第五章 迷子の人型兵器、女王陛下と面会する(3)
城内に檻を担いで入ると、門番さん達とは別の兵士さん達が、女王陛下の所まで案内してくださいました。ついた先は謁見室ではなく、女王陛下の寝室です。大事を取って、まだベッドにいらっしゃるよう、城仕えの方々から言われているのかもしれません。
しかし、困りました。女性の寝室に、女性を襲う夢魔を入れる訳には参りません。しかし、目を離すのも、不安というものです。まずは、この不届き者の処遇を決めてから、入った方が良いのではないでしょうか。
「女王陛下の寝室に、この夢魔を担いで入るのは、問題があるのではないでしょうか」
私は兵士さんに伺ってみることにしました。
兵士さんもそれは困られていたようで、逆に、
「何か脱走を防止するような術をお持ちではないですか?」
と、相談されてしまいました。出来ないことはないですが、女王の城に初めて入った私が、いきなり脳波干渉へのカウンタートラップを展開するのは問題になるというものでしょう。
「あるのですが、許可を頂かないことには、私が勝手なことをする訳にも参りません」
私の言葉に、確かに、と兵士さんも頷かれました。たとえ善意であったとしても、防犯上まずいですからね。
「気にすることはない。入れて良い」
部屋の中から声がしました。答えたのは、城の方ではなく、デューンでした。
「当の女王が、自分を襲った夢魔を、自分の目で確認したいと言っておられるのだ」
その説明のあと、
「連れてきてくださいませ」
という、聞いたことのない女性の声も聞こえました。落ち着いた、品のある声は、おそらく女王陛下その人の声なのでしょう。思ったより、ずっと若い方のようです。
「仰せの通りに」
陛下のご要望とあらば、応じない訳にも参りません。だだ、担ぎ上げたままでは扉を通りませんので、一度檻を廊下に降ろしてから、片手で檻の天辺をぶら下げて入れることに致しました。兵士さんが傍で、
「肩か手首よく抜けないな……」
等と呟かれていましたが、勿論この程度で抜けるような強度はしておりません。
陛下の寝室に入り、床に檻を置くと、ベッドの上で身を起こした女性が、静かに檻の中のインキュバスを見つめていました。
アクアマリンのような瞳と、絹糸のような髪の女性で、声の印象の通りまだ若く、成人していないようにも見受けられました。薄い寝間着のまま、まだ本調子でないのかやや青ざめた顔をされていました。女王セフィスです。
「間違いございませんわ」
それから、ふっと視線を外し、腰から下を覆った布団を見下ろします。細い息がしばらく揺れていました。
「デューンレクト殿。どのような処罰をお考えですの?」
「こちらにお任せくださるのであれば、陛下。極刑をもって謝罪とする所存でおります」
デューンはすらすらと答えました。それを聞き、女王セフィスは目を伏せ、頭を振りました。
「正直、冷静な判断が出来そうにありませんの。そちらで、良しなに処理していただけますか?」
「承りました。この度は誠に申し訳なく……」
デューンが再度謝罪を口にし、一礼しようとしますが、
「いいえ。他人行儀の礼儀はこの際、隅においてくださいまし。現実的な話をいたしましょう」
女王セフィスは再度かぶりを振って、デューンに視線を向けた。冷静な判断が出来そう似ないと言ったばかりの女性とは思えない、芯の通った瞳をされていました。
「エリーナも、メリッサも。おそらくはインキュバスに狙われたことで無縁とはいかないと思いますわ。どうかこちらへ。一緒に聞いておいてくださいましね」
と、室内で控えるようにやや離れているエリーナとメリッサを近くに手招きされてから、女王陛下は切り出されました。
「インキュバスは私を捕え、レムラーラ王国を麻痺させる役割を担っていましたが、それは彼等の計画のほんのひと欠片に過ぎませんわ」
「ん?」
どこまで知っているのか、という顔をデューンがします。その怪訝そうな態度に気付いたのでしょう。女王陛下は一度だけ柔らかく微笑まれました。
「囚われた振りをして、一度だけ可能な限りの情報を聞き出しましたのよ」
そうおっしゃってから。
「そのインキュバスが語ったところによると、彼は邪霊イビスなる者に仕えているようですわ。名はご存知かしら?」
質問は、デューンにです。デューンはやや頭が痛いという素振りを見せたのち、
「知らぬ筈がない。霊体になる前の肉体を引き裂いたのは、他でもなく我だ」
と、ため息をつきました。
「魂まで滅ぼしたと思っていたが、とり逃がしていたか」
「イビスの狙いは二つあるようでしたわ。フェース・イクスへの侵略拠点として、このレムラーラ王国を支配すること、および、不可侵を破ることによって魔王を失脚させること、ですのよ」
二つの世界の危機、というにはやや間延びした、緊張感のない話し方をされるセフィスに、私は違和感を禁じ得ませんでした。ですが、その間延びの理由も、すぐにわかることになりました。
「またか」
デューンは言うに事欠いて、いつものこと、のようなことを言いだしたのです。
「また、ですのよ」
うんざり、といった風に、女王セフィスも頷かれました。頻繁に起きていること、とでも言いたそうな様子に、私が混乱していると、
「女王陛下が即位されて二年間で五回目なのよ。原因はこっち側だったり、あっち側だったりいろいろだけど。だいたいセフィス様が若くして即位されたのも、先代の女王陛下が、度重なる世界征服を企む者の出現に嫌気がさして出奔してしまったからなの」
メリッサが、そう教えてくださいました。
「それは確かに、嫌にもなるでしょう。そんな危険な国を治めるのは、心労でどうにかなってしまいそうですね」
私が納得しかけますと、エリーナが、
「そうではないのです」
と、否定の言葉を告げられました。どういうことでしょう。私はますます訳が分からなくなりました。
「絶対にうまくいきっこないんだよ」
そう笑ったのはデューンです。
「かつてフェース・イクスとリ・イクスは争い続けていた。その名残だ。戦の中で研鑽されるのはいつも殺人の効率化だ。つまり、一般兵士が普通に使えて、敵より速く、敵より大量に殺せる技術と、敵のそういった攻撃を無力化して一方的に蹂躙する為の技術だ。今はそれが行き過ぎたうえでの平和だからさ。一度動乱が起きれば、そういった兵器が火を噴くって訳だよ。中途半端な戦力じゃ、国には太刀打ちできない訳さ。だいたい、あんたが掠め鳥を一網打尽にしたのだって、個人としちゃずば抜けてるからすごいとは言われても、それ以上の騒ぎにはなってないだろ。それは、何人、あるいは何十人か派遣すればできるのを、皆知ってるからなんだ。できるけど、使いたくないんだよ、そういった兵器をさ。それでも、世界が危ないんじゃ話は別さ。兵器を使って被害が拡大する前に鎮圧するよ。民の暮らしと命には代えられないって話だ。でも、自分ならできると勘違いする奴は度々現れる。いい加減、面倒臭くもなってくる。特にレムラーラは魔法大国だ。致命的な魔導兵器を目一杯保管してる国だ。無理なんだから大人しくしとけよって思ったって、仕方ないだろ?」
そういうことでしたか。私も納得し、それなら使わなくても済む方が良いのでしょう、と考えました。
「使いたくないのであれば、使わずに済むように、その不届き者を懲らしめましょうか?」
「流石にそれは無謀かと」
女王陛下には止められましたし、
「確かにそうできたら理想だけど……できるのか?」
デューンも懐疑的な見方をしました。彼等の認識ではそうでしょう。彼等はそもそも、私が本気を出していないどころか、私がぎりぎりまで手加減していることも理解できていないのですから。
「それでは私からも皆さんに、私自身のことを、お話しておきます。皆さんは使いたくない兵器を持ちだし、数人から数十人単位で、私と同じことができるとおっしゃいましたね」
私がそう聞き返しますと、皆さん、怪訝な顔をされました。そして、不思議そうに頷かれました。
「私の場合、ぎりぎりまで火力を絞り、可能な限り機能を制限して、それなのです。皆さんの兵器が、数十器であの火力だとするならば、皆さんの兵器は私には通用しません」
私は皆さんを見回し言いました。
「だから、今回は、私にお任せください」
私の最低要求スペックは、惑星単位の戦力に単機で挑み、それを撃破し、敵中枢を破壊して帰還できる能力をもつこと、です。




