呪いの霊峰(12)「密会」
神殿はブートやナタブの戦士に一ヶ月は休息を与えた。次の戦いには民間の呪術師を徴兵することを内々に企んでいた。ストーラが手配して、神官を地域に派遣して呪術師との交渉を進めており、これに時間を要したのである。また戦闘日をネビウスが予測する月に一度の仙馬の到来時期に合わせる思惑もあった。
剣師集団を率いるコウゼンはすぐにでも魔人を討伐しに行きたいと考えていて、会議で早期の再戦を度々主張していた。三十人もの剣師が一つ所に留まって何もしないでいることに彼は耐えられなかった。彼は神殿の許可を取り、空の都周辺で魔除けの修繕や危険な害獣の駆除などを始めた。
魔人襲来以降、地元の人々を悩ませていた巨獣が次々に討伐された。それらは荷車で都に運ばれてくるようになり、一日の終わり頃には大通りでちょっとしたパレードのようになり、人々は継承一門の剣師に称賛を送った。
こうしてわずかながら平和がもたらされた一方で、神殿は苦々しい想いでいた。上級神官で飄々としていられるのはストーラくらいであった。彼はネビウスがルルウに呪術指導をしているところに顔を出し、この日は空猪の燻製肉とワインを土産にして、ネビウスと談笑した。
「いやはや。剣師というのはとてつもない連中だ。我々が手出しできない怪物どもを片っ端から殺してくれそうだ。ありがたいことにな」
「アンタって言うことが全部嘘っぽい」
ネビウスは呪術の練習に使う磁石をランプの光にかざしながら言った。このときルルウは雷の呪術の練習をしていて、彼女はストーラがいるので緊張していた。ネビウスは「いつもどおりよ」と言った。ネビウスはテーブルに置かれた燻製肉を噛み千切って咀嚼した。
「連中はいつもやりすぎるのよ」
「害獣は森の民ではない。滅ぼしたとて問題はあるまい」
ネビウスは口の中の物をごくりと飲み込んだ。
「はァ、美味しい」
「彼らが殺した巨獣の肉だぞ?」
「美味しくて困っちゃうわ」
ぎゅるる、と誰かのお腹が鳴った。ネビウスとストーラが首を傾げると、ルルウが顔を真赤にしていた。ネビウスは「休憩にしましょ!」と言った。部屋の隅で気配を消していたミーナはネビウスの隣に椅子を持ってきてぴたりとくっついた。ルルウもなんとはなしにネビウスの近くに寄った。ネビウスは彼女たちにストーラの燻製肉を配った。ルルウはストーラに尋ねた。
「民間の呪術師は集まりそう?」
「手筈は済んでおります」
「カエクスからはダメと言われたのだけれど、次の戦いには私も参じようと思う」
「ん? それは危険ですな。止めた方がよろしい」
「ストーラは支持してくれると思ったのだけれど」
「私とカエクス上級神官はときには意見が一致するのです」
このときネビウスはミーナと寄り添って、親子で「美味しい」と言い合って和んでいた。事実はネビウスが守り子の参戦を唆したであるが、彼女はルルウが自発的に言い出したことにして押し切るつもりでいた。
ストーラは怒るでもなく、ルルウだけを見て淡々と述べた。
「守り子は存在そのものが民にとって重要です。しかもあなたの呪術の力は魔人相手では何らの効果も得ないでしょう。つまりですな。危険を冒して、益が無いのです」
「私が参戦すれば民間の呪術師たちも協力的になる。彼らは守り子のことは尊敬している」
「その可能性はありますな」
「それが私が戦うべき理由になる」
「いいえ。この話は終わりでございます。守り子は都を守るのが務めなのですよ」
ストーラは席を立った。彼は守り子の部屋を出た後、口角を僅かに上げてほくそ笑んだ。
※
ルルウの決意は固かった。彼女は御前会議の反対を押し切って、魔人討伐のために霊峰へ赴くことを公に発表した。これによりそれまでは態度が不透明であった地域の神殿に属さない五十人もの呪術師が戦意表明するに至った。
人々は希望と不安の板挟みとなった。守り子は幼く未熟であることは周知のことであったし、万が一ルルウが戦死すれば空の化身との連絡は完全に絶たれる。そうなれば伝説の時代から受け継がれてきた大化身の加護が失われるのである。
街では守り子出征の話題で持ち切りとなっていて、当然カミットの耳にも届いた。彼は公務の合間に中庭で休憩していたルルウのところに警備の目を掻い潜り勝手にやってきて、天窓から座っているルルウの前に飛び降りた。
「ルルウ! 元気?」
ルルウは驚きすぎて飲んでいたお茶を吹きこぼしそうになったし、椅子からは転げ落ちそうになった
「カミット!? 許可取ってる!?」
「すぐ帰るから大丈夫だよ。このあと訓練なんだ」
すぐに衛兵が駆け込んできて、カミットをつまみ出そうとした。ルルウはこれをやめさせて、カミットと話した。
「何か用?」
「ルルウと話しに来たんだよ」
「それは分かるけど、こんな無茶して入って来ちゃって、用事があるんでしょ?」
「んん? 一緒に魔人を倒すんだよね?」
「えっと。そうね」
「がんばろうね!」
「うん。がんばる」
カミットは急に拳を天に掲げて「おー!」と雄叫びをあげた。ルルウは引いてしまって、仰け反った。カミットは「あれェ?」と言って、首を傾げた。
「戦う前にはこうやってみんなで盛り上がるんだよ?」
「そうなんだ。知らなかった。でも、ここには私達しかいないし、神殿では静かにしないと」
黙って見守っていた衛兵や下級神官などもカミットが大声を出すのには苛々しているようだった。
カミットは流石に雰囲気を察して、静かに言った。
「ルルウは僕が守るよ」
ルルウはこの言葉を嬉しく思ったが、今の彼女は新たな決意を胸に秘めていた。
「私は守られる側じゃない。守り子がみんなを守るの」
「そうなの? でもネビウスはルルウを守れって言ったんだ。だから僕はルルウを守るんだよ」
ルルウはくすりと笑ってしまった。
「ネビウスに言われないと守ってくれないの?」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあどういうわけ?」
「んん? んー? 分かんない! でも僕はルルウを守るよ」
ここで新たな来訪者が部屋を訪れた。剣師のコウゼンであった。彼は神殿に呪いが侵入した気配を感じ取り駆けつけた。彼のこの行為は神殿から許されたものであった。
ここに翼と羽毛を持つブート人と葉っぱの髪と緑肌のジュカ人、さらには猫の顔と毛皮を持つコーネ人という異人種だらけの空間が出来上がった。
コウゼンは当たり前のように会話に混ざってきて言った。
「強き者は弱き者を守らねばならぬ。空の守り子は幼い少女だ。男たる者、当然の責務として彼女を守らねばならぬ」
「そっか!」
カミットはルルウに詰め寄られて困惑していたが、一応の答えを得た気がして明るい声で応じた。
コウゼンはルルウに言った。
「空の守り子よ。私もあなたを必ず守り抜く。我が剣と太陽の化身に誓って必ず、あなたの戦いを勝利に導くことを約束しよう!」
ルルウはコウゼンに強い指導者の在り方を見た。太陽のように輝いて仲間を導く彼を見て、自分もいつかこうなりたいと思ったのだ。
「ありがとう。継承一門の助力を活かせるよう、私は最善を尽くします」
ここでカミットが再び「がんばろう! おー!」と雄叫びをあげた。これにコウゼンも「えい、えい」と応えて、ルルウもうっかり「おー!」とやってしまった。ところが騒ぎを聞きつけたカエクスが部屋の入り口で睨んでおり、ルルウは顔を赤くして萎縮し、突き上げた拳を下ろしたのであった。
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