第三章 迷子の人型兵器、初仕事に出掛ける(3)
ひとまず、小屋は無視することにします。圧倒的な火力で、掠め鳥を制圧、殲滅する、それがもっとも効率的に、そして、余計な犠牲を出さない方法だろうと、判断しました。モンスターというものは、私の世界にはいませんが、それでも命を奪うという重さは、兵器である以上、十分理解しているつもりです。勿論、保護している彼等が、激高して私に後先考えずに襲い掛かってくることは十分にあり得ます。しかしそれは、殺す対象が、一体であろうが、一〇体であろうが、一〇〇体であろうが、変わることはないのです。冷たい言い方をすれば、中途半端が最も問題があり、そして、駆除を請け負った以上、私には、掠め鳥を殺さない、という選択肢はすでにないのです。
「じゃ、お手並み拝見っと」
私の提案に、デューンは目を輝かせ、私に任せると同意しました。出来るのか、とは聞かれませんでした。言うからにはできるんだろう、という明言はしないものの、確かな圧力を視線に感じます。彼からすれば、大事にせず、すべてを駆除する方法は思いつかないことで、それだけに、どんな技術を私が使うのか、とても興味があるといった風です。流石魔族の王と言ったところでしょうか。貪欲な知識欲を隠そうともしません。
「私もあなたを見なかったことにするので、あなたも私を見なかったことにしてください」
一言断ってから、ターゲットの駆逐準備に入ります。
「りょーかい。なんか、鳥から人になったのも、見なかったことにしとくねェ」
どうやら先回りしていたようです。デューンに何故私がこの場所に来ると分かったのかと、一瞬疑問を覚えましたが、一人だけ商会と私以外に、私がこの仕事を受けたと知り得る可能性がある人物がいてもおかしくないことに気付きました。しかし、商会で明かされなかったということは、クライアントの情報は、請負人に開示の必要がない限り、クライアントと商会の間だけの秘密とされているのでしょう。であれば、私から直接彼に確かめるのも、好ましいことではないのでしょう。
「始めますので、窪地に入らないでください。誤射のおそれがあります」
警告をして、火器管制システムのロックを解除します。所謂戦闘モードという状態です。
エネルギーブラスターのモードをエネルギーマシンガンにセット。
エネルギーマシンガンのモードでは、ホーミングはありませんが、ロックオン自体は可能で、偏差射撃(相手の行動から着弾タイミングでの位置を予測して、その位置へ射撃すること)もシステム的に行うことができます。また、一発当たりの威力は控えめになるものの、一分間に三六〇〇発のエネルギー弾を連射する、最も連射速度が速い弾種です。弾速は、一発ずつエネルギー弾を発射する、狙撃用のライフル弾には一歩譲りますが、近距離戦で高速で動くターゲットを撃ち抜くには十分な初速を備えています。
ブースター点火。大気圏下での、人型形態での飛行も可能ではあり、速度こそ出ませんが、三次元的な機動性は、飛行機形態よりも勝ります。空からの拠点制圧や小型のターゲットには、このまま飛んだ方が、戦いやすいのです。
そして、窪地へと続く、断崖の切れ目の間を抜けながら、私は、哨戒部隊のように旋回する掠め鳥たちに、銃口を向けました。
――それから、約五分後。
その頃には、私の前には灰色や紫といった肌の、男女複数人が座り込んでいました。総勢で一五人。多いとも少ないとも言えません。当然、死傷者は出していません。そのような粗忽な真似は、私も致しません。周囲には掠め鳥の姿はありません。非常にもろかったらしく、エネルギーマシンガンの弾でさえ、直撃しなくても溶けるように消えて行きました。ひょっとしたら、死ぬと消えるのは、魔生物の特性なのかもしれません。
「お見事」
満足そうに、デューンが歩いてきます。私の前で座っている魔族たちには、既に抵抗の意志はありませんでした。ついでに、彼等が拠点としていた小屋も残っていません。彼等に全員出てくるように警告した後、エネルギーブラスターをライフルモード、つまり通常弾にセットして撃ち抜いて消したからです。
魔族たちに、無駄な抵抗をしないようにさせる為の威嚇射撃でした。木製の小屋ひとつくらいであれば、弾そのもののエネルギーと、余波の熱で蒸発させられます。
それを見て、抵抗できる相手ではないと察したようで、魔族たちは私に対して攻撃はしてきませんでした。
「さてお前達。俺の顔は覚えているよな?」
まだエネルギーブラスターを構えている私の右に並び、デューンが冷たい目で、彼の同胞たちを睨みつけます。
「魔王……」
投降した者達の誰かが呟くように言いました。ここに至り、自分達が『詰んだ』ことを悟ったのでしょう。とはいえ、私が考えていたのは、どうやらデューンが魔族の王というのは自称ではなく、本当のことらしいということでした。
「お前達も、人間と魔族の間で不可侵の約束を交わしているということは知っているな」
私に向けた態度とは全く違う、毅然とした口調で、デューンが告げます。魔族たちは項垂れました。
「お前達は掠め鳥を保護しているだけのつもりだろうが、実際に荷馬車に被害が出ている」
彼は淡々と言葉をつづけました。その抑揚の少ない冷静な喋り方が、かえって彼の怒りをひしひしと感じさせました。
「人間達に、約束の順守の姿勢を明らかにする為にも、お前達を容赦することはできぬ」
堅苦しい口調でありながら、それはデューン自身の言葉だと、知ることはできました。本当は同族を断罪などしたくないという気持ちが、見え隠れしていたのです。
「掠め鳥は人を殺すような危険な生物ではない。だが、害がないという訳ではないのだ」
実際に被害が出ている以上、むやみな飼育行為は、許されることではない、それは間違いないです。それは人間の害になるだけに留まらず、掠め鳥の為にもならない。結果が、すべての掠め鳥の駆除となったのも、仕方ありませんでした。
「今回の件は、我から、レムラーラ王国に対して正式な謝罪は行っておく。当然ながら」
と、デューンが額を抑えます。
「レムラーラ王国はお前達に厳罰を要求するだろう。我はそれに答えねばならぬ」
――ただ。
「レムラーラ王国が、お前達の心情を慮り、温情を要求してくるのであれば、また然りだ」
そうなるでしょう。勿論、商人達がどう考えるか次第です。それにより、女王セフィスの判断も、変わるのでしょう。とはいえ、すべての掠め鳥の殺処分だけでも、十分すぎる程の命が失われたという見方もできます。
フェース・イクスの侵略の意図が彼等にあったのであれば別ですが、そうではないことも明らかです。ただ、飼育の方法があまりに自然任せで無責任だったという話です。だから、生命をもって償う程のことにならなければ良いと、私は感じます。とはいえ、それは私が口を出す類のことではないでしょう。私の仕事は終わりました。あとは報告するだけです。
「いずれにせよ、我としては、レムラーラ王国からの要求を拒否することはできぬ」
と、デューンは私を見て複雑そうに笑いました。
「こんな者をフェース・イクスから報復として差し向けられてみろ。リ・イクスが滅ぶ」
私を評して、彼は言います。ある程度、私のことは見定めたと言いたげでもありました。
「掠め鳥を一網打尽にした、容赦のない猛攻と、迷いのない殲滅戦で我も確信した」
――と。
「それが任務であり、拝領したとするなら、この者は容赦なく我等を狩り尽くすだろう」
それは、間違っていません。ただ、そんなことにならないことが理想だと思うだけです。
「勿論この者自身、喜んではすまい。だが、そういう状況になれば、感情を殺すだろう」
そして、彼は、魔族たちに視線を戻した。
「そういう者は双方の世界に少なからずいる。なればこそ、そういう者が、そういう任務を拝領する事態を引き起こしてはならんのだ。お前達はそれを起こしかけた。分かってくれ」
王たる者の矜持でしょうか。彼等が憎くて捕えに来たわけではないのだということを、デューンは明らかにしました。それが効を奏したのでしょうか。魔族たちは、誰一人抵抗することなく、送還されることに同意しました。戻れば多かれ少なかれ罰せられることは理解しているでしょうに、逃げ出す者も、現れませんでした。
転移魔法でしょう。デューンは地面に魔法陣を出現させ、魔族たちを何処かへと送ると、魔法陣が消えたあとで、私に頷きました。
「ありがとうな。助かったよ! 掠め鳥は、まあ、仕方なかった。あれでいいよ。魔族をひとりも殺さなかったしね。仕事を受けてくれたのが、アンタで良かったよ。難しい仕事を、難なくこなしてくれた。流石だなァ」
やはり、彼がクライアントだったようです。思ったより掠め鳥の数が多かった為、報酬額が高額になりそうで心配していたのですが、魔族の王なら破産もないでしょう。
「またなんかあったら、依頼するよ!」
デューンは、そう言って、姿を消しました。




