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ピノキオ  作者: 神千代
4/5

S子

敦史は新聞のテレビ欄に目が留まった。

去年話題になった邦画のホラー映画が今晩、地上波初放送されるようだ。

積極的に映画館でホラーを観ることはしない敦史だが、テレビで放映されるとなるとなんとなく観てしまうくらいには関心があった。普段はホラーを観た後に風呂場や洗面所の鏡をみることを躊躇われるが、今はケイがいる。頼めば脱衣場で見張っててくれるだろうし、恐怖に震えたら優しく抱擁してくれるだろう。

しかし念のため、放送時刻の21時になるまでに風呂を済ませることにした。風呂場で体を洗いながら、ふとケイのことを考えた。ケイは風呂に入らなくていいのだろうかと。汗はかかないだろうが、埃や食べ物の飛び散りなど付着しているに違いない。置いてある人形だって埃を被っているのだからケイだって例外ではないはず、と玄関横の棚上に動かさずに置いてあるこけしを思い浮かべた。ケイがここに来てからタオルなどで体を拭いてあげたこともないし、水で洗い流したこともない。「人から人へ、人形や犬にだって外見が変わるんだから、外からの付着物なんてものは変化の度にリセットされてるのかも?」というなんの根拠もない推測で一旦、埃問題はよしとした。


「俺が風呂に入っている間、ケイは何してるんだろう・・寝てる間は?」


今度は敦史の意識が届かない時に何をしているのかという問題が浮上した。だいたいケイの動力源はどうなっているのか?aiboのように自動的に充電するのだろうか。


「…まてよ?この前…」


先日敦史の誕生日にケイをハグした敦史が、ケイに体温を感じたとき、そういえば太陽光や電気で充電するというようなことを言いかけていたことを思い出した。

「えー両方いけるんだぁっすげー」

ピノキオ社からの取扱説明書にそのことが記載されていたかどうかは定かではないが、膨大なページ数を読む気にはならず、いまだに未知な部分が多い。共に過ごす中で、ひとつずつ発見することが楽しみでもあった。


「ペットが留守番してるときに部屋の様子を録画できるアレ、買ってみようかな」


髪の毛をわしゃわしゃ泡立てながらふと思い立った。思い立ったら吉日、コンディショナーははしょり、早々に風呂から出た。

タオルを腰に巻き、ドライヤーの温風を髪に当てながら、通販サイトで、「ペット 留守 録画」のワードで検索し、ヒットした中の星印が4.5以上のものについて、良いクチコミとあわせて悪いクチコミの内容を吟味して、これぞというひとつに絞り込んだ。悪いクチコミに目を通すあたりにこの男の細かさが表れている。ポチっと購入ボタンを押し、「これでケイの謎が解かれるぞ」と「発見」のある日々が基本ローな敦史のモチベーションに光を与えた。


「オイ敦史!テレビ始まんぞ!」


デフォルトの口の悪さにもだいぶ慣れてきた。

むしろアラームとしてはこっちの方がいいのではないかとさえ思うようになった。


濡れ髪を急いで乾かし、はらりと落ちたタオルに手を伸ばしたところへ、ケイが断りもなく脱衣所に入ってきた。


「ちっちぇやつ揺らしてないで早くしろ。あと42秒で始まんぞ」


僕のが小さいと見抜くとは、ケイのデータ収集はどのようにしたのだろう。ピノキオ社内の会議でJr.のサイズデータを集める必要があるかという議題に対し多数決で決定したのだろうか。そんなものを真面目に議論するピノキオ社の社員に是非会ってみたいものだ。

敦史は勝手な憶測で話をまとめ、ケイの待つリビングへ向かった。


ホラー映画といえど、通常はじまりは穏やかなものだが、始まって10分と経たずにすでに不穏な空気が流れていた。敦史は久しぶりに見るホラー映画の画面から視線をそらさずしてケイの隣りに腰をおろした。


ホラー映画の定番の見方といったらクッションを胸に抱き、飲み物やポップコーンなどのスナックはテーブルなどの安全圏に置く、というようなスタイルだ。恐怖を感じたらクッション越しにテレビ画面を見る。驚愕の際にぶちまけないようテーブルに置かれた飲料や食べ物はCM中に落ち着いて頂く。そんな計画をぶつぶつと呟きながら横に座る敦史をケイはデータ収集するかのように静かに観察していた。


「はっ っあっ」


この映画のタイトル名であり主役である恐怖の存在S子が映し出されたのである。

敦史は太ももの上に置いていたクッションを顔の前に持ってきた。

それは怖がる人間の行動パターンのひとつとしてケイのデータに間違いなく入っていた。


「怖いのか…」


画面の様子と敦史の様子とを連動させてケイの中の未知なるデータバンクに、人間が怖れる画像とその人間の動向といった小見出しを付けて取り込まれた。さらに、最新のアンドロイドであるケイは、恐怖に震える人間にどのような手を差し伸べるか、というサポート体制が備わっている。


「敦史、オレがついてっから 安心しろ」


ケイは相変わらずの野郎言葉を吐きながら敦史の腕をさすった。


「ケイ~」


野郎言葉を気にすることなく、敦史はケイに甘えた。直後、敦史の頬に当たっていたふんわりとしたものが一回り大きくなった。

この状況でもそういう意識は健在なんだなと、怖れながらも快楽に溺れようとする敦史を、実は強靭な精神を持っているのではないかと、ケイは呆れつつもある意味、尊敬した。

その後も要所々々でブルッと震えていた敦史だが、顔前のクッションと頬に触れるケイのバストクッションとで大分恵まれた環境での観覧となった。


見終えた感想は、やはり「怖い」だ。だが今の敦史には、強い見方、ケイがいる。

「ねぇ、ケイ…」

と気を紛らわすためにケイの方をみた。


「!!!!」


この男の弱いところは、近い将来を見通す力が甘いところだ。

ケイの姿はたった今見終えたホラー映画の主役S子だった。

敦史は恐怖のあまり、声にならない声をあげた。敦史の呼び掛けに応じるようにS子なケイが振り向き敦史の方へ歩み寄ってくる。敦史は映画で幾度となく出てくる恐怖の場面に直面した人物と同じ行動で後退りし、その表情は臨場感あふれる役者顔負けのものだった。それはそう、敦史のそれは演技ではなく本物だからだ。

恐怖に見舞われた男に手を差し伸べるべくケイは近づき、前がよく見えないと長い前髪に手を掛けた瞬間、「やめろー!!やめろっケイ!めくるな!前髪は・・ふあぁっ かっ」

劇中ではこれで息絶えるのだが、ケイに霊的な力は備わっておらず、敦史はただ恐怖の想像で気を失うにとどまった。


「・・敦史! ほら起きなさい!敦史!」


「・・ ・・母さん?」


やはりこの男にとって安堵の場所は母親なのか。気づけば母キミ江の膝の上。母装うケイがまたかというような呆れた顔つきで敦史の顔を覗き込んでいた。安らぎも束の間、この至近距離でまたあの恐怖の存在を思い浮かべてしまったら今度こそ心臓が止まってしまう、という危機感を抱いた敦史は、ガバッと起き上がり、ケイの顔を直視せずに、「悪い、ケイ、もう大丈夫だから…」とケイの肩を少し遠ざけた。手にはサラリとした髪の毛の感触があった。母キミ江はショートヘアなので肩にやった手に髪が触れるはずはない。

人は考えないようにと頭の中からソレを排除しようとすればするほど、ソレを頭に浮かべてしまうものだ。

敦史は金縛りにあったかのように固まった。


「おい、敦史、ホントに大丈夫なのか?おいってば!」


敦史の心理状態なんてお構いなしに、ケイは敦史の肩を掴み自分の方へ向けようとした。むりやり振り向かされた敦史の瞼は一筋の光も取り込むまいときっちり閉ざされていた。見なければいいんだ、とこの場の対処法を導きだした敦史は心に少し余裕がうまれた。

「ケイ、大丈夫だから、とりあえず今は俺に構わないでくれないか」

敦史は両てのひらをケイに向け、壁を作った。

ケイはおもむろに敦史の掌に自身の胸をふわりと触れさせた。


「?」


「え、な、なに?」


視力を使わずしても、忘れることはない極上の触感に敦史は吸い込まれていった。本当は瞬時にそれが何かが分かっていたが、得体の知れないものを探っている(てい)で、しかし確実にソレから離れずに触り続けた。敦史のこわばった表情は炎天下のもとに置かれた氷のごとく一瞬にして溶けた。ケイはその隙を見逃さなかった。敦史のゆるゆるな瞼をくいっともちあげ、自身の顔を敦史の瞳に写させた。


「クワッ」


思いがけず飛び込んできた画を脳にやきつけてはならぬという遺言のような意思から、反射で気を失うことで己を守った敦史は、アヒルのような声を発してパタリとケイの胸の中に埋もれていった。


偶然なのか故意なのか、少しニヤついた表情で眠る敦史をケイはしばし眺めていた。


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