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まいごの迷子の人型兵器  作者: 奥雪 一寸
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第五章 迷子の人型兵器、女王陛下と面会する(2)

 当然のことですが、グリデラファーンまでの道のりは、平穏そのものでした。危険が近づく前に対処できる能力には事欠かないので、襲撃が起きる筈もありません。

 もっとも、グリデラファーンに入れたのは、夕刻近くにはなりました。街の門前には、馬車は昼過ぎには辿り着けたのですが、街に入るのを許可されるまで、それだけ待たされることになったのです。原因は私――ではなく、あわただしく兵士が混乱した様子で右往左往しているので、なかなか街に入っていいかのチェックが受けられなかったのです。

 実際、いざチェックを受けられると、拍子抜けな程、すんなりと終わり、街の中に通されました。エリーナやメリッサが、ローディル商会の主の家族として身元がしっかりしているというからだというだけでなく、どう考えても最も問題になる筈の私が、すぐに問題なしとされたことが大きかったことは確かでした。門番の兵士に、レスティーヴァ、と名乗ると、

「ああ」

 という反応が返ってきたのです。その次に言われた言葉は、

「グリデラファーンにようこそ、どうぞ」

 でした。本当に問題ないのかと聞くと、

「掠め鳥を駆除したご活躍は聞いています。信用できるとミーングノーブ領主の評価も」

 それが答えでした。思わぬところで、あの仕事をこなしたことが、功を奏したようでした。

 街の中も何処か騒然としており、慌ただしい様子でした。兵士だけでなく、市民の方々も落ち着かなく、不安な様子をしておられました。理由は分かっています。そして、それが間違いでないと証明するように、通りのあちこちから、

「女王セフィスが昨晩から眠ったまま目覚めない」

 そんなうわさ話が、ひそひそと聞こえてきているのでした。時刻は既に夕刻で、本来であればそろそろ女王の城の門も閉まる頃でしょう。しかし、だからといって、対処できる望みがある私達が、その問題を放置して、大人しく明日を待つというのも薄情な話です。一応、駄目でもともとで、城門前まで一度行ってみることに決まりました。いずれにせよ、今日の宿は、探すまでもなく、既に商会が先に用意してくださってあるのですし、宿なしになる心配は無用なのですから。

 グリデラファーンの街並みは、ミーングノーブとは異なり、色鮮やかな、背の高い尖った屋根を持つ、円形に近い多角形の家屋が建ち並ぶ、異郷、といった雰囲気の都市でした。都市全体がなだらかな坂になっており、その最も高い場所に、女王の城はありました。

 女王の城は、白い柱と青白い壁を持つ美しい建物で、青みがかった白の屋根はそれ自体淡く光っているようであり、城というよりも宮殿と呼んだ方が良さそうな外観で佇んでいました。

 城壁と言えるような立派な壁には囲まれておらず、むしろ塀と呼んだ方が正しいような薄い壁に囲まれており、城門というよりも、お屋敷の正門のような門が入口となっています。勿論、門番の兵士は立っており、厳めしい顔で警備を行っていましたが、日没も近い時刻にもかかわらず、門は開け放たれていました。

「お前達も女王を目覚めさせんと、取り組もうとする者達か?」

 私達が馬車を門の近くで止めると、門番の一人が声を掛けてきました。確かにそうではありますが、お前達も、という言い方が気になります。私はすぐには肯定せず、

「どういうことでしょうか」

 言葉の意味を、聞き返しました。私達がミーングノーブから移動している最中に、何か状況が変わったのでしょうか。

「何だ、知らぬのか? 女王が、昨晩眠りにつかれてから、お目覚めにならないことは知っておろう。故に、目覚めさせられる術をすべて試しておるのだ。その為の布令も出ているのだが、まだ見ていないということか。お前達も、そういった術に心得があるのであれば、ぜひ協力してほしい」

 兵士の方の答えに、私は納得しました。対応が早いことには、少々驚きましたが。

「そういうことでしたか。であればその為に参りました。実はそのことについて、魔族の王様から、お伝えすることがあるとのことで、お連れ致しました」

 しかし、今は一刻も早く女王様に精神体を返して差し上げるべき時です。驚いてばかりいる暇はございません。私はすぐに、兵士に自分達が城を訪れた理由を説明いたしました。

「何っ、魔族の王だと」

 兵士の方が今後は驚かれる番でしたが、押し問答になる前に姿を見せた方が早いと判断した為か、デューンがさっと馬車の戸を開けて降りてきました。

「城勤めの方よ。此度は魔族の王として、深く陳謝せねばならぬ。女王が目覚めぬのは、さる魔族の仕業なのだ。故に、そのものを捕え、処分を協議したく護送してきた。また、女王が目覚めぬ原因も、目覚めさせる方法も、我の方で既に把握しておる。信用ならぬかもしれぬが、女王の元へ案内いただけぬか」

 デューンが馬車の荷台の檻を手で示し、兵士達もその中に囚われている魔族を見て、完全に泡を食ったような表情になりました。しかし、だからと言って、職務を忘れた訳でもありません。彼等は半ば本当のことだろうと納得したような表情を見せたものの、

「し、しかし。女王の前にその檻の魔族を連れて入ることは許可できません。如何な魔王殿であってもです。故意にそんな真似をすると疑っている訳ではありませんが、事故でその魔族が女王の御前で放たれてしまうこともありましょう。そのような危険を許容する訳にはいかないのです」

 と、当然の説明をされました。

「承知しておる。そちらが、犯人であるこの魔族を引き渡せというのであれば、こちらもそれに応じる、という証だと思っていただければありがたい」

 デューンの言葉に、兵士は頷きました。

「その申し出はありがたく思います。ですが、こちらもすぐに魔族を捕えて奥準備ができませぬ。今しばらく、そちらで管理頂いても宜しいでしょうか。こちらも軍の上に指示を仰ぎますので、その間だけでも」

「助かる。手間をかけて申し訳ない」

 結局、デューンは通されました。メリッサとエリーナも女王陛下のお見舞いという名目で同行し、私だけが馬車に残ります。私が残った理由は、勿論、インキュバスが檻を抜け出そうとした時に、対処ができる者が残っておいた方が安全だからです。メリッサは私がバスに残ることに若干残念そうな様子でしたが、誰かがインキュバスを見張っている必要があることには理解があり、また、自分が残ると不測の事態の原因になり兼ねないとも理解があるようで、自分も馬車に残るなどと言いだされることもありませんでした。

 デューンたちが城門の向こうに消えると、門番のうち一人が、軍上層部にインキュバスについて報告し指示を仰ぐ為でしょう、門の奥へ消えて行きます。残った門番の方が、ふと、聞き忘れていたと言いたげに、

「そのお姿、もしや、ローディル商会の傭兵、レスティーヴァ殿では?」

 そんな質問を投げかけてきました。

「ご存知なのですか?」

 私が不思議に思って聞き返しますと、

「勿論です。女王陛下も、掠め鳥の駆除に関しての報告をお受けになってから、一度お会いしてみたい、と仰っていたとか、兵の間でも噂になっておりますよ」

 そんな風に笑いました。女王陛下の耳にも届いていたとは、掠め鳥の一見は、私が思っていたよりも、ずっと大事だったようでした。

「それは光栄なお話です。陛下がお目覚めになったのち、お体に障らないようでしたら、是非お会いできれば、私も幸いです」

 本を答えてから、少々、自慢しても良いかもしれないと思い至りました。ほんの気まぐれの、悪戯心でした。

「そもそも、この魔族を捕まえたのも、私なのです」

「そうでしたか。であればなおのこと、そこの魔族の処遇が決まったのち、陛下にお会いしていただかねば。陛下よりの感謝の言葉と褒美もありましょう」

 門番さんがおっやる言葉に、私も甘えることに致しました。

「是非にも」

 私も、謁見を希望する旨を、答えます。そんな話のあと、私達は沈黙に戻り、時間だけが過ぎて行きました。門番さんは仕事中なのです。あまり邪魔をしてはなりません。

 それから、しばらくして。

 一度奥に走られた、もう一人の門番さんが、大急ぎで戻ってこられました。

「陛下が目をお覚ましになられた。将軍より、魔族の檻を中へ運ぶようにとの指示もあった。それから、レスティーヴァ殿、魔王殿より、今回の魔族の捕縛はレスティーヴァ殿の手柄とお聞きしました。陛下並びに、将軍様より労いの言葉を是非送りたいとのこと。一緒にお越しいただけるか」

 早口におっしゃった内容は、良い報せでした。ですから、私は喜んでそのお言葉に従うことに、致しました。

「でしたら、檻は私がお運びいたしましょう」

 そう言って、馬車の荷台から、檻を担ぎ上げます。その動作が無造作に見えたのでしょう。門番さんたちは、少々、驚いた顔をされました。


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