第一章 迷子の人型兵器、お嬢様との出会い(1)
唐突ではありますが、こうなった経緯は割愛します。異空転移ドライブシステムの初テストの事故で、次元ジャンプ現象が起きたなどという経緯をつらつらと語っても、おそらく楽しい話ではありますまい。
とにかく、新型のシステムにテストに失敗し、どうやら私、『世界』を超えてしまった模様です。おかげで、現在、たいへん、本気でたいへん困っております。
見たところ、文明レベルは中世的な発達度合と言ったところでしょうか。おそらく高度な科学技術は有してはいないでしょう。
それにしても。
なぜこういう時って、こう、なんと言ったらいいのか、トラブルを真っ先に見つけてしまうのでしょうね。山賊に襲われていたらしいお嬢さんを助ける為に割って入ったまでは良かったのですが、反撃して良いものか、目下のところたいへん迷っております。
新型のシステム、などという言葉で聡い皆様にはお察しいただけるでしょう。何を隠そう、私、彼等とはたいへん技術レベルのかけ離れた、所謂、戦闘ロボです。人型ロボット。人が乗り込んで三次元戦闘をするタイプの人型兵器。
どちらかというと高機動戦闘を重視した、曲線を多用したボディーは、セルリアンブルーをベースに、細部はセレストブルーで彩色されており、要するに鮮やかな青系統のカラーリングがされています。ヘッドは人型の頭部から大きく外れることがないヘルメット型で、バイザー型のアイカメラ部の内側には、自慢の四列一六基、計六四の、それぞれ独立して動作する小型アイカメラが並び、視界を広く確保しているだけでなく、高速飛行体から超小型の低速歩行体まで幅広く、余すところなく的確に捕捉、追跡することができます。
背中には可動域の狭めの推進用メインノズル四機、その両サイドに可動域の広い、方向転換用小型ノズル三機ずつ、合計六機を備え、あらゆる方向に、姿勢を崩すことなく、迅速に移動することを可能にしております。また、両足のふくらはぎの部分、および、両肩アーマーには姿勢制御用の電気力学式のテザー推進器を備え、こちらはその性質上、内蔵されているパーツのみで構成され、外観からは存在を確認することができません。これらの装備が、私の高機動戦闘能力を支えてくれる訳です。また、推進システムにはブースター部分の上部横に二対の翼状のスタビライザーがあり、飛行安定性が確保されています。
武装については、手持ちのライフル型エネルギーブラスターを通常攻撃手段として持ち、両腰のマウントポイントに一対のエネルギーソード発信機を近接兵装として備えております。また、両腕の甲部分に小型の誘導兵装、ハンドミサイルを各二門ずつ備え、総弾数は多くないものの、高機動三次元戦闘では、大いに活躍が見込まれています。
また、これからの兵装は私と同種の機動兵器や航空機、戦闘車両などの小型兵器に対しては有効な兵装でありつつ、一方で母艦や大型の機動兵器、要塞兵器などには大きな効果が見込めない為、それら、低速高耐久の敵兵器を攻撃することを想定した、一撃必殺の大口径キャノンである反物質砲、アサルトイレイザーを背中のブースター部分の上部から展開可能となっています。他にも、本来であれば拡張兵装が装備可能なのですが、生憎、現在は装備されていないようです。出来れば自律型の攻撃防御デバイスである、ソルジャー・ビーもあれば便利だったのですが、ないのが残念なところです。
それと、装甲に関して。
私の高速戦闘用である為、物理装甲は、人型兵器としては薄めの部類に入ります。ですが、私には、その短所を補いつつ、大気圏内での飛行の際の空気抵抗も減らすことができる、ナノマシン散布式のバリア装甲が採用されています。これは被弾時のダメージコントロールに利用されるだけでなく、機体ダメージ個所を修復するシステムとしても動作します。
簡単に申せば、私は高い機動力と、高い防御能力、汎用性を確保する為の各種武器があると、理解いただければ問題ございません。
勿論それらの装備すべてのパワーを確保するには大出力、高効率のエンジンが必要になり、それは即ち、エンジンシステムでは燃料をドカ食いして継続戦闘能力を大きく削ぐ欠点となります。しかし心配ご無用。何故なら、内部燃料式ではない為です。詳しい仕組みは軍事機密となる為に説明できませんが、外界から燃料を絶えず取り込んでいる、ということだけ理解いただければ結構です。推進剤や推進燃料も、水さえ補給できれば問題ありません。
大幅に話が逸れました。申し訳ございません。とにかく、私を頑張って攻撃している山賊の皆さんの、短剣や粗末な弓を幾ら身に受けても私の身に傷がつくことなど一切ない訳です。また、幸い、テストはパイロットなしの無人状態で行われましたので、人間を一緒に連れてきてしまったなどということはありませんでした。こうして状況を説明している私は、正真正銘、機体自身なのです。私に搭載されたコンピュータはたいへん優秀なので、自律行動、コミュニケーション共に問題にならないことは幸いでした。
また、通常ロボとは補給やメンテナンス無しでは稼働できないものではございますが、私はもともと外宇宙で運用されることを想定された設計がされておりますので、例えば数百年単位の、あまり長時間では流石に問題が出ますが、数年単位の単独状態でも稼動できる設計になっております。私を開発してくださった工廠も、たいへん優秀な技術を持ち合わせておられるのです。幸いなことです。
ただ一点だけ不調がございます。本来全高二〇メートル弱の私でありますが、次元ジャンプ現象の影響でどうやらナノマシンシステムがエラーを起こしているようで、二メートル弱までコンパクトになってしまいました。人間大ですね。所謂ご都合主義という奴にも思えますが、得てして変な現象というものはそういうものなのでしょう。そう納得しておくことに、一旦致します。
そう、それどころではありませんでした。ずっとカキンカキン無駄な努力を続けている山賊達をどうにかしなければいけませんでした。……と、おや。一本剣が折れたようです。そろそろ諦めてほしいものです。
人数は五人。折れた剣を持っているひとが一人、折れていない剣を持っているひとが二人、弓が二人。庇ったお嬢さんは私の後ろで縋りついておられます。どちらも人間の方々のようです。どうせなら異種族の方が混ざっていれば嬉しかったのですが、そこまではうまくいかないもののようです。
さて、本当にどうしたものでしょう。山賊とはいえ、相手は生身の人間です。鉄製の鎧さえ着ていません。ミサイルをぶっ放してよいものでしょうか。それともエネルギーブラスター? エネルギーソードで斬り結べばよいのでしょうか。どれも一八歳以下には見せられない、よくない光景になりそうです。困りました。殴打用のナックルガードも標準装備しておりますので、拳で戦うこともできますが……結果はたいして変わりますまい。
「あの……攻撃、できないの?」
私の背後に隠れたお嬢さんから、そんな声が上がります。実のところ何度か話しかけられてはいたのですが、生憎私の知らない言語だったため、つい今しがたまで何を言われているのかさっぱり理解できていませんでした。漸く自己学習が終わり、何を言われているのか、理解できるようになった模様です。
「大丈夫? ものすごく、その、攻撃をまともに食らっているみたいだけれど」
どうやら心配してくれているようです。良いお嬢さんです。となれば山賊の方々は相当悪い方々でしょう。悪い方々だから山賊などされているのでしょうか。
「あー。お嬢さん。私は大丈夫です。ですが、私が攻撃すると、最悪、彼等を蒸発させてしまいます。そんなことをして、果たして良いものかと」
また一本剣が折れた音がしました。いい加減諦めていただければ良いのですが、人間らしく学習してほしいと思うのは高望みなのでしょうか。
「大丈夫って……お強いのね。それともお召しの鎧が頑丈なのかしら。ともかく、彼等は討伐手配書が出回っているほどの、この辺りでは人々を脅かしている山賊の一味よ。可能であれば倒してしまって。どうかお願いします」
あー、これはあれですね。戦闘ロボットの外装のメタルボディーが鎧の騎士様に見えるとかいう話に聞く奴ですね。まあ、良いでしょう。訂正している場合でもありませんし、ここは乗っておきましょう。順応性は大事です。世界から浮きまくって良いことは何もありません。
「アサルトイレイザーを使います」
ここは手早く片付けましょう。最大火力で一掃することを、私は選択します。
「待って。よく分からないけれど、待って」
――止められました。確かに若干過激だったかもしれません。対艦、対巨大機動兵器用の反物質砲を対人に使うのは、考えてみれば確かにやりすぎかもしれません。行動が極端になってしまったことは、反省すべき点です。仕方ありません。まとめて倒すのは諦め、一人ずつ、山賊に対処することに致しましょう。