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ネビウスクロニクル  作者: 石井
空の都編
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浮船の道(12)「裁判」

 ルルウが率いた三隻の浮船は食料や物資を満載して、ついでに空賊を捕らえて船まで鹵獲するという望外の成果まであげて、ついに空の都(パラテラ)の空港へと到着した。飢餓に苦しむ空の民を救う英雄として迎え入れられると船員の誰もが思っていた。


 ところが空港で待っていたのは武装した衛兵たちであった。彼らは最初に出てきたルルウだけは丁重に保護し、それ意外の乗組員については乱暴に引っ捕らえて連行してしまった。その容疑は空の守り子の誘拐であった。衛兵は船内にも突入してきた。


 このときネビウスはまだ船内に残っていて、騒ぎを察すると寝室に戻って鍵を締めた。カミットとミーナもここで待っていたので無事だった。ネビウスは割れた窓を簡易的に覆っていた板を取り外した。


「二人共出ちゃってちょうだい。坊や、ミーナをお願いね」


「分かった。ミーナは僕が守るね」


 カミットは窓によじ登って外を見た。空港の発着場は崖に面して作られていて、ちょうどその部屋は出口とは逆方向だったので、窓の下には雲か崖かしか見えなかった。カミットはミーナと一緒に窓から出て、森の呪いの蔦と吸盤の葉を使って船体側面に張り付いた。船の上では船員と衛兵が激しく衝突していた。カミットとミーナは声を殺して船体の陰に隠れて、ぺたぺたと水平に移動した。


「ネビウス、遅いな」


 カミットが心配になって呟いたときであった。船の倉庫の搬入口が開かれ、空賊のブート人たちが一斉に飛び出した。事前に打ち合わせていた通り、カミットはミーナを抱き抱えると、吸盤の葉を枯らして、二人でタイミングを合わせて船を蹴って飛んだ。カミットが即座に綿羽の葉を広げると、ミーナが風の呪いで勢いを付けた。


 逃げ出す空賊たちに混じって、二人の空賊に縄を引かせて、それに掴まるネビウスがいた。ネビウスは手で合図を出して、他の空賊にカミットたちの飛行を補助させた。


 衛兵が追跡しようとすると、ネビウスがランプの中の雷の精霊に向かって命じた。


「あいつらの目を暗まして、でっかい音でびっくりさせちゃって」


 ランプの中からぽわぽわとした光が漂い出て、追いかけてきた衛兵たちの前で炸裂して雷鳴と閃光を放った。ネビウスの雷の妖術は追手の目を暗まし、耳を貫いた。視覚と平衡感覚を同時攻撃することは飛行中のブート人に対して有効であった。こうしてネビウスと空賊たちはまんまと逃げおおせたのである。


 空賊に助けられて飛ぶ者の中にはバルチッタもいた。彼はネビウスの横に移動してきて破顔して叫んだ。


「ようやく本来の姿を見せたな! やはり俺たちは混沌こそが母だ」


「あんたみたいなクズのロクでなしのせいで私の評判ガタ落ちなのよ」


「これだけのことをやっておいて常人気取りか!」


「せいぜい役立ってちょうだいよ。そうでないと今度こそアンタを継承一門カイラに突き出すわ」


「ふん! 今は何を言われようがどうでもいい。お宝が俺を待っているのだから!」


 バルチッタは夢見る少年のように笑うのであった。そんな彼をネビウスは眉を吊り上げて睨むのであった。かつて師弟であった頃から、彼らの関係はこのようであった。





 ネビウスが発起人となって空の都(パラテラ)へ運んだ物資は職人組合ギルドの資産として接収され、食料は市民に配給された。職人組合ギルドが貴重品の一部を神殿に奉納したことにより、神殿は余計な詮索を控えた。職人組合ギルドは派遣した職人組合ギルド職員以外の逮捕された船員については切り捨てた。職人組合ギルドの意向に逆らう者たちを集めて編成した船団だったので、理屈をつけて処分できれば好都合ですらあったのだ。


 保護という名目で神殿に軟禁されたルルウは船員の恩赦を要望したが、連日閉じ込められて大人の神官ドルイドによって説教されていると気持ちが負けてしまった。ネビウスとカミットと共に冒険し、船長として船乗りたちを統率した彼女だというのに、その日々が夢幻のように一瞬で醒めてしまったことに愕然としていた。一時は自分には何か秘めた力があるのだとすら思えていたが、元いた場所に帰ってくれば彼女は慣れ親しんだ鳥かごの中で動けなくなっていた。


 都に戻ってから何度目かの朝、彼女は公務のために連れ出された。神殿の裁きの間にて、彼女は神官ドルイドが作った判決文書を渡された。ただ読み上げれば良いだけであったが、罪人たちを見て、ルルウは表情を凍りつかせた。共に旅をして都まで食料を持って帰った船員たちが縄で縛られて、ルルウの前に突き出されたのた。ルルウは震える手で文書を解いた。守り子を誘拐した者たちに下される刑が軽いはずはなかった。そこに記されていたのは「串刺し」の文字。


 ルルウは頭が冷めていくのを感じていた。彼女にはネビウスのような武芸もなければ、シルクレイシアのように精霊を扱うこともできず、カミットのように無茶無謀な振る舞いもできなかった。裁判官としての守り子にできることを彼女はその場で考えた。ルルウの沈黙が長引くと、上級神官(ドルイド)が「お体が優れないようであれば、私が代読いたしましょう」と言って進み出た。ルルウは「いいえ、大丈夫です」と言って、罪人たちに冷たい視線を向けて告げた。


「守り子を盗んだ者は、都の安全を脅かした大罪人である。よって串刺しとすべきだ」


 ルルウの背後に控えている上級神官(ドルイド)たちは操り人形が発する言葉に満足げな笑みを浮かべていた。このときルルウは裁きの間の左右両脇に並んで審判を聞く多数の下級神官(ドルイド)の様子を見た。唇を噛む者、目を赤くして涙を零しそうになる者、彼らは必ずしも判決に賛同していなかった。ルルウは日常的に接する上級神官(ドルイド)だけが神殿の総意を代表すると思っていたが、旅の船内会議で多様な意見を交わした経験によって、そしてタゴンやシルクレイシアと交流し、人の集団はそれほど単純ではないと知った。


「しかしながら」


 ルルウは文書に無い文言を続けた。上級神官(ドルイド)たちから笑みが消えた。


「彼らは旅の途中、守り子に無礼を働いたことはなかった。東の港町(シラトビ)の傲慢なる首領であるタゴンは守り子が相手と知るや、我が威光に平伏し、莫大な贈り物を献上した」


 上級神官(ドルイド)が進み出ようとすると、ルルウはより大きな声ではっきりと告げた。


「これらの品々は民の飢えを癒やしたことを考えると、裁きの天秤は善を量り取るであろうから、罪はいくらか軽くなる。したがってこの罪人たちの刑は十日間の労役とする」


 守り子が宣言をすれば、下級神官(ドルイド)たちは一々内容の吟味などせずに拍手をして判決を承認する。拍手を受けて、ルルウは淡々と文書を巻いた。普段からルルウを指導している上級神官(ドルイド)が怒りの形相で詰め寄ってきて、ルルウは我に返った。たった今、英雄のような気持ちでいたのにたちまち恐ろしくなってしまって謝りそうになった。すると普段接していない別の上級神官(ドルイド)が近寄ってきて言った。


「すばらしい判決でしたね。市民は神殿を支持するでしょう!」


 ルルウが困惑していると、上級神官(ドルイド)どうしで上っ面で牽制し合う会話が始まった。


「守り子はお忙しい。このあとも用事がありますのでね」


「お手間は取らせませんよ。素晴らしい判決文でした。あなたがお書きになったのでしょう」


「もしかしたら修正が行われるかもしれません」


「やめた方がよろしい。市民の怒りが神殿に向かうとも限らない」


 ルルウはどさくさに紛れて自室へと逃げ帰った。このあと叱られるかもしれないとは思ったが、今はとにかく休みたかった。ルルウはベッドで横になって安堵のため息をついた。初めての反抗を経験し、ルルウはシルクレイシアの言葉を思い出していた。そしてこの部屋にもう一つある空のベッドを見つめて呟いた。


「リリイ。私、戦うよ」

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