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まいごの迷子の人型兵器  作者: 奥雪 一寸
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第六章 迷子の人型兵器と少女は、魔法の国の空を飛んだ(2)

 魔族軍との最初の戦闘があってからは、私は女王の城に逗留する日々を送りました。魔族の侵攻は、人々にとっては深刻な問題になり得る脅威でしたが、私にとっては小遣い稼ぎレベルの戦闘でしかありません。魔族はリ・イクスから散発的に攻めてきましたが、どれも私の手に余るほどの戦力ではありませんでした。

 三〇日が過ぎ、六〇月が過ぎ、一二〇日が過ぎ、それでも魔族は飽きることなくレムラーラ王国に攻めてきましたが、その度に私が出撃して蹴散らすというルーチンが完全に出来上がってしまっていて、確かに同時に複数個所の街を並行して攻めようとされたこともありましたが、一回一回の戦闘が長引かない為、却って各個撃破の的にしやすいだけで、魔族にとって意味のある選択でもなく、成果のある結果にも終わりませんでした。レムラーラ王国が保有する魔導兵器の出番もなく、街の中の人々は、そんな戦が繰り返されていることも知らないかのように、平穏な日常を謳歌していました。

 エリーナはミーングノーブに帰宅されましたが、メリッサは幾人かの侍女の方と一緒に、女王セフィスの城に逗留されています。私が女王にとられるのではないかと考えているまではいきませんが、私をグリデラファーンに残してミーングノーブに帰ることは望んでいない様子でした。

 私はというと、出撃のない天気の良い日には、メリッサがボディーを磨いでくれるのに、身を任せていました。魔族との争いも戦争という程のものではなく、迎撃の為の出撃も併せて、のんびりとした日常といった感覚でした。たまにメリッサと共に、女王セフィスにお茶に誘われてたわいない会話を楽しむ余裕すらあったのです。

 デューンは、リ・イクスの状況について、可能な限り確認しようと頑張っていましたが、フェース・イクスから分かる情報には限りがあり、余り状況は芳しくなかったらしく、意を決してリ・イクスに帰還したきり、こちらには顔を見せていません。彼の事ですから、そう簡単に倒れる人物でもないでしょうから、リ・イクスの平穏の為に地道に活動しているのだと考えたいところです。

 勿論、女王セフィスにお茶に誘われたからといって、私が実際にお茶を飲む訳でもありません。ティーテーブルを囲むのは女王セフィスと、私と一緒に誘われたメリッサだけで、私はメリッサの傍に立っている、というのがお決まりのスタイルでした。場所は、ダイニングルームや中庭だったりもしましたが、もっぱら、女王の自室が主でした。女王にとっては貴重な休憩の時間で、それだって、急なことがあればすぐに謁見室や書斎に戻らねばならないのですから、仕方がないといったところでしょう。

「宇宙とは、それ程までに広いものなのですのね」

 お茶会でのもっぱらな話題は、私が知る宇宙というものについての話でした。メリッサも興味を持たれましたし、何より、女王セフィスが毎回のようにせがんでくるのでした。

 とはいえ、私自身、実際に宇宙空間に出撃した実績はまだありません。あくまで試験中の機体ですし、パイロットの安全性を担保する試験が完全に済んでいないからです。宇宙というのは人間にとって過酷な世界です。万が一の事故でもあれば、パイロットを救出するのが困難であることも、大いに考えられるのです。ですから、私は、机上で知っていることを語ることしかできませんでしたが、それでも、メリッサとセフィスは十分に喜んでくださいました。

「私もまだ飛んだことはないのですが、広く、冷たく、暗く、そして美しい場所なのです」

 そんな話をする頃には、女王セフィスも、メリッサも、私が、何処か全く別の世界からやってきて、彼女達にはまったく想像もつかないような、全く別のレベルの技術で造られたからくりなのだということを、自然に受け入れてくださっていました。流石に私が、

「本来の私は、全高約20メートルの巨体なのです」

 と語った話に関しては、眉唾だと思われたようでした。

 私が縮んでしまった原因の検証はまだ終わりません。もうそろそろ終わるころであるとは思うのですが、少なくとも今日明日に演算が終わりそうな気配はありませんでした。それさえ終われば、メリッサにも、私の話が本当であることを証明できるかもしれません。

「レスティーヴァ様は魔導兵器みたいなものなのよね? でもずっと頑丈で強いんだわ」

 メリッサは何かを不思議がるように天井をぼんやり見つめておっしゃいます。そして、私に、こんなことを聞かれました。

「そんなに強くなきゃいけないなんて、何と戦わなければいけないのかしら」

 確かにテラ・イクシオスでは想像もつかないでしょう。驚異の規模がもともと違う、といえばそれまでかもしれません。

「世界同士の衝突、といえば分かりやすいでしょうか。当然、相手が行使する攻撃の原理や効果がまったく予想もつかないこともありますし、常識的な破壊兵器が全く通用しないこともあり得ます。自分達の理屈に合わない挙動や現象を起こすかもしれません。そういった危険は広大な宇宙の中には果てしなくあり、ですが、それらが友好的であるとは限りません。もし敵対的であったのであれば、可能な限りの知恵と力で乗り越えなければなりません。私は、そういった、人々が宇宙で力強く生き抜いて行こうとする意志の結晶なのです」

 そして、私はこう答えました。

「ですから、人々の平穏を守り、平和を守る為に、どんな敵とも戦います。あなた達の魔導兵器と、同じです」

「たいへんな重責ですわね」

 のんびりと紅茶を飲みながら、女王セフィスはお笑いになりました。そして、しばし口の中から伝わる芳香をたのしむように目を閉じ、目を開けると話題を切り替えられました。

「どうりで、と申しましょうか、イビスの軍勢はほぼ壊滅したとの連絡が、デューンレクト殿から報せはありましたわ。結局、それだけのことを、レスティーヴァ殿は、成しとけたことになりますのよ。私共の兵を一兵たりとも出撃させることなく。もっともイビス本人はまだ諦めていないようですわ。何かそれだけの奥の手を持っているかもしれないと、警戒を緩めないようにおっしゃっていましたわ」

「奥の手、ですか。見当はつきそうですか?」

 おそらくは分かっていないでしょう。そうであっても仕方がないと私も理解していました。そうやすやすと晒しているようでは奥の手とは言えません。

「残念ながら、手掛かりも掴めないそうですわ。嫌な予感がしますの。当たらなければ良いのですけれど」

 やはり、女王セフィスも詳細はご存じないようでした。そういうものでしょう。私も情報不足を責めるつもりは毛頭ございません。

「大丈夫よ、レスティーヴァ様、強いものね」

 対して、メリッサは楽天的に笑います。その信頼には応えましょう。私は約束ました。

「お任せください。期待に見合う戦果を約束しましょう」

「戦果、ですか。そのようなおっしゃりよう、私共としては嬉しくありませんのよ。心苦しい気持ちになりますから」

 と、女王セフィスは私の言い方に、若干の不快感を持たれたようでした。そうかもしれません。ここは軍部基地でも宇宙空母のドックでもありませんでした。

「失礼しました。軍事兵器なものですから、このような言い方しか知らないのです」

 私は誤魔化して答えたのですが、次の瞬間、レーダーに不穏な反応をキャッチして思わず窓へと歩み寄りました。

 グリデラファーンの上空、といっても高空ではなく、高度1000メートルまで行かない低空ですが、そこに、時空の揺らぎが観測できました。

「質量兵器? いえ、要塞でしょうか」

 私はすぐに可能性の中から合致しそうな選択肢を女王に告げます。おそらくは、奥の手、というものでしょう。

 ゆっくりとそれは時空の揺らぎから姿を現しました。それは中世的な建造物の意味での砦でしたが、間違いなく浮遊要塞でした。

 直径は約200メートル。上半分が石造りの建造物で、下半分は鉱物的な素材で出来た多角錐のようなスパイクを放射状に生やした構造体でした。薄く発光しているように見えるのは、可視化される程に強力なバリアに全体が包まれているからでした。

 剣呑な話です。レムラーラ王国が保有する魔導兵器では、あのバリアは破れないかも知れません。軍勢に対して魔導兵器をおびき出し、あれで破壊するのがそもそもの段取りのつもりだったのかもしれません。

「何という、強力な魔力……」

 レムラーラ王国は魔法の国で、女王セフィスにも当然強い魔力があります。その為、浮遊要塞から放出される無尽蔵な魔力を感じ取れるのも自然なことでした。

 反面、私は、それ程危惧はしていませんでした。というよりも、漸く本分に事態が近づいてきた、とすら感じました。

「まだ砲などは確認できませんね。先手必勝で行きます。念の為、市民の退避をお願いします。あれだけのものが墜落すれば、市街に被害も出ましょう」

 私はそれだけお願いすると、窓から外へ飛び立ちました。それが、テラ・イクシオスでの、私の最後の出撃になるのでした。


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