第三章 迷子の人型兵器、初仕事に出掛ける(2)
街から十分に離れてから、飛行機形態に変形します。デューンは私がミーングノーブを出るまでは観察していたようですが、流石に街の外まで尾行を続けることはありませんでした。
私の尺度では、北嶺の腕は非常に近いです。人の足では五日以上かかる距離も、空を飛べば五分とかかりません。これぞ文明の威力と言ったところでございましょうか。
さて、戦場へと急行した私のカメラアイが見たものは、聞いていたよりも深刻な状況でした。確かに掠め鳥が群れを成しているのもすぐに確認できたのですが、どうやらその鳥を飼い慣らしている者達が居ることを物語る、乱雑に木材を組み合わせた、テントのような建物が幾つか確認できたのです。
北嶺の腕は、高い断崖絶壁に囲まれた狭い盆地で、南方に狭い開口部があるだけで、他の方向からは、人の足で踏み入れそうにはない地形になっていました。水没していれば、丁度湾内の内海のような場所、と申せば分かるでしょうか。
樹木は生えておらず、灰色の岩肌が露になっていて、大小さまざまな岩が転がる場所で、そのほとんどを抱き抱える断崖の岩肌が、成程落石の多さも納得させる様子です。
その奥まった場所にテントは建っており、その背後の岩壁に、張り付くような足場と、足場を繋ぐ梯子がありました。その足場の先に、大きな鳥の巣が幾つも見受けられます。おそらくあれが掠め鳥の巣なのでしょう。
空には、ローディル商会でお聞きした特徴を持つ鳥が、まるで哨戒機のように旋回していました。おそらく縄張りを守っているのでしょう。
殲滅は容易いですが、どのような者達が掠め鳥を飼育しているのか、どのような目的があるのかを確かめるべきでしょう。裏で手を引いている黒幕がいるリスクも考慮に入れておかねばならないかもしれません。
光学迷彩モードなど、潜伏向きの機能があれば良かったのですが、生憎私にはそう言った方面の機能はありません。威力偵察であればできますが、今回の場合、それでは意味がないことは明らかです。
私はひとまず様子を窺う為に、窪地の外で人型に戻り、着地しました。さりとて、どうしたものでしょうか。こっそり近づこうにも、私はとても目立つのです。
「どうしたィ。お困りかな?」
思案していると、背後から声が掛かりました。聞き覚えのある声です。振り返るまでもなく、デューンだと、私には分かりました。
「どうしてここに?」
「そりゃま、アレをどうにかしたいからさ」
その仕草は私の視界内ではありませんが、彼が顎で示したのは、私も気付いた崖に造られた、掠め鳥の巣へ続く足場でした。
「何者ですか」
聞いておいた方が良いでしょう。今回は、私も適当な対応はせず、彼にしっかりと対応することにします。
「アンタよりは……普通のつもりだけどォ?」
彼が低い笑いを漏らします。間違ってはいません。テラ・イクシオスでは、私が普通でないのは疑いようもない事実です。
「ま、いいや。俺のことよりアイツらだよ。アンタが知りたいことは、知ってるからね」
「というと?」
胡散臭いのは確かですが、今は情報を得ることの方を優先すべきです。私は少年の素性を詮索するよりも、ターゲットの情報を得る事に徹することに決めました。
「アイツらは……そうだなァ……一種の、自然保護グループだよ。大分過激な方のねェ」
デューンの言い方で、凡その実態は理解できました。自然を破壊する人間は死ね、と公言する手合いでしょう。
「それで、あなたの要求は何でしょう?」
ここまで来たということは、デューンにも何か目的があるということに違いありません。私が行う駆除と折り合いがつかない目的でないかを、確認しない訳にはいきませんでした。
「できるだけ……アイツらを殺さないように、無力化できないかな?」
それに対する、デューンの返答は、予想外のものでした。どうやら、自然保護グループとやらのお仲間、という訳ではないようです。
「連中を拘束したいんだ」
とのことでした。
「何者ですか」
もう一度、私はデューンに問い掛けました。何の理由があって自然保護グループを捕縛したいのか、少々疑問に感じます。警察組織の者には見えませんし、軍人にしては服装がラフすぎます。まさしく正体が見た目から想像できませんでした。
「まァ……なんていうか。連中が、人間共に見つかるとちィと困るモンだよ」
要領を得ない答えです。要点が暈されては、私には状況が掴めません。
「私はテラ・イクシオスの事情に疎いので、はっきり言っていただかなければ分かりかねます」
「そりゃ、分かるけどさ。人間でも、魔族でも、自然生物でも、魔生物でもない。魔機に近いけど、魔力も感じないもんね。まったく別の何かだろうけどさ、そんなおかしなものが昔からあるなら、俺が知らない筈がないんだよねェ。どっから迷い込んできたか知らんけど、異界の者ってのがしっくりくるのかな」
そう言ってから、デューンは考え込み、再度口を開いた時には、正直に話した方が、問題が解決しやすいと認めた顔をしていました。
「俺、デューンレクト・デルムゴーズ。今は目立たないようこんなナリしてるけど、普段は魔族の王をやってる。つーかさ、部下にはこんな話し方してるのも内緒ね。頼むよ。本当はこれが素なんだけどさァ、それっぽく作っとかないとどやされんだよ、キュークツなことにね」
「はあ」
唐突の展開で、何と言って良いか、反応に困ります。そもそも人間、魔族、自然生物、魔生物、魔機等と名称を並べられても、人間や自然生物は兎も角、テラ・イクシオスではどういう立ち位置のものになるのか等、該当の情報が、私にはまるでありません。
「あー、そっか。何も知らん訳かー。そりゃマズいなー。直、問題になる。絶対ね。それなら、アレを片付ける前にちょっとだけ俺に時間をくれん? 軽く説明してやるよ」
これは聞いておいた方が良いでしょう。私は彼の親切に甘えることにしました。おそらく、常識ではあるのでしょうから。知らないでは済まされない類の情報だと判断しました。
「よし、話が分かるねェ。いいコだいいコだ」
彼もウンウンと頷き、早速のように説明を始めます。まず、それぞれの言葉の意味より先に、テラ・イクシオスの世界について教えてくれました。
「その分じゃ、このテラ・イクシオスがフェース・イクスとリ・イクスの二重構造だってことも知らんのだよね? そっからかな。今、俺達が居るのが人間と自然生物の世界、フェース・イクスだ。一方で、俺達魔族と魔生物の世界があってね、リ・イクスってゆーんだ」
何となく理解できてきました。要は、ファンタジー等でよくある、人間界と魔界のようなものでしょう。
「そうすると、自然生物は、牛や熊、雀や鷹などといった、所謂鳥獣や海洋生物などの、こういう表現が適切かは分かりかねますが、普通の生物で、魔生物というのは、所謂モンスターなのでしょうか」
「理解が早いな、意外に博識なのか。で、魔機ってのは、ゴーレムなんかの類、魔法で命を吹き込まれた造られた生物のことだ」
デューンは合っていると頷きました。さて、となると気にかかるのが、人間と魔族の関係でしょう。困る、という言い方からある程度想像はつきますが。
「人間と魔族の関係は確かに良くはない。だけど、お互いにお互いを侵略する意味も意思もない。人間はリ・イクスの闇の中では気が狂うし、魔族の多くはフェース・イクスの昼の明るさに耐えられんからね。互いに侵略するメリットがない訳さ。だから、本来不可侵の関係な訳ね。ところが、問題が一つある。魔生物って奴は、一部フェース・イクスにも住んでるってことだ。人間達にとって、魔生物は迷惑もので、駆除対象だ。それが魔族の一部にとっちゃ面白くない。何故って、知能が高くない魔生物は、魔族にとっちゃ、フェース・イクスにとっての、自然生物と同じようなモンだから、可哀想ってね。だから、保護しようと世界を超えちゃう連中も現れる。当然、そりゃ不可侵の約束のライン超えの行為だ。魔族としても、人間としても、利益にならない不毛な戦争にはしたくないけど、大っぴらになれば、人間としちゃ泣き寝入りって訳にいかなくなるだろ? だから、そうなる前にふん縛ってリ・イクスに強制的に連れ帰る必要があるって訳。それが両方の世界の平和の為なんだ。理解してもらえたかな?」
つまり、ここにいる者達は魔族で、いる筈のないもので、いてはいけない筈のもので、いなかったことにしなければならないものという訳です。私も納得しかありません。
「協力しましょう」
それ以外、選択肢はありませんでした。
「ヒュー、助かるゥ」
デューンもほっとした笑みを浮かべます。
「でも実際、どーする? なるべく、騒ぎになるような大規模破壊は避けたいんだよね」
そうでしょう。それでいいのなら、おそらく彼にもできるのでしょうから。
「対処される前に掠め鳥を全滅させます」
それが確実だろうと、私は判断しました。




