第四章 迷子の人型兵器、夢魔と対決する(1)
メリッサ達のお屋敷では、家事使用人達が、常時複数人住み込みで働いています。もっとも、地球の中世的な裕福、または貴族の館や城での使用人がそうであったようには、主人に絶対的な忠誠と服従を求められる、人格を否定されるような扱いではなく、雇用者とはもっと緩い関係のようでした。
彼等、または、彼女達は、勤務時間がしっかり定められていて、それ以外の時間は、比較的自由に暮らしているようでした。
メリッサ付きの人達も当然いて、指示を出す上級使用人こそ年配の方ですが、実際に身の回りの世話をする人達は、メリッサとほぼ変わらない年の、若いお嬢さんたちで固められていました。
逆に、エリーナ付きの使用人は、むしろ、年嵩の方が多く、身元がしっかりした信用のおける方々だけが選ばれているようでした。
エリーナの体調が日に日に悪くなるのを見て、私は以前彼女自身が語った、ご主人の商売がうまくいっていないことに対する不安と心配以外に理由以外にも原因があると悟るに至り、使用人の方々に心当たりがないかの聞き取りを行いました。
結果は、芳しいものではありませんでした。彼女達は一様に口が堅く、エリーナが話さないことを、噂話のように勝手に、そして、無責任に話すことはできないと、突っぱねられてしまいました。なかなか強敵です。
ただ、心配はしている様子で、本心ではエリーナ自身が本当のことを話すことを望んでいる、とは皆、語りました。となればもう本人に突撃するしかありません。ご主人が商売を軌道に乗せた時にはエリーナが病に臥せっていた、では、あまりにも可哀想というものです。私は、リビングで椅子に腰かけ、ぼんやりしているエリーナを見つけ、問い詰めました。
「エリーナ、あなたの顔色は尋常なことではありません。本当のことを話してください。本来であれば、ずっと前に倒れていてもおかしくない、そんな青い顔をしていますよ」
意外に思われるかもしれませんが、私には対人間用のバイタルチェッカー機能が搭載されています。体調具合をスキャンすることが可能です。何故兵器にそんなものが、と疑問に思われるかもしれません。しかしそれは私が外宇宙での長期間にわたる単独任務への対応も視野に入れられている為でもあります。
実際、私が円滑に、兵器に不要そうな話題にまで対応可能なデータを抱えてまで対人コミュニケーションが取れる理由も全くの同一です。ひとたび外宇宙単独任務に出れば、いるのは私と、パイロットだけです。人間のメンタルは長時間の独りぼっちに耐えられるようにはできていません。しかし、例え機体、機械であっても、話し相手がいるというだけでだいぶ違うのです。それが、私が高度なコミュニケーション能力を保持している理由です。無駄な機能でなく、必須だったのです。
また、人間の体調は一律ではなく、日によって様々です。しかし、外宇宙単独任務中は健康チェックしてくれるお医者様はいません。ですから、機体である私がやるしかないのです。すべてはパイロットが単独任務を円滑に遂行できる為に必須となる装備なのです。
話が逸れました。とにかく、私にはバイタルチェック機能があります。問題ない、と言われても誤魔化されません。私のチェッカーは明らかにエリーナのバイタル異常を示しています。それもちょっと良くないレベルでなく、危険を警告しています。このままでは、倒れるどころか、死んでしまうおそれすらある程に。
「大丈夫です。主人の斡旋業も仕事が入るようになってきているそうですし、直良くなります」
エリーナはそうおっしゃいますが、私にはそうは見えません。私は引き下がりませんでした。引き下がるという選択肢は、既にありません。今対処しなければ本当に危険だ、私のその機能はそう警告していました。
「直では駄目です。今すぐ改善の為の対処をしなければあなたは危険な状態なのです」
私が頑として納得しないと知ると、
「メリッサの……為なのです。ここで私が、やめる訳には……」
エリーナは重い口を開きました。やはりまだ原因があったのです。そうでしょう。私はエリーナの言葉に納得しかありませんでした。
「詳細をお聞かせください。力になれるかもしれません」
外宇宙の危険には、狭い常識に拘っていては対処できません。私には多種多様の攻撃能力、防御能力があります。問題の種類によっては、エリーナの問題を取り除くことに、そのどれかが役立つかもしれません。聞いて無駄にはならない、私は確信しておりました。
「このレムラーラは、ご存じだとは思いますが、魔法王国です。わたくしも、この家に嫁ぐ前は、森の塔に住む魔女でした」
前置きとして、エリーナはそんなことを教えてくださいました。つまりは、自分も魔法が使える、とおっしゃりたかったのでしょう。
「わたくしの魔法は、魔界であるリ・イクスに通じるものです。ですから、あの子が……狙われていることにすぐに気付いたのです。狙っているのは、おそらくは夢魔。インキュバスと呼ばれる、魔界のものです」
どうやらそれだけではなかったようです。私は自分の浅はかな早合点を言葉にしなくて良かったと考えつつ、エリーナの深刻そうな言葉にそれは態度に出しませんでした。
「……それで、わたくしはあの子を守る為、眠る訳に、いかないのです。わたくしがあの子が眠っている間に夢を見ないよう、守っていなかったら、とうの昔にあの子は夢の世界に囚われ、最終的にはその身すらも魔界へ堕とされていたでしょう。なんとか魔術で誤魔化してはいますが、目に見えてあなたにも分かるのであれば、そろそろ限界が近いのかもしれません」
気持ちは分かりますし、必要なことだったのでしょう。しかし、生身の人間がたった一人でずっと対決し続けるのは無理というものです。私は思わず声を荒げてしまいました。
「そんなことを続けてはあなたが死んでしまいます! 一睡もされていないのですか? 毎日ずっと?」
人間は機械ではありません。二四時間三六五日無休養で動き続けられるようにはできていないのです。体はその魔術という便利な技術があれば保てるのかもしれませんが、そんなことをしていれば、体よりも先に精神を病み、心が死んでしまいます。そんなことに耐えられるようには、人間の脳は、もともとできていないのです。
「精神攻撃ですか」
精神、つまり脳波に干渉する攻撃は確かに存在します。それは強力かつ無慈悲なもので、その非人道的な技術の地球人類間での戦争での使用は、国際条約で禁じられています。ですが、配備自体は制限されておらず、それはつまり、外的脅威に対抗する必要性により認められているからなのです。
かつて地球人類の宇宙軍もその攻撃に晒され、幻覚を見せられる、四六時中囁き声が頭の中で響くなどの症状に苦しみ、大きな被害を出したことがあるそうです。結局それは外宇宙の敵性異星人の攻撃だと分かり、その攻撃のメカニズムが急ピッチで研究、解析された結果、それからは、宇宙軍の機体には、対脳波干渉用のキャンセラー及び、カウンターアタック用の機能が標準装備されるようになりました。私にもその機能は当然装備されています。
「逆に反撃することは難しかったということでしょうか」
そこが気になりました。根本的な対処に至っていないのは、相手が強力なのか、それとも。私の機能にも限界がない訳ではありません。エリーナの代理を申し出て、駄目でした、という訳にも参りません。
「そうですね。わたくしとて、夢に引きずり込まれ、虜囚とならないとも限らない人間であることに変わりはありません。わたくしが敗れればあの子を守れる人間がいなくなってしまいます。後手だとは分かっていますが、踏み切った賭けに出る訳にはいかなかったのです」
その通りかもしれません。勝てる見込みが不明なうちは、リスクを避けなければならなかったことは理解できます。しかし、このようなその場しのぎの対処ではいつか限界が来ることも理解されていたことでしょう。もっと早くに他の方を頼ることはできなかったのでしょうか。
「それでも、おひとりで抗うべきではありませんでした。それはメリッサを危険に晒しかねなかったあなたのミステイクではあります。心身の疲弊であなたが倒れてしまえば、誰もメリッサに迫る危機に気付かないおそれすらあったのですから」
しかし、運が良かったと言えましょう。
「しかしまだ遅くはありません。幸いなことに私もその危機について認識を共有しました。私も、メリッサの為に共に戦いましょう。幸い、私にも、そういったことの為の能力はございます」
反撃するかしないかは、その時になってみての状況を見ての判断と致しましょう。とりあえず、メリッサに対しての、外部からの脳波干渉をインターセプトするところからです。
「その悪夢は、メリッサの代わりに私が受けましょう。相手の力量も同時に探ってみます」
私は、そう、申し出ました。




