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ピノキオ  作者: 神千代
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アツシ

先日インターネットで注文したペットの留守番見守りカメラが届いた。

ワンルームの間取りは、どこに設置しようかと迷う必要がない。

部屋全体を見渡せる出窓に設置し、一応、プライバシーの問題があるかもしれないと、ケイにもその旨を伝えた。


「おー 」


ケイの関心度はかなり低いようだ。


言動は人間そのものだが、恥じらいや怒り、嫉妬などは持ち合わせていないのだろう。


「感情がないってどんなんだろ・・」


胸や尻に触れさせると敦史は喜ぶ、などということはデータとしてインプットされているようだが、触れられた時に自分はどう感じるというような感触に付随する感情はなさそうだ。

敦史はケイの首や脇腹をくすぐってみた。体温を模した温度は伝わってくるが、ケイ本人は無反応である。そして、自分をくすぐっている敦史を見て無表情のままこう言った。


「オマエなにやってんだ?くすぐって笑えるのはガキんちょだけだろ。思春期以降はトラブルのもとになるから原則やってはいけない事項のひとつに入ってるぞ」


間違ってはいない。

だが、デフォルトの口の悪さの一方で、トラブル回避のための強めの危機意識はなんだか釣り合っていないように思えた。

ピノキオ社の少し偏った方針はいったい誰が指揮をとっているのだろうか。

敦史は背後にあるピノキオ社の謎を要所要所で間接的に感じるのであった。


「そうだ、ケイ、今日映画見に行かない?」


敦史はスマホ画面を忙しくスクロールしながら言った。突然のくすぐりの後の話題に、ケイは動じることなく「あぁ いいぜ」と即答した。そもそもアンドロイドに都合の良いも悪いもなさそうだが、完全にケイを一人の人間として扱っている敦史にとっては、ケイの意思確認は自然なこととなっている。


「今日さぁ 映画館のハッピーカップルデーでさ、前々から行ってみたかったんだよ。通常ひとり2000円が、1500円になるんだよ!お得じゃん?」


嬉しそうに語る敦史を横目に、カップルとしてケイを連れていけば割引価格であっても2人分の3000円かかり、ひとりで通常価格で観に行けば2000円で済む。果たしてそれは得なのか?と疑問視するケイの隣で、姿見の前で来ていく服を合わせる敦史は恋する乙女のようであった。



みたかった映画というのはベタな恋愛モノだった。高校が舞台で、演技が売りではないアイドルを起用した、ストーリー性よりもビジュアルを重視した作品である。


「オマエ、こんなキャピキャピしたやつがいいのかよ」


そんなケイの軽蔑の眼差しなんぞ、なんのその。

敦史はパンフレットを広げお目当ての俳優の写真にうっとりしていた。

ケイが覗くと、「この谷マイカちゃんがツンデレでかわいいんだよー」と口をぷちょぷちょ鳴らして言った。あまりのキモさにケイがドン引いていると、「あ、でもね、このお相手俳優の片桐アツシってのもかっこいいんだよねー」とページをめくってみせた。「こんな青春時代だったら毎日楽しいんだろうなぁ」と羨ましげに同名の俳優を眺めていた。


「オマエ…こっちのアツシになって、この見てくれだけのマイカっていうヤツとイチャコラしたいんだろ」


そのままズバリを言われて敦史はうすら笑いを浮かべた。それから敦史は遠い目をして妄想に入っていった。


敦史はアツシになりたいのか。どうして人間は自分よりも他人の方が幸せだと思うのだろう。嫉妬の心を持たない自分には到底わかり得ないことだとケイは分析した。


上映中、人間というものは実に騒がしい。声高らかに笑ったと思えば、演者と似た表情で泣いてみせる。自分ではない他人の人生に何故そんなにも入り込めるのだろうか。ケイは演じられた言動よりも、それを観ている観客、つまりは敦史の表情のデータを収集していた。


(コイツ⋯自分のことよりも作られた話の方が感情が動いているんではなかろうか⋯。)


隣で号泣する敦史を冷静な目で見ながら、人間の面倒くささを感じ取り、アンドロイドでよかったという結論に落ち着いた。


鑑賞後、敦史は恋する乙女続行中で、ハンカチを握りしめ残りのポップコーンを頬張っていた。


「いやぁ かわいかったなー てかふたりとも美し過ぎ!」


余韻に浸りながら、最後の一粒を摘み上げ、


「どんな姿になっても、キミがキミでいる限り、ボクはキミを想い続けるよ」


と、恥ずかしげもなく映画のワンシーンをキメ顔で演じた。

目の前の摘まれたポップコーンと敦史のキメ顔にケイは動じることなく、「そろそろ帰んぞ」と安定のローテンションだ。

そんなケイのスルーをもM的な敦史は糧にして、「はぁ~い」と甘ったるい声で応えた。


映画の余韻を未だ引き摺るがゆえ、ケイの外見はいつの間にか主演の谷マイカに変わっていた。

いつ何時、有名人に変えられるか分からないため外を出歩く時のケイは芸能人ばりに変装している。


そして今、それが逆に周囲の目を向けることとなった。


「あれ、谷マイカじゃない?」


周囲がざわつき始めた。


「敦史、オマエ゙ッ バカッ」


ケイは夢見る敦史の腕を掴み、足早にエスカレーターを駆け下りた。いつも以上に深く帽子を被っての移動のため視界がかなり悪い。エスカレーターの右側に少しはみ出た荷物に敦史がひっかかり、ケイ諸共エスカレーター下に落下した。宙を舞いようやく現実に帰ってきた敦史は叫び声を上げるまもなく「ウギャッ」と鈍い声を発した。仰向けに倒れショッピングモールの天井を数秒見つめた後、背中にゴツゴツとしたモノを感じた。


「ケイッ!!」


「オイッ 早くどけっ」という乱暴な言葉が聞こえない。敦史は飛び起き、床面に視線を向けた。背中に感じたモノは本当に「物」であった。ケイがケイになる前の状態、マネキンがバラバラに散っていた。


「あ…あああ…」


敦史はバラバラになったケイ、いまやマネキンを掻き集めて腕や首をくっつけようと試みた。


「ケイ!ケイ!」


手が震えてうまくパーツがはまらない。


「あの、大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」


バラバラのマネキン相手に取り乱している敦史に、不思議そうな眼差しで警備員が話しかけた。


「あ、あぁ、あの、ケイがっ…彼女がっ…」


気がつけば周りには人だかりができていた。


「このマネキン、どこのお店の物ですかね?エスカレーターから落ちるとは…」


警備員は周囲の店を回し見て首を傾げた。


「危ないのでこちらで片付けますから。お客様はお怪我がないようでしたら引き続きお買い物をお楽しみください。」


ケイを「片付ける」と聞いて敦史はハッと我に返った。


「え!あ、いえいえ、これは僕のです。なので責任もって持ち帰ります!」


エスカレーターから共に落ちたマネキンとこの男。マネキン単体がどこからか落ちてきたと考えるよりは、この男の所有物と考える方が自然ではあるが、普通の買い物客が私物のマネキンを持ち歩くことなどあるのだろうか。ひょっとするとこの男、怪しい人物なのではないか、と警備員がトランシーバーで通信し始めた。

状況が不利に働き始めたかもしれないと察した敦史は大急ぎでケイを手持ちのエコバッグ3枚に押し込み、「お騒がせしました!」と足早に立ち去った。


「えっ!あっ!ちょっとキミ!!」


ゴツゴツとした袋を担ぎ、あわてんぼうのサンタクロースの如く無様に走る後ろ姿を、やれやれという風に警備員は見送った。

その警備員の足元には、ケイのどこかしらのパーツであろう物が落ちていた。

そしてそれを掴む手があった。


「…。はい、回収に向かいます。はい、No.7です…。」





家に帰った敦史はバラバラになったケイをリビングに広げ、しばし呆然としていた。

この部屋に届いた時と同じ状態のケイだが、その頃と今とでは明らかに違う感情がある。

もとの形に戻ってしまったケイの手や顔を擦りながら「ケイィ〜」と頼りない声を連発した。

そういえばケイは生身の人間ではなかったと認識せざるを得ないほど、冷たさと硬さを感じた。あの柔らかな感触が嘘のようだ、と硬くこじんまりとした胸をもきゅっもきゅっと揉んだ。揉むというより硬すぎて掴むことしかできない小胸に敦史は顔を擦り寄せ、「ケイィ〜やだやだこんな硬いのやだぁ〜」と失われた心地よさを嘆いた。


「こんなことなら躊躇せず思う存分に触ればよかった…」


ケイへの喪失感よりもケイの肉体への喪失感が上回っている敦史の精神状態は、実年齢を大きく下回る中学生レベルであった。


日が傾き、薄暗い部屋でただ時間だけが過ぎていった。

ふぅーっ、と深く長く息を吐いた後、敦史はガシャガシャとケイを組み立て始めた。エスカレーターから落下したせいか、左肩が少し欠けている。尻にも擦ったような痕があった。

敦史は胴部を抱きしめ傷の付いた尻を優しくさすった。

ケイが届いた時と同じように組み立てたはずだが以前のように動かない。 

正確に言ったら、以前は組み立てた後に、ドラマを観ていた敦史の背後にいつの間にやら現れたので、どのくらい経ったら動き出すのかは不明であった。


「ケイちゅわぁん」


相変わらずのキモさで発したと思えば、リビング

を映している留守番見守りカメラを手に取った。

今朝取り付けたばかりだが、壊れる前のケイが映っているに違いないと、早くもケイロスに陥っている敦史はすぐさまカメラのメモリーカードを抜き取りパソコンに挿入した。

2人の留守中もカメラは回っていたようで、記録時間は10時間となっている。再生ボタンをクリックすると、記憶に新しいやり取りがおさめられていた。

数時間前の事なのに懐かしく、そして無愛想に返事をするケイが愛おしくてたまらない。


「ケイィ〜」


敦史のケイロスが進行したようだ。無意識に唇を尖らせぷちょぷちょし始めた。

「オマエ!それキモいからやめろ!」というケイの声が幻聴となって敦史の脳内に響いた。

脳内をこだまするケイの乱暴な口調にうっとりしている間に、録画映像は進み、いつの間にかバラバラのケイが床に広げられた画が映し出されていた。ぷちょぷちょさせていた口が止まり、現実に戻された敦史は「はぁぁ〜」とため息をついた。

うなだれる自分を画面越しに見た。


「ヒィッ!」


見てはいけないものが見えてしまった。

モニターの中の敦史の背後に、足が見えたのだ。

敦史の心拍が危険なまでに上昇した。

振り向くべきか、前進して距離を取るべきか。

答えは一択、臆病な敦史は震える声で「あ、そうだそうだ…」と適当な台詞を吐いて前方に這って行った。距離を取るといってもこの狭いワンルーム、3秒で家具に行く手を阻まれ早くも逃げ場を失った。


「あのぉ…」


背後から見知らぬ声が聞こえた。


「っ!!」


敦史はその場で、ちょんと触れられて丸まるダンゴムシの如く防御体制に入った。


「ボクは何も見ていない…何も聞こえない…」


呪い(まじない)のようにぶつぶつと呟く声を遮るように、


「あの、河島敦史様、ピノキオ社の神原と申します。インターホンを鳴らしたのですが、お気づきにならなかったので、勝手ながら上がらせていただきました。」


謙虚そうな話口調だがつらつらと勝手な主張を述べ不法侵入している。

だがずっと気になっていたピノキオ社の社員と接触できるとあって敦史は文句をつけることなく振り返り、その場で正座した。


薄暗い部屋で顔は判然としないが、小柄で細身、短髪センター分けの男が立っていた。マッチ棒のようなシルエットだ。


「こちらのアンドロイドNo.7ですが、故障のため回収致します。」


神原はそういうとバインダーに挟んだ紙になにやらチェックし始めた。


「ケイは修理されて帰ってくるってことですか?どのくらいかかりますか」


敦史はケイロスによる情緒不安定期間がいつまで続くのか、自分でも怖くなって尋ねた。

神原はバインダーから目を離すことなく、「そうですねぇ…2週間程かかりますかねぇ」と不確かな情報をさらりと答えた。


2週間が長いのか短いのか、敦史自身もわからなかった。ただ言えることは、もう既にケイに会いたくて仕方がない。これから2週間もケイなしで生活していくことが想像できない。敦史が不安な表情全開でいると、追い打ちをかけるように神原は言い放った。


「全てのデータが消えることもあります、ご了承ください」


家庭用ゲーム機を修理に出す際によく使われる文言だ。


「ケイはゲーム機なんかじゃないよ…」


敦史は初対面の神原の肩にしがみつき、データが消えないことを懇願するように「消える確率ってどのくらいですか!?万が一、ってことですよね?ね?」と必死の眼差しを向けた。

そんな敦史に動揺することなく、「今の段階ではわかりませんねぇ なので五分、という感じですかね」と神原はいたって平常心である。


「それでは梱包させていただきます」


神原は脇に挟んでいた段ボールを手際良く組み立て、ガサガサと一定のリズムでケイを箱に詰めていった。敦史は心の整理がつかないまま、ただその作業を見つめていた。


「それでは、お預かりしますね」


神原が段ボールを閉じかけたとき、


「ケイッ」


敦史は棺の中の人物と最後のお別れをするかのように、段ボールの中のケイの白い顔を覗いた。


「ケイィ〜」


そして床にヘナっと座り込んだその隙に、神原はビリビリっと容赦なくガムテープを貼り付けた。


「それでは、ここにサインをお願い致します。」


心を乱した敦史相手に冷静な眼差しで、先程までチェックをつけていた書類を敦史の方へ向けた。右下に署名の欄がある。敦史は促されるままサインをし、にわかに沸き起こった疑問を投げかけた。


「え、コレってなんのサインですか?」


慌てて他の部分に目を通そうとしたが、一瞬で神原に取り上げられた。


「データが復元されないことがあります、ということの承諾書みたいなものです。」


と早口で言うと、この話に終止符をうつための作り笑顔を示し、玄関へと向かっていった。

扉の前でピタリと足を止めると、「ひとつ確認し忘れていました。デフォルトのタイプですが、A、B、C、とありますがどうなさいますか?以前と同じCタイプになさいますか?」と言いながら顔半分だけ振り返った。デフォルトのタイプというのがそもそも意味のわからない事柄だし、それに加えてA、B、Cの内容も分からないのに、何を確認するというのか。しかしケイ推しの敦史にとって、Cタイプ以外の選択肢はなかった。


「Cタイプでお願いします!」


敦史の勢いを無効化するかのように神原は「かしこまりました、では。」と静かに去っていった。


今回判明したことはケイはアンドロイドNo.7で、デフォルトタイプC、ということだけだ。

なぜ自分宛にケイを送ったのか聞けばよかったと冷静さを取り戻した敦史は、せっかくのチャンスを無駄にしたことを悔やんだ。


ケイロスを紛らわせるために、敦史は今日の映画のパンフレットをぼぅっと眺めた。

「片桐アツシかぁ…」

ケイのように姿が変えられたら、たとえ一時でもイケメンの良い気分を味わうことができるのに。

自分の冴えないこれまでの人生を憂いながらスマホで[片桐アツシ]と検索した。

かっこいい写真がたくさん表示された一方で、[売れっ子俳優片桐アツシ スタッフへの悪対応]という見出しが目に入った。遅刻しても謝罪なし、動きの悪いスタッフに怒号を浴びせる、王様気取り、などという内容だ。真相の程は不明だが、コレが本当ならせっかくのイケメンが台無しである。

「あんなかっこいいこと言ってたのになー」


「所詮、役柄かぁ」


イケメンには変わりないが、演技次第で良い人にも悪い人にもなる。本当の自分の軸がどちらに傾いているかは視聴者には分からないということだ。

一方でケイは、老若男女、犬、人形などの物にも変化する。

けれど、自然とケイだとわかる。常に敦史が近くにいるのだから、それがケイだと分かるのは当然なのだが、そういうことではなく、姿形が変わってもなんとなくケイだとわかるのだ。ケイらしさ、というものなのか。


「ケイは演じないからなー 裏表のない真っ直ぐなところがケイの魅力だよね~」


ケイロスを紛らわせるために見たパンフレットだったが、今は何をしても思考がケイの方へ寄ってしまうようだ。


「片桐アツシよりもオマエの方が良い男だぞ 自信もて」


テレビ横に飾られていたピノキオのぬいぐるみを手前に置き、それをケイに見立てて会話をし始めた。

以前、ケイがピノキオ人形に変身したことを機に購入した物だ。

敦史はピノキオ人形の両手で自分のほっぺを挟み、口を尖らせスローモーションで人形の口に近づけた。


「あのぉ…」


敦史は驚きのあまり、ピノキオ人形を胸元で押し潰した。この感じ、本日2度目である。名乗らなくても正体は分かっている。


「神原さんっ なんでっ」


敦史は腰を抜かして起き上がれず、ソファから崩れ落ちながら体をよじって背後を見た。

床に膝をついた敦史は、神原と目が合った。

神原は正座していた。


「お渡し忘れた物がございましたので、途中で折り返して参りました。」


忘れた、という割に息切れもなく、落ち着きを払っていた。


「これを…」


いつの間にか神原の手元には藍色の風呂敷包みが置かれていた。神原は口調と同じくゆっくりと結び目をほどき始めた。


「え?」


包みの中には木製のピノキオ人形が横たわっていた。先ほど敦史がキスをしようとしていたぬいぐるみのものとは全くテイストが異なる、美大生がデッサンのモデルに使うような関節で曲げられるタイプの人形である。


「持ち運びのことを考え一番小さいタイプのものに致しました。それから、こちらも未完成のサンプルなのですが…」


神原の説明そこそこに、敦史は腕を曲げたりヘンテコなポーズをとらせたり、物珍しそうにこのクラシカルなピノキオ人形を観察した。そして少し長めの鼻に触れた時、


「あぁっ そこはっ」


常時テンション低めの神原にもそんな大きな声が出せるのかというくらいの音量だった。

敦史は神原の声に驚いて人形の鼻先をキュッと摘んだ。

途端、ピノキオ人形はみるみるうちに敦史の顔に変わっていった。

ケイの変身に慣れていた敦史は特段驚くことはなく、「ははっ 某漫画のコピーロボットみたいだな」と軽く笑った。

しかし、顔が変わっただけで体は木製の人形のままだ。


「体は変わらないんですね。鼻を摘むとその人に変わるってヤツですか」


敦史が神原に笑顔で尋ねると、神原はやや困惑した表情で、「はい、一度だけ、です。」と応えた。


「そっか一度だけなのかー」


そういった自分の言葉を反芻して、「ん?」と左斜め上を見上げた。


「…てことは…」


「はい、アンドロイドNo.7の修理が終わるまで敦史様のお顔でお楽しみいただく、ということに…なりましたね…。」


自分の冴えない顔相手に何をどうしたら楽しめるというのだ。


「それから、アンドロイドNo.7のバックアップデータのメモリーカードを挿入いたします。これまで学習した内容は正常にお使いいただけます。」


神原はアンドロイド敦史の後頭部にメモリーカードを差し込み、「それでは。」と去っていった。


敦史が神原の去った扉を眺めていると、


「おいっ 敦史!」


と懐かしい口調が背後から聞こえた。

敦史は瞬時に涙目になった。「ケイ〜っ」と抱きつこうと振り返った途端、自分の顔に直面し冷静さを取り戻した。そうだった、今はケイではなく敦史なのだった。


そんな自分の姿を知ってのことか、ケイは「おい、敦史、あのアツシの台詞言ってみろよ」とニヤリとした。


「どんな姿になっても、キミがキミでいる限り、ボクはキミを想い続けるよ」


ケイからの脅しに素直に応じた敦史だったが、ケイを想う気持ちに変わりはないが、どんな姿になっても、というのは時と場合による、と複雑な表情を浮かべた。


「オマエ、キモいなぁ」


アンドロイド敦史となったケイはケラケラっと笑った。念願のケイが目の前に居るのに、抱きつきたくても抱きつけない。ニヤニヤする自分の顔をしたケイを目の前にして、敦史は「ケイィ〜」と力なく呟いた。








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