呪いの霊峰(11)「雷の槍」
コウゼンは腹心を一人だけ連れて、貧民街の路地裏を訪れた。奥まったところにある広場へと続く細い通りには高山地帯であるにもかかわらず不自然に繁茂する草や蔦が蠢いていた。継承一門の剣師は森の呪いの気配に敏感であり、彼らは剣に手を伸ばしていた。コーネ人の彼らは耳をぴんと立てて、警戒しながら慎重に進んだ。
路地裏の稽古場ではカミットがカリドゥスやナタブの傭兵たちと一緒にいた。傭兵たちは森の呪いが生み出す巨木を相手に戦闘訓練をしていた。コウゼンたちは物陰からその様子を観察し、時折談笑する傭兵たちの様子から状況は制御されていると判断した。コウゼンは稽古場へと進み出て、カリドゥスに話しかけた。
「剣師のコウゼンだ。この呪いの使用は許諾を得ているか?」
カリドゥスはコーネ人の剣師が突然訪問してきて驚いた。彼は駆け寄ってきたカミットを手で制して止まらせた。カリドゥスから視線で合図を受けた別の傭兵が三名でカミットを囲んだ。傭兵たちは太陽の都の最強の戦士が森の民を狩りに来たのだと思ったのであった。カリドゥスはコウゼンに言った。
「森の呪い子はネビウスの子だ。手出しするな」
「そういうことか」
一触即発の雰囲気が漂う中、カミットは笑顔で大声を出した。
「ネビウス・カミットだよ。よろしくね!」
コウゼンは虚を突かれて、カミットを真顔で見つめ、次には大声を出して笑った。そして彼はカミットに尋ねた。
「私も稽古に混ぜてもらいたい。よろしいか」
「いいよ!」
これにはコウゼンの腹心の剣師、それからカリドゥスやナタブの傭兵たちもざわついた。剣師が森の呪いと戦うというのはコーネ人とジュカ人が歴史的に遺恨を残している極めて繊細な問題を想起するからだ。一同が緊張に包まれている中、森の呪いはそれまで盛んに生み出していた巨木や低木を全て枯らしてしまった。
「なんで!?」
カミットはわーわー騒いで、森の呪いに戦うように命じた。しかし森の呪いは少しも反応しなかった。コウゼンはこれを見て剣から手を離した。彼はカミットに尋ねた。
「森の呪いは他の呪いを食らったことがあるか?」
「ないよ。本当は強いくせに呪いが相手だといつも弱気になるんだ」
コウゼンは得心がいった様子で頷いた。
「君の呪いは賢いようだ」
「そうなの?」
「生者はいつか滅びるが、呪いは巡り継承される。賢い呪いは恨みを生まぬことが大切だと知っているのだ」
このあとコウゼンはカリドゥスと峰の魔人について話して、それから何事もなく帰った。二人の剣師が路地裏の稽古場を後にして、薄暗い通りを戻っていくと、傭兵から知らせを受けて駆けつけたネビウスと鉢合わせになった。コウゼンはネビウスに言った。
「ネビウスの子息と会った。彼は優れた戦士か、あるいは良い呪術師になるだろう」
「大外れね。あの子はそのどっちにもならないわ」
ネビウスは鼻で笑ったのであった。コウゼンはネビウスの嘲笑には笑顔を返し、そのまま擦れ違って歩いていった。ネビウスと十分離れた後で、腹心の剣師がコウゼンに言った。
「あれはただの呪いではない。総毛立ったのは私が臆病だからではない」
「分かっている。一つ確かなのは、あの森の呪いは剣師に攻撃してこなかった。森の民の恨みを継承していない。ネビウスの子は敵ではない」
「決めつけるには早い。昔からネビウスは森の民を贔屓してきた」
「私は確信したのだ。同胞たちにも私と同じ認識を持つように徹底させてくれ。予期せぬ諍いがネビウスとの不和に繋がらないようにすべきだ」
コウゼンは反論を寄せ付けずに断言した。腹心の剣師は納得しかねる様子ではあったものの「では、そうしよう」と言って了承した。
継承一門の戦士たちは森の呪いを強烈に嫌悪していて、本来ならばカミットとの共闘など絶対にしたくなかったし、カミットを斬るべきだと主張する者が出てもおかしくなかった。ところがコウゼンの命令によりこういったカミットへの不満は一切表に出なかった。ストーラなどが懸念していた人種間の問題が予め封殺されたことは良い意味で空の神殿を驚かせたのであった。
※
継承一門の戦士たちを都の人々が歓迎する一方、恐れ慄く者もいた。密輸、窃盗、脱獄、呪いの遺品の流布といった罪で国際指名手配を受けている商人のバルチッタは昼間に表通りを歩けなくなった。彼は傭兵たちに品を売り込もうと郊外の稽古場をうろつくときも、灰色の外套を見かけるたびに肝を冷やしていた。
このような事情で十三歳の徒弟のハルベニィが営業活動を任されることが増えていた。ハルベニィはやせ細った体で大きな荷物を背負って、至る所に出没しては目敏く商品を売り捌いた。彼は哀れなほど目つきが悪く、第一印象が悪いことは商人として不利であった。しかし持ち前の交渉力と慣れれば親しみの湧く笑顔でもって相手の懐に入り込むのであった。
上昇志向の強いハルベニィは継承一門をも怖れず、職人組合の酒場に堂々とやってくるのであった。カリドゥス率いる傭兵団「二体殺し」はハルベニィの得意先であった。ところが彼には一つ小さな悩みの種があった。
「カリドゥス、調子はどうだい」とハルベニィはあくまで商談の相手に話しかけた。するとすぐに葉っぱ頭のカミットが突撃してきて大声を出した。
「ハルベニィ。元気してた?」
ハルベニィは「おう」と短く答えた。カミットは同年代の友人が少ないからか、ハルベニィを見つけると毎回声をかけてくるのであった。魔人討伐に失敗して帰ってきたカミットはまだ怪我が完治しておらず、腕や足に包帯を巻いていた。ハルベニィは仕方なしに言った。
「怪我はどうだい?」
「もう大丈夫!」
「そりゃあ良かった」
ハルベニィが話を短く切り上げてカリドゥスの方を向こうとすると、カミットはすぐに言った。
「良い槍が欲しいんだ」
「はあ? お前、金はあるのか?」
「ネビウスが持ってるよ」
「あのなァ。俺も暇じゃないからよ」
ハルベニィが呆れていると、カリドゥスがカミットを援護して言った。
「話くらい聞いてやれよ。カミットに槍を持たせてみろ。お前が売った槍が魔人を殺すかもしれないぞ」
ハルベニィはカリドゥスには顔を引きつらせて愛想笑いをした。ハルベニィに限ったことではないが、カミットが魔人を殺したということを言葉とおりに受け取る者はそう多くなかった。だいたいはネビウスや周りの者が周到に準備して、カミットに手柄を立てさせたのだと考えるのである。そうでなくてはどうして非力な森の民の子が魔人を倒せようか、と。
ここでカリドゥスがもう一押しした。
「雷の呪いの武器を多く仕入れたって言ってたな? 槍はないのか?」
「えーっと。ねえよ。ちょうど切らしたところだ」
「嘘をつくなよ」
ハルベニィは舌打ちをした。
「カリドゥス。あんたほどの戦士が森の民に肩入れするもんかね? 俺は森の民に呪いの武器を売ったってんで、太陽の都に睨まれたくないぜ」
「継承一門の戦士が街をうろついてるのはたしかに落ち着かないよな」
このように話していると、どういうつもりかカミットはハルベニィの横にやってきてぴたりとくっついた。ハルベニィは横目でカミットを睨んだ。
「なんだよ」
「ハルベニィの方が背が高いね!」
「当たり前だろ。ナタブだし、俺は年上だぞ。お前は森の民のチビ助だ」
「そっか!」
カミットはぐいぐい距離を詰めてくるので、ハルベニィは辟易としていた。彼はカリドゥスからも促されて、雷の槍の在庫を取りに倉庫まで戻ったのであった。
今回の商談ではカリドゥスの強い助言により、カミットが雷の槍を試用することになった。いつもの路地裏の稽古場でカミットは皆が見ている前で刀身が鈍く発光している雷の槍を構えた。対するは森の呪いが生み出す低木であった。
「どうせ自分を痺れさせておしまいだ」
ハルベニィが嘲笑って言った直後であった。
雷の槍がにわかに強い輝きを放った。迸る雷電はカミットの体に纏わり付いたが、彼を痺れさせることはなかった。
突き出された一撃は低木の胴体を貫通した。
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