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まいごの迷子の人型兵器  作者: 奥雪 一寸
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第四章 迷子の人型兵器、夢魔と対決する(3)

 夜になり、私はメリッサと一緒に、彼女の部屋にお邪魔しました。どのような理由を建前にしようか悩みましたが、結局弁解の必要はなく、今日はメリッサの部屋で過ごしたいと願い出ただけで、理由も聞かずに、むしろメリッサは喜んでくださった程でした。

 部屋の戸の外には家事使用人の方が二人程待機されています。直接対決できる訳ではありませんが、手伝えることが何かあるかもしれないと、不測の事態に備えて交代制で夜通し待機してくださるそうです。メリッサやエリーナの危機は今日で終わりにしてほしい、その為に自分達ができることは何でもやる、という期待と意志をひしひしと感じます。

 そんな緊張感漂うお屋敷内のムードとは裏腹に、当のメリッサは、就寝時間を過ぎても私が一緒にいるのが新鮮で楽しいらしく、ベッドには横になられたものの、興奮した様子で取り留めもない雑談を続けるばかりで、なかなか眠りに落ちることがありませんでした。話の多くは、私が纏っている使用人と似たデザインの衣装のことで、彼女は私の姿をたいへん面白がりました。

 とはいえ、子供のようにはしゃぎ続けたからでしょうか、流石に一晩中雑談が続くことはなく、夜半前にはうつらうつらとし始め、やがて静かな寝息をたてはじめました。

 お屋敷内に、静かな緊張感が満ちます。しばらくは嵐の前の静けさが続き、しかし、それも長く焦らされるような時間にはなりませんでした。

 ビー、ビー、と、電子的な警告音が響きます。その音は、私の胸部から腹部に掛けての位置にある、コックピットから響いた、精神攻撃感知のアラーム音でした。

 既に疑似思考空間は展開済です。私はその空間に侵入した者があることを知覚しました。想定通り、私の脳波干渉に対するインターセプト機能が働いたのです。

 私はその空間で、侵入者と対峙しました。そこでの私の姿はイメージに過ぎませんが、せっかく皆さんが衣服まで用意してくださったので、そのままの姿のイメージで、疑似思考空間に自分のアバターを投影しました。

「何だ貴様は。何処だここは。何が起こった」

 侵入してきておいて何という言い草でしょう。もっとも、本来であれば、女性を拘束した夢の空間になっている筈だったのでしょうから、驚くのも当然です。空間は真っ暗で、目の前には平然と立っている鋼のカラクリが人間よろしく服を纏って立っているのですから。

「対象が逸れたのは、まあいい。何故お前は俺の術に掛からない」

 普通であれば例えターゲットが逸れ、男性や性別のない者が対象になってしまったとして、自分があたかも女性になったように夢を見るのでしょう。私にその現象さえ起こっていないことに、目の前のものは驚いているのです。

 インキュバスは、意外に貧相な、小男のような外見をしていました。頭髪は薄く、紫の肌が不気味です。尖った尾が、魔族らしさを強調しているようでもありました。泡立つような濁った不快な声をしていて、おぞましい、を体現しているようなもののようでした。

「何故悪夢にならん」

 再度、インキュバスが言いなおします。黙っていても埒が明かないだけなので、答える義理はありませんでしたが、教えてあげました。

「それは、まあ。ロボですから」

 私にとってはこれ以上ない程の端的な回答なのですが、おそらくインキュバスには意味が分からないでしょう。それでいいのです。魔族にも理解できない何かであることを察してもらえるだけで、十分です。

「何を訳の分からないことを言っている。俺をバカにしてるのか。クソッ、何故自由を奪えない?」

 おそらく術中に嵌めようと頑張っているのでしょう。眉間に皺を寄せていることから分かりますが。

「そうやって悪夢の中で、人を弄ぶのですか。許しがたいですね」

 私からすれば、容赦をする必要がないという根拠にしか見えません。しかし、まだ状況を理解できていないのか、虚勢を張っているのか、あろうことかインキュバスは私を挑発してきました。

「だったらどうする。俺は夢の中の幻に過ぎん。殴られようが蹴られようが痛くもかゆくもないぞ」

 既に相手の術中に嵌っているとは考えないのですね。何処までも愚かしいことです。

「こうするのですよ」

 私はインキュバスの脇を、ホバー移動の高機動ですり抜け、通り過ぎる瞬間、インキュバスの幻をむんずと捕まえます。ホバーはしていませんが、現実の私も同じポーズをとっており、その手の先には、思考空間からの逆探知を利用し、特殊なフィールドを形成しています。まるでバキュームに吸い込まれたように唐突に虚空から現れたインキュバスを、私は思考の中と同じように、むんずと掴み上げました。こうなれば思考空間の中の幻には用はありません。私の思考空間から、おそらくはインキュバスの脳波であろうものを、締め出しました。その瞬間、インキュバスは気を失って白目をむきました。私の思考空間に飛ばしていた脳波を、いきなり遮断されたフィードバックに耐えられなかったのです。

 左手でインキュバスをがっちりと掴み、開いた右手で扉を開けて廊下に出ます。私が現れたことで、待機していた家事使用人の女性たちが二人とも、こちらを見ました。どちらも大人の女性です。夜更けだけに、未成年の女の子たちを立たせるつもりはなかったのでしょう。

「捕らえました」

 気絶しているインキュバスを掲げてみせ、私は廊下を進みます。使用人の女性のうち、一人だけがついてきて、もう一人は廊下を小走りに去って行きました。おそらく去って行った方は、私がインキュバスの捕獲に成功したことを、ユーラに報せに走ったのでしょう。その騒ぎが聞こえたらしく、メリッサの部屋の、隣の部屋の戸がすぐに開きました。部屋の明かりがついていて、エリーナが出てこられました。寝ていていただいてよかったのですが、心配で眠れなかったとしても、無理はなかったのかもしれません。

「捕らえました」

 エリーナにも、私は同様にインキュバスを捕まえたことを知らせました。

「まあ」

 と、エリーナの顔に喜びの色がうかびます。エリーナが何か呟くと、彼女の指先から光の粒が飛んできて、インキュバスに纏わりついたかと思うと、頑丈そうな縄に変わりました。

「魔法のロープです。精神体だけで逃げることを封じました」

 と、エリーナは教えてくださいました。私達はお屋敷内で一番広い空間である玄関ホールに移動し、その柱のひとつに、インキュバスを吊るしました。当然、エリーナが出した魔法のロープで、です。

 それが済む頃に、お屋敷勤めの女性たちが、皆追い出してきたということでしょうか、ぞろぞろと階段を降りてきました。皆、手に箒やはたき、高い窓を開け閉めする為の棒など、思い思いの長い得物をもって、鬼気迫る形相をしています。これは――しかし、私はインキュバスに同情する気持ちは起きませんでした。

 それからのことは、あまり詳しくお話するものではないでしょう。とにかく、お屋敷勤めの女性たちは、インキュバスに、たいへん腹を立てていた、ということだけは確かです。

 当然インキュバスは魔法のロープで捕らえられ、抵抗できません。一方的な滅多打ちです。私がそれ以上手を下す必要はありませんでした。

「この! よくもエリーナ様とメリッサ様を狙ってくれたわね!」

 やら。

「私達の怒りを思い知れ! 死ね! 死んでしまえ!」

 やら。

「この野郎! この野郎! クズ! クソッたれ!」

 やら。

 とにかく、女性が口にするのはどうなのかと思うような悪態を、口々に叫びながら、彼女達は、動けないインキュバスをいつまでもサンドバッグにし続けました。それだけ心配されていたのでしょう。私も、エリーナも、何も聞いていないことにしよう、そう申し合わせるように顔を見合わせるのでした。

 どのくらい時間がたったのか。

 いい加減インキュバスがぼろ雑巾のように見るも無残な姿になったころ。

「その辺にしてやってくれないか」

 不意に、お屋敷の玄関ホールに、聞き覚えのある声が響きました。

「魔界の者がお嬢さんを貶めようとしたことには深く謝罪する。あとはこちらで罰したい。引き渡しにどうか応じてもらえぬだろうか」

 見れば、やはりデューンでした。魔族がおいたをしたわけですから、出てきたとしても、確かに不思議はありませんでした。

「ここに至るまでに、こちらで発見できなかった、こちらの不手際にも、心から謝罪する」

 女性たちの間に、誰、という困惑が広がります。魔女であったエリーナには、その人物が何者かすぐに理解できたようですが、いきなりの大物の登場に、呆気に取られているようでした。

「魔族の王だそうです」

 皆さんに、私から彼が何者であるかを告げました。ええ、という驚きの声が、玄関ホールに、広がりました。


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