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ネビウスクロニクル  作者: 石井
空の都編
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呪いの霊峰(1)「御前会議」

 夏が終わりつつあった。高山地帯は秋以降寒さが厳しくなるので、暖を取るために大量の燃料が必要となる。これは例年のことであったが、この二年の間は特にそうであった。これまでは空の化身(アデケレ)が風のベールを作ることで人里を寒さから守ってきたのだが、この加護が及ぶ範囲が急激に狭まり、その効果も弱まっているのだ。


 都の民は空港へと押し寄せて、事故により大量発生した材木の破片を盗んで持ち帰った。かねてからどうせ飛ばない船ならばあっても意味がないと批判する者は多かった。市井では船を解体してしまおうという過激な論調も現れたが、神殿はこのような者を公共に対する破壊教唆の罪で罰した。


 職人組合ギルドは国際組織ではあるが、空と海のそれは現地人からなる職員が半数以上を占め、神殿と強い癒着関係にあった。その結果、これらの地域の職人組合ギルドは神殿に負けず劣らず保守的で動きが鈍かった。


 空の都(パラテラ)の有力者層は都の窮状を打開する実質的な手立てを誰も提案しなかった。実は皆してやるべきことは薄っすらと分かっていたのだが、それを言い出すことを躊躇っていたのだ。漏れなくそういう者の一人であったストーラは冬に向けてネビウスに祭壇と祠の修繕をさせつつ、彼女の横でぼんやり立ちながら独り言のように呟いた。


「こうも苦難が重なると、都も神殿ももうダメなのかもしれないと思われてくる」


「ぼんやりしているのね。そうやってしょうもない生き方して気づいたら死んでるのよ」


「なんと怖ろしい」


 ストーラは冗談めかした受け答えの次には真剣な顔つきになった。彼は既に考えを決めてきていて、作戦に取り掛かるためにネビウスに了承を求めた。


「ご子息を借りてもよろしいか?」


「好きにしなさい。私は何も保証しないけどね」


「私はこう見えて世の定めを信じている。二体倒したなら、三体だって倒せると思うのだ。たとえそれがマグレだったとしてもね」


 こんなことを滑らかに述べたストーラであったが、もちろん冗談であった。彼はカミットをよく観察していた。カミットが保有する森の呪いはストーラがこれまでに見聞きしたどんな森の呪いよりも強力だった。カミットは極めて強大な森の呪いをほとんど完璧に制御できていたので、彼は精霊と呪いに関して守り子相当の才能を有しているように思われた。


 今後戦力が今以上に高まるはずもないし、ネビウスが運んできてくれた食料だって時間が経てば減っていくだけなのだから、ストーラはさっさと決断した。彼は守り子の御前会議で改めて意見を提出した。


「先日申し上げた民間の呪術師の公認は引き続き協議と承認を求めます。本日はもう一つございまして、峰の魔人討伐を遅くともこの秋の間に行いたく、神官ドルイド及び戦士の徴兵を求めます」


 守り子を囲む御前会議は騒然とした。戦士はともかく神官ドルイドが戦いに赴くなど前代未聞のことであったのだ。


 しかしカエクスは冷静だった。彼はいつものように淡々と述べた。


「魔人討伐については、その経験が豊富な炎の賢者に意見を聞き、守り子に陳情を差し上げた」


 ストーラは虚を突かれた。権力を守ることしか頭にないはずのカエクスがリスクのある発案をするとは思われなかったのだ。根回しはされていたらしく、カエクスの発言に驚く者は少なかった。ストーラのときにざわついたのは、予定されていたカエクスの案とかち合うような内容だったからだった。カエクスはストーラを魔人討伐の功績から外そうと企んでいるようだった。


 ルルウは予定通りであったカエクスの発言に賛同を示すべく深く頷いた。下級神官(ドルイド)上級神官ドルイドたちに書簡を配り終えると、ルルウは告げた。


「カエクスより魔人討伐計画を受け取った。皆で協議の後、決を取る」


 ストーラとカエクスの考えで異なっていたのは神官ドルイドを徴兵するか否かであった。ストーラは風の呪術が戦いに必須だと考えており、カエクスはそこまでは必要ないと考えていた。このことを神殿内部で議論すれば、誰も戦いに出向きたくなどないので、自然とカエクスの意見が優位となった。


 常日頃、重大な場面で煙に巻くようなことばかり言ってきたストーラがこのときは大きく出た。


「もちろん会議の決定が全てです。ですが、たとえ一人であっても、私は戦いますよ」


 ストーラはネビウスとの世間話や下級神官(ドルイド)の調査を通じて、海の都(ドンド)において魔人討伐にただ一人参加した神官ドルイドである海の守り子が実質権力を急激に伸ばしていることを知っていた。ストーラは呪術の腕前は大したことがなかったし、戦場で彼自身が役に立つとは思っていなかった。それどころか魔人と命がけで戦うつもりなど毛頭なかった。彼はただ戦場に出かけていって、戦っている者たちを眺めて、後方から風を送ってやれば良いのだ。そうすれば首尾よく魔人を討伐した暁には、彼は英雄の仲間入りというわけである。


 ただしストーラはカミットと戦士たちを送り込めば簡単に魔人を討伐できるなどと楽観視してはおらず、魔人討伐に失敗した場合のことも考えていた。彼はネビウスが教えた新航路を用いて、私財の一部を太陽の都(ソルガウディウム)の別邸に移し始めていた。もちろんあまり派手にやって周囲に感づかれてはまずいので、そういった工作が得意なバルチッタが商人の貿易を隠れ蓑にして運搬を行っていた。


 このときもまたストーラは下級神官(ドルイド)に作業を任せ、方法について具体的な指示を出さなかった。責任を回避したいという思惑が第一にあったが、ストーラは彼自身が清廉潔白な生き方をしていないというのに、バルチッタのような無法者と直接にやりとりをするのを生理的に嫌っていたのだ。

お読みいただきありがとうございます。

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