第一章 迷子の人型兵器、お嬢様との出会い(2)
結局、山賊達は、可哀想ですが排除という形で決着をつけました。方法は幾らでもあります。あまり気持ち良いものではないので細かくは述べませんが、弾薬の節約の為、火器は用いず、ナックルガードを装着したマニュピレーターで対処した、とだけ申しておきましょう。どの道、最初から相手にもならないのですから、たいして面白い話でもございません。
さて、バタバタしており、申し遅れました。
私は、機体名、レスティーヴァⅦと申します。かつて、太陽系第三惑星である、地球を襲った異星の脅威を撃破したと言われる、初代レスティーヴァから数えて七世代目の、光栄にも同名を預かることになった機体でございます。世代番号を抜いて、レスティーヴァ、と覚えていただければ結構です。
「お嬢さん、大丈夫でしたか?」
山賊から助けたお嬢さんを振り返り、漸く落ち着いてお召し物や容姿を記憶させていただきます。人間の容貌の美醜のジャッジには、生憎私は明るくないのですが、彫刻のように整然とした顔のパーツをしていることから、美しい、と判断して良いのだと思えるお嬢さんでした。
やや金色がかった銀、白百合色、と言う奴でしょうか、繊細で細く、真っすぐな髪を長く伸ばした女の子でした。瞳の色は鮮やかな栗の色。年については、二〇歳は超えていないけれど、一〇代前半ということはないでしょう。
真っ白なワンピースドレスは慎ましやかで、ですが惜しむらくことに、山賊に襲われた際に転んだのでしょうか、お召し物が幾分か土で汚れてしまっているようです。それでも、洋服が裂かれたりはしていないようで、そこは安堵して良いところでしょう。助けに入るのが遅すぎたということはない、と思っておきたいところです。
「ありがとう。あの、失礼だとは思うのだけれど、お顔を、見せてもらっても良いかしら」
そうおっしゃられましたが。困ってしまいました。私の顔の外装は外せません。
「お嬢さん。私の外見は、甲冑ではありません。申し訳ないですが、脱げないのです」
そう答えるほかありませんでした。伝われば良いのですが。見たこともない筈の戦闘ロボットを、どう説明したものでしょうか。
「そうだったの。ひょっとして、呪い? お可哀想」
少々感受性の高いお嬢さんのようです。どうしてそういう結論に至ったのかは不明ですが、これは訂正しておかないとあとで困ってしまいそうです。
「いえ。私の体は人工のボディーで、生物ではありません。呪われている訳ではないです」
何より、謂れなく他者を心配させるというのは心苦しいものです。私は、可能な限り、直接的な表現を使い、納得いただこうとしました。
「人工って……ゴーレムかしら? まあ、わたくし、初めて見たわ。実在したのね」
山賊に襲われたばかりだというのに、肝の座ったお嬢さんなのでしょうか。やんわりと笑う表情には翳りは見られません。
「勘違いで無理を言ってごめんなさい。それでは、代わりじゃないけれど、お名前を伺っても? あ、人にお名前を聞く時は、わたくしの名前を先に名乗らなくっちゃね。わたくしは、メリッサよ」
「ご丁寧にありがとう、お嬢さん。私はレスティーヴァ。正確にはゴーレムではないのですが、似たようなカラクリです」
これ以上は、望めない認識かもしれません。機械、と申し上げても、多分ですが通じますまい。それよりも、幾ら本人が気にしていない様子だといえ、山賊に襲われるような子を、このまま放っておく訳にはまいりません。何処か安全な場所へ、お連れする必要がありそうです。
「それにしても、お嬢さん。あのような者達が出没するようでは、女の子の一人歩きは危険です。もしよろしければ、近隣の市街の傍までお送りしましょう」
市街の中までは――私は侵入しない方が良いのでしょう。騒ぎを起こし、住民の方々を不安がらせるのは気が引けます。
「まあ、ありがとうございます。でも、出来たら、だけど。名乗ったのだから、お嬢さんでなくて、名前で呼んでほしいわ」
そう言って、メリッサは穏やかに笑いました。本当に、なんというか、独特というか、のんびりした子です。あまりに山賊に襲われたことに対する動揺がないので、少々、私などでも心配になってきます。
「失礼しました。メリッサ。では、行きましょうか」
と、ここで。
一つ述べ忘れていたことがございました。実のところ、私含め、代々、レスティーヴァの名を冠する機体の共通点として、高速戦闘用の機動兵器であることは当然として、もうひとつ、オプションパーツを必要とせず、可逆的に人型と航空機型に変形可能な可変機である、という特徴がございます。
当然、私も飛行形態に変形できます。人型で手を引くよりも、飛行形態でお乗せした方が何かと都合がよいでしょう。何しろ私はどちらに市街があるのかさえ、知らないのですから。空から探した方が、楽というものです。
飛行形態では、他の人型機体を上に乗せ、運搬することも、設計の視野に入っておりますから、運ぶのは得意です。少々人が座るには硬いかもしれませんが、そこは我慢いただきましょう。
変形に掛かる時間は一秒未満です。複雑な機構ですと、メンテナンス性と、劣化が酷くなり、連続単独行動にも問題が出やすくなります。可変機と言っても、複雑にパーツがあっちへ行ったり、こっちへ行ったりということはございません。上半身が腰のあたりでやや前に迫り出し、ブースターユニットが後方へとスライド、空いたスペースに頭部を収納します。下半身は脚部を抱えるように折りたたむだけ。両腕は前方に突き出す姿勢で、機体側面にぴったりと添えられ、ナックルガードが展開、完全に拳を覆います。手にしていたライフルは胸部の一部が迫り出し、その中央にマウントされ、腕と一体になるように機首部分を形成するようになっています。最後に、背中上部のアサルトイレイザーが水平に倒れ、胴体後方上面中央から、飛行中の姿勢制御に必要となる垂直尾翼がせり上がっておしまいです。
といった具合で、私は、メリッサの前で、変形して浮遊しました。
「さあ、メリッサ。上にお乗りください。お運び致しますよ」
「まあ、変わった形」
と、メリッサは目を丸くしながら、手を叩いて感心したような声を上げました。それも仕方がありません。メリッサが特別なのでなく、この世界の方々は、きっと飛行機など見たことがないのですから。
「鳥のようで鳥でない。羽搏いてもいない。本当に不思議」
「本当は中のコックピットシートにお乗せできれば良かったのですが。今はシステム不調で人を中に乗せられるようなサイズが取れない為、上に腰掛けて頂くのでご勘弁ください」
突起などはほぼない為、お尻が痛むということはないと思うのですが。それに不調の内容は、私自身にとっては深刻ながら、行動に差し支えるという類のものでもございません。
システム不調の原因は解析中で、同時に、次元スライドが起きてしまったメカニズムも解析しています。それが済むまでは、下手に帰ろうと足掻かず、こちらで大人しくしていた方が良いのでしょう。幸い動けないようなエラーはありませんし、軽く人助けくらいであれば、しても差し支えないと考えたいものです。
「じゃあ、失礼しちゃおうかしら」
メリッサは私の上によじ登り、跨るように座りました。若干バランスが悪いですが、バーニア飛行を行わなければ問題ないでしょう。私は、通常飛行は危険と判断し、飛行モードをノズル噴射による通常飛行モードから、反重力駆動による浮遊飛行モードに切り替えます。本来は重力が大きすぎる惑星等で使用するモードの為、通常の重力下では若干オーバースペックなのですが、サイズが縮んでしまっている分、積載限界も低下している為、加速しすぎるなどの問題は起こらないと想定できています。
「では、ゆっくり飛びますが、砲身などにしっかりお捕まりください。事故防止の為に」
私が告げると、メリッサは頷いたようで、しっかりと片手で一つずつ、アサルトイレイザーの砲身にしっかりと捕まってくださいました。素直ないい子です。
「ありがとうございます。参りますね」
ゆっくりと、けれど、確実に、垂直に上昇します。周囲は右手が森、直下から左手が草原のようです。草原には大小さまざまな岩が転がっていて、後方遠くにある、大きな火山から飛んできたもののようでした。空は晴れ、太陽は西の地平線に近づきつつあります。日が暮れるまでに、メリッサを安全な場所に届ける必要がありそうです。目視界内には市街の存在は見当たりませんが、遠方探査レーダーに、都市と思われる生命反応が多数みられる場所があります。現在の機首の向きは方位315。つまり北西を向いています。都市は、方位225。南西の方角です。私は機首を左に振りました。
「そうでした。私はあなた達のことを何も知りません。手始めに、ですが」
そして、私はメリッサに問い掛けました。
「この世界の名前を、教えていただいても、宜しいでしょうか」