第五章 迷子の人型兵器、女王陛下と面会する(4)
「私の背中のこの筒ですが。1%の出力でこの宮殿が消滅する威力があります。もっとも、現在私が手に持っているこちらの筒も含めて、0.001%まで絞ってありますので、今発砲しても建物には被害は出ませんのでご安心ください。逆にこれ以下には下がりません。相手によっては出力を上げますので、皆さんに手間を掛けさせることもございません」
私は再度説明し、皆さんの反応を待ちました。背中の筒というのは勿論アサルトイレイザーのことで、手に持った筒はエネルギーブラスターです。ハンドミサイルは使うつもりがありませんので、説明を省きました。
「……本当に?」
にわかには信じられないという顔で、メリッサすら疑いの声を上げます。見たことがなければ当然でしょう。私は実演が必要かと、どのように見せるのが良いか検討を始めました。
「いや、嘘ではないだろう。実際、掠め鳥の巣にも魔族がいたからな。手加減をしてくれと頼んだのは本当だ」
掠め鳥の一件で、その場にいたデューンが助け舟を出してくれ、
「デューンレクト殿がそうおっしゃるのでしたら」
一旦、女王セフィスも信じてくださると言われ、実演は必要なく終わりました。
とはいえ、勝手に仕事を直接受けるのは道義にもとります。という訳で、私が引き受けるのであれば順序は一つです。
「それでは、私が対処して宜しければ、ローディル商会まで、傭兵派遣のご依頼をお願いします。その場でお引き受けしますので」
「邪霊イビスの討伐って? 報酬幾らだよ」
デューンがかぶりを振ります。確かに基準は私にも分かりかねるところです。いずれにせよ、実際の所私が金銭の報酬を頂いたところで、あまり意味もありません。これまでの報酬も、自分で使ったことはありませんし。
「そのあたりは商会にご相談ください。それが最も早いかと」
私も答えられる訳でないので商会にお任せしようと考えましたが、
「いえ、商会には私から話を通しておきますわ。今回はレムラーラ国の招聘とさせてくださいまし。これほどの大きな任務を、個人レベルの依頼として片付けて良いものとは思えませんもの」
女王セフィスはそのようにおっしゃり、女王陛下からの直々の使命とすることに決まりました。その方が事のおさまりとしてよいのは間違いありません。
「エリーナもそれでよろしいかしら?」
商会についての直接の決定権はないにしろ、無関係という訳でもありません。女王陛下はエリーナに問い掛けることで、商会に確認を要すると答えがあるようであれば応じる姿勢を明らかにされました。女王ならではの配慮というものでしょうか。
「いえ、そのような事態であれば、主人も納得するでしょう」
エリーナも了承され、早速イビス討伐を私が引き受けるということで話が固まります。それでは、早速準備と致しましょう。
「では、早速ブリーフィングを致しましょう。事の重大さを考えますと、今回の出撃には、事前の目標と周辺の情報の共有、作戦内容の共有は必須でしょう」
「ぶりー……何?」
と、メリッサが首を捻ります。まあ、知らないですよね。メリッサはずっと知らないままの暮らしでいて頂きたいものです。
「ターゲットの種族、容姿等の情報、居場所、予想敵戦力の規模を教えてくださいということです。推奨される侵入方法があれば、指示いただければ善処致します」
私は簡単にブリーフィングとは何かを答え、
「イビスが邪霊化してるとすると、定型の姿を持たない可能性はあるけど」
と、デューンはまずイビスについて答えてくれました。
「引き裂く前は獅子の頭を持った男の姿をしてたな。魔族らしく背中に蝙蝠のものによく似た翼も持ってたっけ。問題は、あいつ確かただの物理攻撃効かない筈なんだよ。霊体になったってことは、その辺ちょいさらに面倒になってるかもなあ」
それから、ターゲットの居場所について。
「居場所はリ・イクスにあるホールオブデスって場所だ。なんでも邪神の古い神殿だったらしいな。地上はそれほど大きく見えないんだけど、地下に迷宮みたいな要塞が広がってる。イビスがいるなら地下深くだね」
そこまで言ったデューンは、私が無言で聞いている様子に、しばらく考え込んでから、
「あー、壊しても構わないかって聞きたそうだね。構やしない。そこは好きにしちゃって」
そう笑いました。何故分かったのでしょう。私には表情というものがないので、相当考えていることは分かりにくいと自覚しているのですが。
「あと何だっけ。奴の配下の規模か。ごめん。そこは正直分からない。まあ、世界征服しようってんだから、それなりには手勢がいるんだろうけど。レスティーヴァに対抗できる魔族や魔物がどれくらいいるかって話だと、正直、怪しいな。あんたなら小細工なしの正面突破でいいんじゃない?」
あまり情報はなさそうですが、まあ、緊急出動ですし、いつも十分な事前情報があるとは限りません。ターゲットと居場所が分かればなんとかなるでしょう。ひとまずは、それで納得しておくことに致しましょう。
「では、近隣まで」
案内をお願いします、と、私が言いかけた時。
事態の方が先に動いた報せが、お城の兵士さん達からもたらされました。
「陛下、緊急の用件にてお話し中室慰霊いたします。イビスなる名を名乗るものの手勢が、グリデラファーン南東、約一〇キロメートル程の場所に出現しました。数は約三〇〇。魔族と魔獣の混成の模様です。現在迎撃用魔弾バリスタを都市城壁上に展開中ですが、都市に近づくようであれば即迎撃でよろしいでしょうか」
駆けつけてきた兵士さんの報告によると、敵の方が先に動いたようです。前哨戦といったところでしょうか。女王陛下はすぐに兵士さんに指示を出しました。そして、私にも。
「兵はそのまま静観を。レスティーヴァ殿、お願いできますか?」
「承りました」
私は了承し、迎撃に出る為に部屋を出ようと歩き出します。しかし、兵士さんは、
「は。は?」
と耳を疑ったような声を上げられてから、
「いや、しかし単独は。敵は三〇〇ですぞ。三でも三〇でもございませぬ。何かのお間違いでは?」
聞き間違いか言い間違いと判断されたようでした。ごく普通の反応です。単機は常識的とは言えません。
「いえ、兵に損害を出す必要はありません。レスティーヴァ殿にお任せすれば大丈夫ですわ」
女王セフィスの言葉を聞きながら、その間に、私はメリッサとエリーナに、着ていた服を府がしてもらいます。一部の武装が使えませんし、戦闘で破いてしまっては申し訳がありません。
「しかし……相手は魔族。掠め鳥とは違いますぞ?」
兵士さんの懸念はもっともでしたが。
「街に損害を出す訳には参りません。私は出撃いたします。兵士さんたちは、私一人に任せておけないと思うようであれば、迎撃いただければ宜しいかと存じます」
兵士さんと女王陛下の双方の意見を汲み、私はそう提案して部屋をあとにします。
「頑張って!」
まるで心配はしていないと言いたげな明るい声の、メリッサの声援に見送られながら。私はそして、地上の出口ではなく、お城のバルコニーに向かいました。理由は当然、変形して飛ぶ為です。心配されたのか、お城の兵士さんが一人ついてこられました。丁度よかったので、迷わないように、バルコニーまで案内していただくことに致しました。
「イビスの配下がどの程度のものなのか、威力偵察も兼ねたいので、アウトレンジでの殲滅でなく、格闘戦を挑みます」
兵士さんに私が告げますと、
「はあ……お気をつけて」
本当に大丈夫かという心境がつぶさに伝わってくる声と表情で、兵士さんは頷かれました。
「大丈夫です。この程度で後れを取っていてはレスティーヴァの名折れ。お任せください」
私はそう告げて、床を蹴って浮き上がると、飛行機モードへの変形を行いました。それを見て。兵士さんが目を丸くしたことは言うまでもありません。
「では、行ってまいります」
そんな兵士さんをバルコニーにおいて、私は上空へと機首を向け、舞い上がりました。空はやや曇り、視界はそれ程よくはありません。計器飛行をメインで行いますし、パイロット不在の私が空間識失調(機体が飛んでいる方向、機体の姿勢の向きが正しく把握できなくなること)を起こすこともありませんので、雲に紛れて敵陣に接近し、急降下からの格闘戦を挑むことに致しましょう。
私はそのまま、大きな一塊と流れる雲に飛び込みました。高度な推進システムに支えられた私でも、気流の乱れとは無縁ではありません。機体はガタガタと揺れました。
まるで、武者震いをするかのように。




