呪いの霊峰(10)「祖剣師」
非公式の会談はストーラ邸の応接間で行われた。
継承一門の戦士たちを率いてきたコウゼンは赤髪を靡かせ、耳をぴんと立てて、自身に満ちた無邪気な笑みを浮かべていた。彼の第一声は次のものであった。
「私は太陽の都の代理人ではない」
対峙したカエクス、ストーラ、残りの三人の上級神官、そして守り子のルルウはいずれも彼の発言の意図を理解しなかった。ストーラが質問した。
「ではどのような権限で来られたのか?」
「私はただ魔人を倒しに来たのだ。公共の正義のためである!」
コウゼンは口を大きく開けて、鋭い牙を見せて笑った。
「実は我々の円卓で掟を破って抜け駆けした剣師がいるのだ。私は彼女に遅れを取るわけにはいかないので、ぜひとも魔人を倒させてもらいたい」
「剣師のレッサ。森の民の失われし姫君」
これを言ったのはストーラであった。コウゼンはレッサの名を聞くと複雑な表情をして、それを誤魔化すようにわざとらしく笑った。彼は咳払いをして言った。
「魔人討伐の栄誉を私はぜひとも欲しいのだ。見返りは求めない。そもそも継承一門とはそうあるべき存在だからだ」
カエクスが疑り深い目をして尋ねた。
「他意はないと?」
「ない!」
コウゼンはいかにも正直者のように宣言したが、その直後に付け足した。
「魔人討伐とは関係のないことであるが、祖剣師ネビウスにお目通りを願いたい」
このときルルウが口を開いた。
「会ってどうするのか?」
コウゼンは不意のことだった様子でこの会談の中で初めてルルウを見た。ルルウは十二歳の子どもであったし、空の守り子のリリイじゃない方は神殿にとってただのお飾りだと彼は知っていた。彼は話し合うべき相手は上級神官のみであると思いこんでいた。コウゼンが笑顔のまま固まっていると、ストーラが説明した。
「ネビウスは守り子を弟子にしたのだ。守り子は空の神殿でネビウスと最も親しい」
コウゼンは首を傾げた。
「ネビウスはどういうつもりだ?」
「さあ。それは私どもも知りたいところだ」
ストーラが冗談めかして言うと、コウゼンは笑った。彼は耳をそばだて、鼻をひくつかせ、視線を応接間の奥の出入り口に向けた。
「そこに居るというのに彼女は出てきてくれないのか?」
ルルウはぎくりとして肩を跳ねさせた。ストーラはにやにやと笑い、カエクス他上級神官たちは知らされていなかったのでざわついた。
ぬっとネビウスが姿を現し、仏頂面で進み出て、使用人が用意した椅子にかけた。
「私がネビウスよ」
「コウゼンだ」
コウゼンは堂々としていた。ところがカエクスたちよりも慌てふためいたのはコウゼンの背後に控えていた継承一門の戦士たちだった。彼らはざわざわとしだしたが、コウゼンが一睨みするとたちまち静かになった。コウゼンはネビウスの方に向き直るとさわやかな笑顔で言った。
「無流派の祖にお会いできて光栄だ」
「私達、世間話をする仲じゃないわ」
ネビウスはぴしゃりと言った。コウゼンは驚いてまたもや笑顔を固まらせた。気まずそうに咳払いをして、彼は切り出した。
「率直に言う。私はネビウスが空の都を救った後に太陽の都に来ないのではないかと懸念している」
「私は誰も救っちゃいないのよ」
「たとえ旅行だったとしても、あなたには是非とも我が都に来てもらわねばならない」
「言われなくてもそのつもりよ」
「言葉通りに受け取りたいところだが、そのような余裕もないのでね。帰路においては、私はあなたと都までご一緒したいと考えている」
ネビウスは目を細めてコウゼンを睨んだ。コウゼンの表情は真剣そのものであり、言葉にしたこと以外の意図は読み取れなかった。ネビウスはこくこくと小刻みにうなずいた。
「あんたの不合格は保留にしてあげる」
直後、コウゼンはワハハと大声で笑って、背後の仲間たちを見た。
「私の勝ちだな!」
特に副官の剣師である黒毛のコーネ人戦士に向かって、コウゼンはとてつもなく自慢げな顔をしたのだった。
ネビウスの神殿嫌いも有名だが、そのことに劣ることなく太陽の都の継承一門嫌いはよく知られた事実であった。ネビウスがコウゼンを拒絶しなかったことは大方の継承一門の戦士たちにとって驚くべきことであったのだ。
※
継承一門の剣師は誰もが認める終わりの島の最強の戦士である。コウゼンが連れてきた中に弟子はおらず、三十人全員が修行した流派の皆伝を認められた剣師だった。戦士たちは普段集団で戦うことはなく、神殿の管理を漏れた闇の呪術師や危険な化身を討伐するために師弟が二人組になって単独任務に当たるので、コウゼンが率いる剣師軍団は極めて異例な超戦力だった。そうであるがゆえ、お堅い神殿すらも彼らを歓迎するしかなかったのだ。
魔人討伐の最初の作戦会議で早くも空の都と継承一門とで方針が割れた。コウゼンが主張したのは翼甲獣の事前の駆逐である。前回の戦いで翼甲獣の介入が最大の敗因となったのだから、前もって取り除いておけば安心して戦えるという一見常識的な案であったが、これはブート人には受け入れられなかった。その理由は信仰である。ブート人は教義により翼甲獣を殺めてはならぬと決まっているのだ。
冗談だろとでも言いたげに継承一門の剣師は苦笑したが、コウゼンは彼らを凄みの利いた目で睨んで真顔にさせた。コウゼンは静かに聞いた。
「では戦場でも翼甲獣には手を出さないつもりか? 戦士たちが殺されているというのに?」
これに飄々と答えたのはストーラだった。
「私達は聖獣を心から慕っているのだ。殺めるなんてとんでもないことだ」
この会議は非公式であり、ストーラとカエクス、そしてコウゼンと他有力な剣師数名とで行われていた。ナタブの傭兵カリドゥスなどは呼ばれておらず、というのは荒れ地の都はあらゆる作戦方針は空の都に従うとしていたからであった。傭兵どうしならば交流もあるが、神殿とナタブの傭兵が話し合う機会は設けられなかったというわけである。こういう点では神殿相手にも物申せるのは継承一門の戦士の特権であった。
ストーラが何を言われても平気でいるのに対して、カエクスはやや不機嫌だった。継承一門は武力を持つがゆえに高圧的であり、他人種の信仰や掟を構うことなく発言するきらいがあり、カエクスは面子を潰されていると感じていた。彼は気持ちを抑えて、口ぶりは冷静に言った。
「翼甲獣を殺すことは断じて容認しない。我々は彼らが魔人に唆されることのないように手を打つことを模索している」
コウゼンは小さく頷き「この件は保留とする」と言った。彼は続けて言った。
「我々は峰の魔人の鼻を打ち砕く必要がある。剣師に斬れぬ物は無い、と言いたいところだが楽観は失敗の原因だ。実際に戦った者たちから聞き取りをして、可能な限り対策を立てるべきだろう」
戦場にいたストーラが答えた。
「タゴンの弟子の子どもが天空から翼落としの槍でもって攻撃したときは、峰の魔人は動揺していた。それ以後、大人の戦士たちがいくら攻撃しても傷一つつかなかった」
「子どもというのは?」
コウゼンは首を傾げた。
「ネビウスの子息だ。森の魔人と入江の魔人にトドメを刺したという実績がある」
ストーラはあえて森の民という言葉を伏せた。彼は太陽の都と森の民の話題には触れたくなかったのである。コウゼンはそんなことは知る由もなかった。彼は「素晴らしい戦士だ! ぜひ会ってみたい!」と嬉しそうに言ったのであった。会議はしばしば剣呑な雰囲気に包まれていたが、このときだけは明るく盛り上がった。
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