呪いの霊峰(5)「二体殺し、商人の徒弟」
季節は秋めき、山の上り下りが困難になりつつある頃、この危うい時期に荒れ地の都が五百名規模のナタブの集団を送り込んできたことは空の都を大いに驚かせた。その大半は傭兵団の戦士であったが、他にも商人や鍛冶職人から大地の神殿の神官に至るまで、戦闘以外での支援を目的とする多様な人材が含まれていた。荒れ地の都は戦力の提供を始めとし、物資や生活の面でも他都市を本格的に支援する方向へ舵を切ったのである。
カミットは噂を聞いてすぐに職人組合を訪れた。酒場の一角を占拠しているナタブの傭兵たちは近頃急激にその名声を高めていて、軍団名を二体殺しとしていた。彼らは団の名を次は三体殺しにするべく空の都まで出張してきたのだ。彼らは森の魔人と入江の魔人の討伐に重要な役割を果たし、カミットと共闘した仲だった。カミットは可愛がられており、一部の傭兵からはよく面倒も見られていた。
カミットはテーブルの席に着いて、食事をご馳走になりつつ、これまでに見知ったことを彼らに教えた。傭兵団の指揮官であるカリドゥスは酒を呷って言った。
「べつの方法を考えるしか無い」
「なんで!? みんなを説得しようよ!」
カリドゥスはカミットの話を楽しげに聞いて微かに笑うのだった。彼はカミットの喋りが一段落すると質問した。
「母ちゃんはどうしてるんだ?」
「ネビウスはルルウの師匠をやってる」
「守り子の?」
「そうだよ」
「ほう。いったいどういうつもりだろうな」
カリドゥスはにやりと子供っぽい笑みを浮かべた。別の傭兵がカリドゥスに言った。
「カリドゥス。その顔は思いついた様子だ」
「詮索は止せ。ああいう手合は策を見抜かれるのを嫌う」
カミットは首を傾げた。
「ネビウスは何もしてくれないよ?」
「お前は母ちゃんの仕事には手も口もだすな。藪を突いても良いことは何もない」
「ネビウスは本当は戦ってくれるつもりなのかな?」
「忘れろ。気にするな」
「気になる!」
カリドゥスが助けを求めると、他の傭兵たちはわははと笑った。彼らは一斉にカミットに構い始めた。
傭兵たちは日がな飲んで騒いでいるわけではもちろん無かった。彼らは高地での戦いに備えて訓練を始めた。空気の薄い厳しい環境での訓練でしばしば貧血で倒れる者などが続出した。カリドゥスは想定したよりも遥かに厳しい現実を目の当たりにして、団員の重装備を見直して、軽装防具に切り替えさせたりして試行錯誤した。
ここに近づいてきた怪しい影はバルチッタであった。
「体が軽くなる薬があるがどうかな? 安くしておくぞ」
カリドゥスは身構えたが、願ってもない魅力的な提案でもあった。
「呪いの薬を否定はしないが、きちんとした物でなくては困る」
「大丈夫だ。俺はこう見えてネビウスの弟子で、しかも医者なのさ。薬は俺の手作りだ」
「余計に不安だ」
「仕方ないな。ではこちらはどうだ。ネビウスの秘密の袋からちょいと失敬した代物だ。あいつの調合した薬は本当に効くぞ?」
「ほう。それはなかなか」
「こいつは少し値が張るけどな」
「盗品を高く売りつける気か」
「こっちだって危険を冒している。バレればネビウスがブチギレて俺を蹴り飛ばすかもしれないんだ」
「安い代償だな」
カリドゥスはなおも頷かなかった。バルチッタの背後には大きな荷物を背負った奴隷らしき十三歳くらいのナタブの子どもがいた。頬がこけて手足は痩せ細っているというような貧相な特徴はいろいろあったが、最も印象深いことには嘆かわしいほどに目つきが悪かった。その子どもはバルチッタの指示を受けて、商品を取り出したりしまったりと甲斐甲斐しく手伝っており、どうやらバルチッタにとっては使える道具のように思われた。カリドゥスは提案した。
「薬をそいつに飲ませてみろ。何事も無ければ買ってやる」
「分かった。おい、飲め」
バルチッタが命じると、その子どもは鋭く睨み返し、憎々しい様子で言い返した。
「嫌に決まっているだろ。そいつをやると平地に降りたときが百倍辛いんだ」
バルチッタはその子どもの頬を叩いた。大人が子を殴ったり打ったりすることは世間では珍しくなかった。カリドゥスは驚くこともなく、バルチッタを手の身振りで示して黙らせ、その子どもの方に話しかけた。
「良い商品はあるか?」
「呪いの道具は使い切りで自分とは切り離しているやつが良い。これとかな」
取り出して見せたのは藁の人形だった。カリドゥスは興味を持って聞いた。
「何に使う?」
「使ったやつに化ける身代わり人形だ。敵を油断させたり、逃げたりするときに便利だ」
「俺たちは使わんな」
「少しくらいの返りが怖くないなら呪いの武器はやっぱり良いぜ」
取り出したのは刀身が微かに黄色く輝く剣。
「雷の剣だ。相手の盾とか鎧にでもこつんと当ててやれば一発で痺れさせる。呪いの威力は大したことないけど、相手のすきを無理やり作れるからかなり強い。下手こくと自分が痺れるけど、腕前がきちんとしてれば滅多にそんなことはない。仲間に当てない気配りは必要だけど、それは自己責任だろ?」
「魔人に効くか?」
「さあな。魔人に効くかどうかなんて知るわけないだろ。けど準備不足で後で後悔するくらいなら、何でも揃えておくことをおすすめするぜ」
「おい! いい加減にしろ! 徒弟が出すぎるな!」
我慢できなくなったバルチッタが割り込んだ。ところがカリドゥスは満足した様子で言ったのであった。
「そいつを買おう」
バルチッタの連れてきたその子ども、ハルベニィはにやりと笑った。
「雷除けの小手も買えよ。雷の剣の呪い返りを防いでくれるぜ」
ハルベニィの商談でまんまと高価な雷の剣を買ったカリドゥスは早速稽古場で使ってみた。ハルベニィは何一つ嘘をついていなかったが、雷の剣は刀身から迸る雷によってしばしば持ち主であるカリドゥスや近くの仲間を痺れさせた。呪いの武器を名乗るだけあって、その取扱は非情に難しかったのである。
カリドゥスはハルベニィを再び見かけたときに苦情を言った。ハルベニィは「こいつの前の持ち主はそんな下手はしでかさなかった。お前、腕が悪いんじゃねえか?」と憎たらしく挑発した。カリドゥスは気のいいお兄さんなどではなかったので、普通の子どもが相手ならげんこつで殴っていたところだが、ハルベニィは見慣れてくると憎たらしさの中にも愛嬌が感じられて怒る気が失せてしまった。
大人相手だろうと怯まず、果敢に商談を仕掛けるハルベニィであったが、彼は元気な子どもが苦手であった。彼がカリドゥスと話していると、あるときカミットが急に会話に割り込んできた。
「ネビウス・カミットだよ! よろしくね!」
ハルベニィは困惑して「おう」と短く答えた。彼は「それじゃあ、また良いものが手に入ったら寄らせてもらうぜ」と言ってそそくさと立ち去ったのであった。
カミットは首を傾げて「あれェ?」と呟き、のそのそと肩を左右に揺らしながら歩いて去っていくハルベニィの後ろ姿を睨んだ。カリドゥスは「友達付き合いをする性格じゃないんだろ」と言ってハルベニィを擁護した。
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