももう理解し、解決できていることです。ですから、元のサイズに戻れていますから。分かってみれば単純な理由で、ですが、不思議としか言いようがない現象がおきていたのでした。
「この世界が魔法の世界で、魔力のエッセンスとも言うべき粒子が存在して、それを私のナノシステムが巻き込んでしまったのです。そのせいで機体のダメージコントロールシステムが異常動作を起こした結果でした」
私は説明しましたが、メリッサには少々難解だったようです。そうかもしれません。彼女は私を飛ばせましたが、私の仕組みを理解できる訳ではないのです。
「簡単に言うと?」
と、聞かれました。私は言いなおします。
「魔法です」
としか言いようがありません。彼女達には、それが一番簡単で、納得いく結論でしょう。
「不思議ね」
とだけ言い、期待通り、メリッサは納得したようでした。
「本当に、希少な体験といえます」
私も同感でした。
メリッサが急に幾つかのオンオフ切り替えのレバーを操作し、一本の切り替えレバーのロックを解きます。そしてそれを操作して、私を飛行機形態から人型形態に変形させました。そして、しばらく、その場で私の機体を滞空させました。
眼下には田園が広がり、その向こうに見覚えのある街並みが見えました。ミーングノーブです。彼女はその風景を上空からいとおしげに眺め、口の中で何か小さく呟かれました。不思議な気分だといった目をしていました。
またレバーを操作し、今度は人型形態から飛行機形態へ、再び私を変形させます。そして水平飛行を始めた私の姿勢を安定させると、変形レバーのロックを掛け直しました。
操縦桿をメリッサが引き、私は機首を上げ、上昇をはじめます。何処までも高く、雲を越えて。
「私、あなたと宇宙が飛びたい」
メリッサが、突然言いました。それが引き金だったように。私達は、突然目の前に現れた時空の穴に飛び込んだのです。
そして、私には、メリッサをテラ・イクシオスに無事に帰さなければならないという使命もできたのです。
けれど、それは。
――また別の、お話です。




