渓谷の村(6)「大惨事」
ストーラは先に都へ戻り、御前会議にて守り子であるルルウにネビウスとカミットの来訪予定を伝えた。ルルウはなおもカエクス上級神官の支配下にあったが、彼女はネビウスたちに会いたいと強く主張して認められた。ただしその場にはカエクスも立ち会うことになり、ストーラなどの上級神官たちまでもが空港に勢ぞろいして、ネビウスの到着を待った。
やがてカミットが作った不格好な船が遠方の空からぷかぷかと浮かんでやってきた。神官たちに困惑が広がった。「あのような頼りない様子でよくも飛んできたものだ」とカエクスは批判的に呟いた。
史上初の森の民が作った浮船の航行が成功しようとしていた。船はブート人の男たちに引かれて発着場に接近した。
ところが浮船は無事に停泊することこそが最も難しいのだ。船の作りがいい加減である上に、今回は乗組員の質も酷かった。普通なら慎重に行われる港への船体の寄せ付けが常識では考えられないほど大雑把に行われた。
その結果、船の通常の規格を無視して作られていた大きめの浮袋が飛び出ていた足場に引っかかった。ぷすりと破れて浮袋に穴が空くと、船はたちまちバランスを失って、がたりと傾いた。さらに内部に詰まっている特殊な大気が勢いよく吹き出し、船はあらぬ方向へ急に動き出した。
カミットは船の制動を保とうとしたが、森の呪いは勝手に低木の下僕たちを発生させて、カミットとミーナを担いで走り出し港に取り付いた。ネビウスとバルチッタは自力で船から飛び降りていた。乗組員のブート人は積み荷を気にしていたが最後は諦めて飛んで脱出した。
守り子と上級神官たち、それからたくさんの空港勤務のブート人らの眼前で、渓谷の村の奉納品を満載した船はでたらめな方向へ吹き飛んでいき、他の船や空港設備を次々巻き込んで破壊した。
ルルウに粉塵や破片が当たらないようにしばらく庇っていたカエクスは、塵埃が風に吹かれた後に大惨事となった港を呆然と眺めて、ストーラに聞いた。
「これは誰の責任なのか?」
ストーラは「神殿のせいでないことだけはたしかです」と笑いを堪えながら言った。彼は不幸な事態を嘲るつもりはなかった。あまりにもあり得ないことが起こったので深刻に受け止められなかったのだ。
カミットは船員資格を持たず、神殿の事務的な状況処理によれば、彼はただ船に乗り合わせていただけであるので罪には問われなかった。バルチッタはそもそも公には存在していないことになっていた。積み荷は村の同意を得て運ばれてきたわけではなかったので、村の若者たちが窃盗及び空港の破壊の罪人ということになった。
近年稀に見る大惨事であったので、神殿と職人組合は補償や支援について話し合った。彼らは互いにどうにか金と物資を出させようとせめぎ合ったが、不幸にもどちらも切実にそのような余裕はなかった。貧乏ということなら、空の都ですら渓谷の村と変わりなかったのだ。
※
船員たちの裁判が速やかに行われた。ネビウスやカミット、それからミーナまでもが参考人として聴取を受けた。ネビウスとミーナの聴取は何らの事件もなく終わったが、カミットはちょっとした騒ぎになった。
裁きの間にて、守り子であるルルウがカミットに尋ねた。
「あなたの作った浮船に問題はあったか?」
カミットは口を尖らせながらも「あった」と言った。
ルルウは意外であった。普通はこういう場では自分の非を認めないものだからだ。彼女は続けて尋ねた。
「どのような問題があったか?」
「浮袋の周りに防御の囲いを作っておけば事故を防げたかもしれない」
ルルウは以前に判決文を即興で変えてしまって以来、厳しい指導を受けるようになっていた。実際、守り子がそのときの気分で判決を変えるべきではないというのは彼女も分かっていた。たとえ聴取であっても、基本的には原稿通りに質問を読み上げるのだが、このときルルウはカミットに対して予定にない質問をした。
「あなたには掟によると責任が無いが、あなたは事故の責任があなたにあると思うか?」
「思う」
裁きの間の聴衆の神官たちがざわついた。
カミットは言葉は潔かったが、質疑の間にどんどん不機嫌になっていった。口をひん曲げて、腕組みをして、椅子にふんぞり返って、態度が悪いことこの上なかった。ルルウは彼が怒っているのは彼自身に対してなのだと分かっていた。
聴取はこれで終わった。カミットが何を言おうと裁判の結果は最初から決まっていた。大事故を起こした男たちは厳しい労役が課されることになった。
裁判の後、ルルウは許可を得てネビウスを私室に招いて面会した。会話の内容を記録する神官がいるのはルルウにしてみるといつものことだが、ネビウスは鬱陶しそうに彼らを睨んだ。それでも二人は数日ぶりの再開を抱き合って喜んだ。ルルウはネビウスを非難するつもりはなかったが、興味本位で尋ねた。
「カミットに無茶をさせたの?」
「勝手にやったのよ」
「彼、自暴自棄になってた」
「少しは反省してほしいのよ。無理でしょうけど」
ネビウスは冗談のように言って、そしてハッと思い出した顔をした。
「そんなことより! ストーラに聞いたわ。守り子は頑張っているみたいね」
「私にもできることがあるって思えてきたの!」
ネビウスはルルウとまた抱き合ってきゃっきゃと二人ではしゃいだ。そうしてルルウを抱きしめながら、部屋の入り口の方に妖しい視線を向けた。
「わざわざ記録まで取らせておいて、自分でも盗み聞きするの? 良い趣味だわ」
ネビウスの挑発を受けて、隠れていたカエクス上級神官が姿を見せた。ルルウは我に返って顔を赤くしてネビウスから離れた。
「守り子に用事があったのだが、客人と楽しく過ごされていたので、お待ち申し上げていただけだ」
カエクスは淡々と言った。カエクスは空港の事故でルルウを庇った際に飛んできた破片で怪我を負っていた。ネビウスはこのことに気づいてはいたが、まだ彼を信用しなかった。ネビウスはルルウに「また来るわ」と言って、その場を後にした。
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