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ネビウスクロニクル  作者: 石井
空の都編
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渓谷の村(3)「獣の理屈」

 渓谷の村(モンダン)は将来的な危機を脱したが、それでも羊は急に数を増やせない。当面の食糧危機や物資不足を乗り切るために、男たちは浮船の発着場に物々しい様子で集まっていた。前回画策した翼甲獣プテリオキロスの密猟が失敗したことは、彼らを窮地に追いやっていた。漏れ聞こえてくる話は物騒この上なく、彼らは近頃空の都(パラテラ)が周辺の村々に物資を配給しているので、他の村への支援物資を強奪しようという。彼らが船に乗り込もうとすると、乗り込み口の前でカミットが腕組みをして立ち塞がった。最初に乗り込もうとした男が言った。


「小僧、どけ」


 カミットは押しのけられそうになると、とてつもない大声で「ワーッ!」と吠えた。荒くれ者たちは不意のことに驚いて仰け反った。彼らは我に返るとたちまち怒った。


 ところが怒りということなら、カミットは少しも負けていなかった。発着場に呪いの巨樹を発生させて、足場をぐらぐらと揺らした。怖れた男たちは飛び立ってカミットを罵倒した。彼らに向かってカミットは叫んだ。


「船を壊しちゃうぞ!」


 これは男たちをぞっとさせた。彼らはカミットを落ち着かせるために降り立って、どうにか話し合いを試みた。カミットは男たちを集まらせて、彼らに言った。


「困っている人の物を取っちゃだめだ。みんなが困っているんだ」


 男たちは言った。


「ここらの村はどこだって必要とあらば賊行為をする。飢饉となれば我らは獣になるしかないのだ。そして弱い村が滅ぶ。それだけのことだ。私達は生き残らねばならない」


「そっか。分かった」


 カミットは静かにしていた巨樹を見た。巨樹はその長い腕を振り下ろして、浮船を破壊して沈めてしまった。男たちは呆気に取られていた。彼らは激昂してカミットに襲いかかったが、巨樹がまとめて薙ぎ払ってしまい、撃退どころか一部の者には骨折などの大怪我を負わせた。カミットは冷淡に告げた。


「弱いから生き残れない」


 急展開の悲劇を知ったネビウスは大慌てで駆けつけた。カミットはネビウスを見ると、呪いの巨樹を枯らした。ネビウスは怪我人続出の惨状に対応に負われた。バルチッタも呼びつけて、二人で応急処置に当たっていて、その日は終わってしまった。


 ネビウスは頭を抱えた。そんな予兆が感じられない日々が続いてきたのでうっかりしていたが、当初からその危険性はあった。呪いの子を人里で育てるということは、このような傷害事件を常に警戒しなくてはならず、そうであるがゆえに呪いの子は忌避され疎まれるのである。


 それでも、この期に及んでネビウスはカミットに道徳指導をしなかった。彼女はただカミットから事情を聞き取り、あくまでもカミットが正気でこの事件を起こしており、その思考の流れや論理性を確認しただけだった。結論に関する親子の会話は短かった。


「私はあなたを非難しないけど、決して容認しない」


「どういうこと?」


「私だったら別のやり方をするわ」


 村人はもちろん、ネビウスでさえも心理的にはカミットを非難していた。しかしただ一人、バルチッタだけは態度が好意的になった。


「小僧。お前、かなり良いぞ! それだよ、それが闇の道だ!」


 カミットはネビウスと気まずくなってしまい苛ついていた。バルチッタに対しては八つ当たりして言った。


「僕はお前なんかとは違う。僕は困っている人たちのために悪いやつらを討伐したんだ」


 こんなことを言われてもバルチッタはまだ上機嫌でカミットの肩に手を回して言った。


「良いぞ。その調子でいけ。俺はお前のことを見直した」


 カミットは森の呪いの力があったので牢に入れられることもなかった。ネビウスはカミットとの個人的なやりとりでは容認しないと言ったが、公には非難せず、事実上は社会的に擁護していた。


 絶対的に変わったのは周囲の反応だった。カミットが村を散歩すれば、人々は戸や窓を閉ざし、遊んでいた子どもたちは泣いて逃げ出した。カミットは少しだけ傷ついたが、正しいことをした結果なら仕方ないと割り切った。


 翌朝、村に神官ドルイドが十数人でやってきた。密かに通報を受けて、呪い子の封印をしにきたのだ。ネビウスはカミットとミーナに部屋から出ないように言って、自らが矢面に立った。


「炎の賢者よ。あなたには守り子誘拐の嫌疑もかかっている」


「嘘こくんじゃないわ。ルルウは私の弟子になったのよ。本人に確認しなさい」


 神官ドルイドたちはざわついた。ネビウスは既に腹を括っていた。


「私は息子を絶対に引き渡さない。ふざけたことをやってみなさい。お前たちの神殿を太陽の化身も逃げ出すほどの業火で焼き払うわ」


「賢者よ。我々は互いに妥協すべきではないのか。そのような言い分では上級神官(ドルイド)は承服しないだろう」


「いいえ。呪いの子がチンピラと喧嘩したからなんだっての? 連中は獣の理屈で競い合っただけだわ。私達だけがヒトの論理で話し合いをしても茶番だわ」


 このとき神官ドルイドたちの後方から笑い声が上がった。服装ならば神官ドルイドのローブを着ていたが、表情には胡散臭さが溢れる中年男が進み出てきた。


「上級神官(ドルイド)のストーラだ。本件の最終決定権を持つのがこの私だ」


「あらそ。珍しいのね。神殿の外で上級を見かけるなんて」


 ネビウスは挑発的に言った。ストーラは気にする様子もなくニコニコと笑った。彼の登場により騒ぎを見に来ていた村人たちがざわついた。ストーラは村を眺めて言った。


「懐かしき我が故郷。相変わらず、嘆かわしいほどに、貧しい様子だ」


 彼はネビウスに質問した。


「通報によると呪い子が村人を突如襲ったとされているのだが、炎の賢者ネビウスが管理する呪い子がそんな不始末をするだろうか? ルルウ様にも少し話しを聞きましてね。そのような凶行に及ぶ男の子とは思われなかったのだ。我ながら良い推理を思いついたので、こうして伺った次第だ。しかしまだ証拠が足りていない。ネビウス、教えてくれ。彼はどうして呪いの力を使ったのか?」


 ネビウスはそれまで怒りに満ちていた表情が、今はすっかり冷静になって落ち着き払っており、質問には答えなかった。彼女は逆に聞き返した。


「賢いあんたが本当に思いついていることを教えてくれるのかしら?」


叡智えいちに至りし賢者に敬意を示そう。私はあなたに相談があるのだ」


 ストーラは都の神殿に五人しかいない上級神官(ドルイド)の一角を為す。彼の手にかかれば事件をもみ消すことは容易だった。彼は渓谷の村(モンダン)の出身であるから、その内部事情についても知り尽くしていたわけだが、賊の摘発もしなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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